隣の席のオッドアイギャルは俺の心の声が聞こえるらしい

夕凪けい

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第51話 妄想小動物、暴走中。

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(やっ、やべぇぇ……気まずすぎる)

気まずさMAXの空気を背負いながら、俺は頭をガシガシとかき、なんとか授業モードへと気持ちを切り替えようとする。

一方で――

「あわわわわ……あ、不束者ですが、よろしくお願いします……」

隣の席の蜂須賀澄玲は、震える声でそう言いながら、目を合わすことなくビクビクと肩をすくめていた。まるで何かに怯えているような、そんな小動物めいた空気を纏っていて、見てるこっちが不安になるレベルだ。

俺たちはそれぞれペンケースを開き、鉛筆を取り出す。

――そのときだった。

彼女のペンケースに、懐かしいキャラのキーホルダーがついているのを見つけた。

「あっ、それ!熊の“るんちゃん”じゃん!!」

気づけば、俺の口が先に動いていた。

「俺、ちっちゃい頃、風邪ひくと母さんがよく“るんちゃんの絵本”読んでくれてさ。懐かしいな~……今でもグッズあるんだ!?どこで売ってんの!?」

「これ、私……手縫いで作ったんです……」

蜂須賀澄玲は、モジモジとしながら小さく呟いた。頬はほんのり桜色に染まり、視線はうつむきがちで。

「なので……お店には売ってない…です……」

その一言で、俺のテンションは一気に跳ね上がった。

「え!? まじで!? 蜂須賀さん、天才じゃん!!」

思わず前のめりになりながら、食い気味に声をあげる。

「う、うあわわわ……わ、私なんて天才なんかじゃないです……」

蜂須賀はぶんぶんと顔を横に振る。まるで壊れた扇風機のような勢いで。

「私、小さい頃から友達がいなくて……妹と一緒に、よくこういうの作ってたんです……」

(でも…うれしい……私が作ったものを……こんなに褒めてくれるなんて……)

――その瞬間だった。

(……はっ!?)

彼女の中で、何かが爆ぜた。

(ま、まさかこれは……罠!?)

(まずは私の好きそうな“るんちゃん”で共感を装い、褒めて心を開かせる……そしてタイミングを見計らって連絡先を交換……そこから毎日のやり取りが始まる……)

(そう、彼は言うの。「あの刺繍、どうやって作ったのか教えてほしくてさ」って……!)

(私は誘われるがまま、自分の部屋に彼を招く……)

(そして、彼は言うの。「あっ、俺、女の子の部屋来るの初めてなんだ……」って。絶対に嘘、実は絶対経験豊富なくせにぃぃ!!)

(トイレに行くふりをして、突然足をもつれさせて転び――)

(「あっ……」)

(気づけば彼の腕に抱かれ、見つめ合う私たち……!!)

(「……俺実は出会った時から君の事が好きだよ」って)

(――って、違う違う違うううぅぅぅぅぅ!!!!)

蜂須賀澄玲は、真っ赤な顔で頭を抱えた。

(そして私達は付き合い始めて、私が彼に心を開いた瞬間に……)

(……そしたら、彼はニヤリとして言うのよ)

(「――あーあ、罰ゲーム終了~。誰がお前みたいな地味女、マジで好きになるかっての」って……!)

(そ、そんなの……! 私、もう立ち直れない……! きっと笑い者にされて、明日から“神田ゆういちの中古品”ってあだ名がついて……うぅぅ……)

現実に戻った蜂須賀は、ぶるぶると小動物のように震えながら机の端に身を寄せる。

(ああああ……もうダメ……やっぱり関わっちゃダメなタイプの人だわ……この人、心を踏みにじってくる系の鬼畜男子……)

(ああああ……危なかったです……! あやうく騙されるところだったですっ)

蜂須賀澄玲は机の角で身体を小さく丸めながら、心の中で叫んでいた。

(そう…神田くんは……罰ゲームで私と付き合おうとする、鬼畜男なんです……っ!)

