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第十八章『光と影の決着』

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「ウエエエエイィ~……」


城の正面口の奥から、出しぬけに奇妙な声が聞こえてきた。

二十四人の子どもたちと十一頭のオハコビ竜は、いっせいに声のしたほうを見た。


フライトスーツをまとった黄色いオハコビ竜が、

何やら赤く輝く手毬のような宝石を片手に持って、

よたよたと千鳥足で月明かりのもとに出てきた――。


「「「フリッタ!」」」


ケントとアカネが、彼女のところへ駆けよっていった。

フラップとフレッドが後から続いた。


ケントとアカネは、フリッタの胴体に勢いよく抱きついた。

その反動でフリッタが転ぶのではないかと思われたが、

彼女はふらつく足で見事にふんばっていた。


「ア~レ?  ナンカ、一件落着した、カンジィ~?」


フリッタは、どうやら意識も足取りもおぼつかない様子らしく、

まるでデロデロの酔っ払いのようなありさまだった。

土台の不安定な積み木の塔よろしく、

ケントとアカネといっしょに右にふらつき、左にふらつき――


これほど人間のように酒に泥酔した竜を見たことのある子どもは、

果たして二十四人の中にいるだろうか。答えはノーだ。

漫画でも、アニメでも、目にした経験などだれも持ち合わせていない。


けれど、フリッタから酒臭いにおいはまったくしなかった。

赤い宝石の明るい光のせいで、

顔面が酒気を帯びて紅潮したように見えるのはたしかだ。


「お前、今までどこ行ってたんだ?」


フレッドが腕を組みながら、厳しい口調で言った。


「作戦が終了して、警備軍もすっかり引きはらったあとだぞ。

ガオルとクロワキ氏も、すでに警備部に連行された……

フーゴ総官は、お前の不在を大目に見てくださったけどな」


「フリッタ、それはなに?」


フラップは、フリッタが手にしていた赤く光る宝石に興味を示した。


「アー、コレェ~?  お城の中で~、見つけたんだヨォ~」


フリッタはよろめきながら、赤い宝石を高々と自慢げに見せびらかした。

宝石はますます鮮やかに光り輝き、

神々しい存在感をみずからありありと主張しているようだった。


「さっきまで~、エンジニア部の~ヒトたちをネ~、

アタシのアマ~~イブレスで~、眠らせて回ってたのネ~。

子どもたちのジャマを~だれにもさせないためにサ~。

その最中ゥ~、どっかの部屋で、厳重なガラスケースに入れられてた、

この宝石を見つけてネ~」


「そ、それで?」フラップが聞いた。


「アタシ~、おっきな宝石なんて、あんまり見たことないからサ~、

つい手に取ってみたくなっちゃって~。

だからアタシ~、乙女の猛烈パーンチ!  でガラスをたたき割って~、

見事ゲットしちゃったワケなの~。

そしたら、ウィ~ッ!  このありさまってワケ~」


「ガラス、たたき割ったんだ……」

アカネが身ぶるいしながらつぶやいた。


「わしがこいつを連れてきてやったんじゃ」


フリッタの体の後ろから、あの白い小さなオハコビ竜が、

ひょっこりと姿を現した。


そのとたん、フリッタ以外のオハコビ竜たちが、たまげたように声を上げた。


「あああーっ!  あなた、今までどちらへ?」

と、フラップが聞いた。


「いやあ、まあ……ガオルがこの忌まわしき島で、

どのように暮らしていたのか、ちと興味がわいてしまってのう。

城内をゆっくり見て回っていたんじゃ」


小さなオハコビ竜は、フリッタの肩にポンと右手を置いた。


「しかしこやつめ、城の地下倉庫で幸せそうにぶっ倒れておったわ。

見たところこの――よっと……クイーン・ルビーの影響に違いないのう」


小さなオハコビ竜が、フリッタの手から赤い宝石をもぎとった。

宝石はフリッタの手を離れた瞬間、徐々に光の強みを弱めていった。


「ウラ~、おぬし。もう充分魔力を堪能したじゃろ。

シャキッとせぬか、シャキッと!」


