隣の席のオッドアイギャルは俺の心の声が聞こえるらしい

夕凪けい

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第68話 目立たない俺の逆襲

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その子は、どう見ても“可愛い女の子”だった。

白雪のような髪。
ぱっちりとした瞳。
繊細で整った顔立ちに、柔らかな声。

――だけど、なぜかその彼女は男の制服を着ていた。

(……ま、まぁ。いまは男女関係なく制服選べる時代なんだな?)

俺は時代の流れをしっかりと受け入れた“時代が分かる男”として、妙な納得を自分に言い聞かせながら、口を開いた。

「如月さん……これからよろしくな!」

あまりの美少女ぶりに、思わず敬語を外していた。俺は普通に彼女いない歴=年齢の童貞で、**“初見の美少女にはあわよくば良く思われたいスイッチ”**を発動させ、愛想を全力で振りまいた。

……多分、顔は引きつってたと思う。

(いや、ムリだろ……こんな子、明らかに俺のレベルじゃ攻略できないだろ)

そんな内心の葛藤を噛みしめていると――
横から、あの小悪魔が突っ込んできた。

「にししっ♡ ひじり~ん、相変わらず女子顔負けの可愛さだね~♪」

そう言って、隣の席の本郷愛理が如月の背中にぴとっと身を寄せる。

「さすがの私も、男のひじりんにはちょっと危機感覚えちゃうな~?」

……え?

(今……こいつなんて言った……?)

男?

男って……今、“男”って言ったよな?

(いやいやいや、冗談だろ!? こんな可愛い子が……!?)

俺は明らかに世界の常識がねじ曲がる音を聞いた気がして、おそるおそる、愛理の方から――如月 聖へと顔を向ける。

そして、改めて見てしまった。
女神のような顔をした、美少女の姿を。
でも――その“彼”は、恥ずかしそうに笑っていた。

「えっ……男って……マジ?」

言葉が勝手に口から漏れた。

何がどうなってるのか、理解が追いつかない。
この目の前にいる、雪のような髪と天使のような笑顔を持つ“美少女”――その正体が、“男”だなんて。

俺の脳内は完全にバグっていた。
すると、本人――如月 聖は、首をかしげながらにこっと笑ってこう言った。

「えへへ……みんな、よく僕のこと女の子に間違えるんだよね~。まったく、困っちゃうよね?」

その困り顔がまた、尊すぎて逆に困るわ。
男の子が体現できる可愛いを大幅にはみ出ているぞ?
目を細めてちょっとだけ口をすぼめる、あの表情。反則レベルで可愛い。ていうか可愛いしかない。

(いやもう、“困っちゃう”ってお前……それが一番困るのは俺の方だ!!)

心の中で絶叫していると――

じーっ……。

隣から、なにか鋭い視線を感じた。

(……なんだ?)

視線の先をたどると、そこには肘をつきながら俺の方を見つめる小悪魔がいた。

本郷愛理。

その目はまるで獲物を観察する猫のように、じっくりと俺を見据えていた。

「……ん? どうしたんだ?」

俺がそう尋ねると、彼女はニヤッと口角を上げた。

「にししっ♡ 発情しかけてるわんちゃんに、どんな“お仕置き”が必要か考えてたとこ♡」

(……今、なんつった!?)

俺の脳内に強烈な“赤信号”が鳴り響く。

お仕置きだと!?そして、その“発情してるわんちゃん”というのは……まさか俺のことなのか……?

(というか俺、そんなに顔に出てた!? いや、出てたんだろうな……!)