――妄想、全開である。

その妄想は、もはや3クール分のラブサスペンスが成立しそうな勢いで、彼女の脳内を暴走していた。

一方その頃、当の神田ゆういちは、そんな蜂須賀をじっと見つめながら、どこか懐かしげに微笑んでいた。

(……やっぱり、小さい頃の姫花に似てるな)

(あの頃に戻ったみたいだ。放っておけなくて、つい目で追ってしまう)

(声をかけるだけでビクッとして、勝手に警戒して……)

(あげくの果てには「変態」とか言われて、全力で距離を取られるんだけど)

(……それでも、構わずにはいられないんだよな)

 (でもたまに喜んでくれたりするんだよな……)

(そのたまにがたまらなく愛おしいんだよな)

(ああいう小動物みたいな反応を見ると、妙に意識してしまうというか……)

(……って、何考えてんだ俺)

その瞬間だった。

感情が一気に揺れたせいか、
左目の奥が、ぎゅっと熱を帯びる。

――まずい。

能力が、反応している。

「ほんと……たまらないんだよな……」

──ぽろり。

その言葉が、空気を震わせて教室にこぼれた。

(……やべぇ。また……やっちまった……っ!!)

ゆういちは顔を引きつらせ、両手で口を塞いだが――時すでに遅し。

澄玲は、びくんっと肩を跳ねさせたままフリーズしていた。

(………………!?)
(あわわわわっ……たまらない……!?)

澄玲は教科書を持つ手をぷるぷると震わせた。

(え? は? 今って授業中……ですよね!?)

ちら、と視線の先の神田くんを見る。彼は何事もなかったような顔をして前を向いていたが――さっきの本音は確かにこの耳で聞いた。

(ま、まさか……っ! 今の高校生男子ってそういう感じなんでしょうか!?)

(あわわわわ…みんながみてる授業中に私にいやらしいことをするってことなんでしょうか?)

まさかそんな妄想をしてるとは夢にまで思ってない俺は脳内で暴れ散らかす。

(ちくしょう……最近の俺、本音がポロっと出ちまう癖、なんなんだよ……)

(どんな罰ゲームだよこれ。その辺のYouTuberの罰ゲームよりタチ悪いぞ……!)

まるで、もがけばもがくほど深く沈んでいく底なし沼。
やればやるほど自分で首を絞めてるみたいだ。

(完全にもう嫌われたわ……もう、しゃべるのはやめよう。デッサンに集中しよう……さっさと推しの可愛いさを浴びたい)

心の声が漏れ出す前に、鉛筆の音でかき消してしまえとばかりに、
俺は静かにスケッチブックを開いた。

正面に座る蜂須賀 澄玲は、やや目をそらしている。
頬を染め、唇をわずかに噛んで。
その仕草に、一瞬ドキッとしたのは……たぶん俺だけじゃない。

(そういえば、この子……前髪が目にかかってるんだよな。
どうしよう、描くとき、少し分けた方が“可愛い”いいかも……?)

俺は休み時間でみた彼女の素顔を思い出しながら、彼女のデッサンを黙々と描き続けた。

──そして、授業終了のチャイムが鳴る。

「ど、どうぞ……」

蜂須賀が、おそるおそるキャンバスを差し出してくる。両手で抱えるように渡してくる様子は、まるで“プレゼント”のようで……
つい、その仕草にも目を奪われる。

(やべ……ちょっとこれ、ドキドキするな、)

俺はゴクリと喉を鳴らして、彼女のデッサンをめくった。

──その瞬間。

「あっ……上手!!……でも……なんかこれ……」

目の前に現れたのは、たしかに俺の顔だった。
けれど――どこか、妙だった。

「髪の毛……? いやこれ、角?
それに……ちょっと悪そうな顔してね? 俺ってこんな人相悪いの……?」

次は俺のデッサンを見せる番だった。
けれど──どうしても、見せる勇気が出なかった。

(……やべぇ。なんかこう……方向性、間違えたかもしんねぇ)