フリッタは、ハッとわれに返った様子で、まぶたをパチクリさせた。

それから正気をふるい立たせるべく、

湯上りの犬のように勢いよく首をふりまくり――

目と鼻の先に浮かんでいる小さなオハコビ竜の姿を見た。


「ンアッ!?  わわわわ、な、なんで、ここにっ!?」


フリッタは驚きのあまり、今度こそ足がもつれて、

ドスンッ!  地面に尻もちをついてしまった。

どうやらこの子に連れてこられる間、

相手がだれなのかちっとも分かっていなかったようだ。


「聞けば……俺たちのために駆けつけてくださったようなんだ」

フレッドがあきれ顔でそう説明した。

「――にしてもお前、魔石には気をつけろって、何べんも言ってるだろ。

お前は昔っから、魔石に触れると酔っ払っちまう体質なんだから」


「えっ、石に触るだけで酔っちゃうの?  たったそれだけで?  竜が?」


ハルトは、スズカの手を引いて子どもたちをかき分け進み出ながら、

大声でそう聞いた。


「オハコビ竜の世界では、あながちめずらしくないことなんですよ……」

と、フラップが困ったように答えた。


「ちなみにこれは、大変貴重な魔石の一種じゃが」


小さなオハコビ竜が、魔石を手のひらでポンポン弾ませながら、冷ややかに言った。


「あのガオルが、このようなしゃれた魔石を持っておったとはのう……。

おそらく彼奴にとって、曰くつきの代物であることに相違ないじゃろうが、

いったい何のために所有していたのやら……」


そこへ、スズカが小さなオハコビ竜のところへ進み出て、

まだぼんやりと光を放っている丸い魔石をじっと見つめた。


(ガアナへの、大切な贈り物……)


ガオルとの会話の記憶がよみがえり、心が無意識につぶやいた。

胸が切なさでいっぱいになった。ガアナの手に贈られるはずだった赤い宝石は、

今日までどこにも行きつく当てがなかったのだ。

まるでガオルの心そのもののようだ。

スズカは知っていた……魔性と脅威に満ちていた黒影竜の彼が、

その漆黒の体の中に、真っ赤な愛の心をたしかに持っていたことを。


「贈り物、とな?」

スズカのデバイスによる彼女の心の声を聞いて、小さなオハコビ竜が反応した。


『うん。ガオルには恋人がいたの。その彼女に贈られるはずのものだった……

城の中で、黒い竜のレプリカを見たでしょ?

あれは、ガオルが昔の恋人そっくりに作ったものだったの……

亡くしてしまったガアナとの思い出を、忘れられないばっかりに……』


「そうか、そうであったか」


スズカの話を聞いた直後、小さなオハコビ竜の顔つきが変わった。

そして、それまでぞんざいにあつかっていた赤い宝石を、

両手でしっかりと丁重に持つようになった。


「これは、アヤツにとって大事な忘れ形見であったか。礼を言うぞ、スズカよ。

――とはいえ、この城に置きっぱなしにすれば、

いずれ城をあさりにきた宝物ハンターどもに見つかり、

持ち去られてしまう恐れもあろう。

この魔石は、わしが厳重にあずかるとしようぞ。

いつか、アヤツの手に返せるその日が来るまでな……」


直後、摩訶不思議なことが起きた。

赤い宝石が、小さなオハコビ竜の右手のひらの上で、

星のように白くキラッと光りながら、

その手のひらへ溶けるように消えてしまったのだ。竜の秘術の力だった。


「ところで、なんだけどさ……」

ハルトはおそるおそるたずねた。


「そろそろ……教えてくれないかな?  キミがいったい、何者なのかをさ」


すると、フラップが身ぶるいしておののいた。


「ハ、ハルトくん!  この方にたいして『キミ』だなんて、おおお、恐れ多い!」


「よいのじゃ、フラップよ」

小さなオハコビ竜は頓着していなかった。


「何の説明もしていなかったわしが悪い。

そもそも、この子たちから敬意ある言葉を求めようなどとは思っておらんよ――

このフラクタールはな!」


小さなオハコビ竜が、空中で堂々と両手を腰にそえた。
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