蜂須賀が描いたデッサンは、まさに教科書どおり。
正確な輪郭、繊細な陰影、冷静で静謐な空気をまとった一枚。

それに対して俺のは──

(……なんつーか、“少女漫画”寄りというか……姫花の読んだ漫画を見たせいか、絵が完全に少女漫画のヒロインみたいになってる)

鉛筆で描いたはずなのに、どこか浮いてる。
妙に目が大きくて、表情はキラキラ。ポーズは微妙にアイドルチック。

(これ……“俺の理想のヒロイン”って言ったほうがもはや納得されるやつだろ)

俺は罪悪感に駆られながらもそっと言った。

「ごめん……やっぱり見せるのやめてもいいか?なんか……恥ずかしくてさ?そもそものデッサンっていうものを履き違えたみたいでさ」

その一言に、蜂須賀の動きがピタリと止まる。

「…………」

(え?ちょっと、空気変わった……?)

その瞬間、彼女の脳内でも何かが爆発していた。

(あわわわわ……こ、これは……!)

(私の顔が不細工すぎて、上手く描けなかった──ってことですか!?)

(“素材が悪いから無理”なんて、そんなの、そんなの、ひどすぎますぅぅぅぅぅ!!)

(さ、さすがに私だって嫌なことははっきり言わないと…です)

蜂須賀はほんの少し、ぷいっと顔をそむけて、
だけどどこか拗ねたような声で言った。

「だ、だ、だめですよ……っ。授業ですから、見せてください」

その言葉に俺は観念し、スケッチブックをそっと差し出す。

「……ありがとう。じゃあ……見るよ?」
「こ、これは……」

蜂須賀の指がわずかに震えながら、キャンバスに描かれた一枚のデッサンに触れる。
そこには、自分とは思えないほど可憐で、少女漫画のヒロインのような――**理想の“蜂須賀”**がいた。

髪の毛はふわりと柔らかく、瞳はまるで星屑を閉じ込めたようにキラキラしている。
頬にはほんのりとした紅。仕草も表情も、どこか儚げで、守ってあげたくなるような――

(え……これ、私……?)

一瞬、自分が“女の子”であることを思い出す。
そして次の瞬間、顔が真っ赤になる。

「ち、違うだ!」
慌てて口を開いたのは、描いた張本人――神田ゆういちだった。

「これは、その……妹の読んでる少女漫画を参考にしたっていうか、休み時間にチラッと見えた蜂須賀のパッチリした目を、いい感じに描きたかったっていうか……!」

言い訳のような、でも確かに本心のような言葉が、必死に飛び出してくる。

「デッサンってさ、どうしても地味になりがちだろ?だから……俺が“可愛い”って思った気持ちを、そのまま表現してみたんだよ。そしたら……こう、なった。」

その言葉に、蜂須賀の顔がさらに紅く染まる。

(あわわわわ……この絵、すごく可愛い……。こんな風に私を見てくれてたなんて……)

(私も、こんな女の子になりたい……!)

(神田君って、もっと不真面目で変な人だと思ってたけど……もしかして、すごく、優しい人……?絵は人の心を写すような感じもするし、すごくピュアな人なのかも?です。もしかしたら私の勘違い…じゃ?)

――そのときだった。

窓から吹き込む秋風が、ふわりと教室を舞う。
そして――

「……!?!?」

ふわっ――と、蜂須賀のスカートが風を受けて舞い上がった。

「わっ……!!」

俺は、すぐに目を背ける。
蜂須賀は顔を真っ赤にして、慌ててスカートを押さえ、身を屈める。
その様子はどこか小動物のようで。

「あわわわわ……………っ!!」

怒りと羞恥で顔を真っ赤にしながら、蜂須賀は教科書を鞄に突っ込み、半泣きで立ち上がる。

――そして。

チャイムが鳴り響いた。

授業の終わりを告げるその音と同時に、蜂須賀は教室を全速力で飛び出していった。

「……あぁ、完全に……嫌われた……」

教室に残された俺は、椅子にもたれかかりながら、天井を見上げて小さく呟いた。
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