そんな和やかな(ようで実は俺だけ修羅場みたいな)時間の中――
前の席から、声がかかった。

「そういえばさ、ゆういち。部活とかって、もう決めたのか?」

振り返ったのは、イケメンフェイスに絆創膏を貼った、真田 蓮也。

「つか、中学の時って何かやってた?」

「あー……帰宅部だったよ」

俺はさらっと答える。すると蓮也は驚いたように眉を上げた。

「マジで? でもさ、わりと体引き締まってるよな。腹筋割れてんじゃね?喧嘩もバカみたいに強いしさ!?」

(……いやなんというか)

胸の奥がひやりとする。

(……まぁ、父親がプロの格闘家で、昔からバカみたいに鍛えられてたんだけど――余計なことは言わなくていいよな)

俺は自分の素性をあまり明かしたくないタイプだ。過去がどうとか、家がどうとか、そんなもんは“今の俺”に関係ない。

「……まぁ、昔ちょっとだけな」

そう言って適当にごまかすと、蓮也はにかっと笑った。

「ま、でもうちの学校、部活強制参加だから、どこかには入らなきゃなんねぇぜ?」

「……え、マジかよ」

「でさ、よかったら――バスケ部入らねぇか?」

「バスケ?」

「おう!俺と聖が部員で、愛理はマネージャーやってんだよ。
ま、正直人数少ないから、来てくれたら超助かるんだけどな!」

すると、すかさず隣から小悪魔の追撃。

「にししっ♡ そうしなよ、わんちゃん!
あたしがた~っぷり応援してあげる♡」

(その応援、なんか妙な意味で怖い……)

さらに左隣の天使もどきが、ふんわりと笑う。

「僕も、神田君が入ってくれたら嬉しいな」

その笑顔の破壊力に、思わず心拍数が上がる。

(もう無理だろこれ……断れる空気じゃねぇ)

「……まぁ、とりあえず見学だけなら」

俺がそう答えると、3人は同時に「やったー!」と手を叩いて喜んだ。こうして俺は、バスケ部の体験入部をすることになった。
まるで、自然な流れで“何か”に巻き込まれていくように――。

そして授業が終わり、放課後のチャイムが鳴り響き、教室の空気が一変する。

部活へ向かう者、帰宅する者、雑談に興じる者。
それぞれが思い思いに動き始める中――俺は、ひとり机に突っ伏していた。

(……やっぱり帰りてぇ)

あれだけ朝は特に嫌ではなかったのに、いざこの瞬間が来ると途端にやる気が消し飛ぶのはなぜだろう。

(この現象誰か名前付けてくれよ……)

そんなことをくだらなく考えていると――

「おーい、ゆういち! 一緒に更衣室行こうぜ!」

前の席から、あの爽やかすぎるイケメン男・蓮也が声をかけてきた。

「……あ、あぁ」

思わず曖昧に返事をしながら、俺の脳裏にはある“重大な疑問”がよぎった。

(……え? まさか如月さんも……俺たちと一緒に着替えるのか?)

いやいやいやいや、それはさすがにだろ?

あの見た目で、更衣室で一緒に着替えるとか、倫理的にも精神衛生的にも爆弾がすぎる。

(それ大丈夫なのか? 今のコンプラ的に、まぁでも男同士の着替えだし…)

内心の動揺を隠しながらちらりと視線を向けると――

「んじゃ、聖。俺たち、体育館で待ってるからな!」

蓮也が軽く手を振りながら、如月聖にそう言った。

「うん、蓮也わかった!」

聖はにっこりと笑って頷いた。

……え、待って。

(更衣室、来ない……?)

驚きとともに口を突いて出てしまった。

「……如月は、一緒に着替えないのか?」

ほんのり好奇心混じりの質問。決して――断じてやましい気持ちはない(つもり)。
だが、その俺の問いに、蓮也は当然といった顔で返した。

「聖は別だよ? 当たり前だろ?」

「いや、当たり前なわけ……それじゃ、まるで女――」

言いかけた瞬間、俺の思考が、スッと止まった。

(……ん?)

如月 聖が“俺たちと別の更衣室で着替える”。

さっきまで感じていた“明確な違和感”が、ふいに霧が晴れるように消えた。

(……あれ? 別におかしくなくないか?)

ごく自然な流れとして、“彼女”が別で着替えることを受け入れている自分がいた。

聖のことを“男”と認識しているはずなのに――
どこかで“女の子かもしれない”という仮定を脳内が取り込んだ瞬間、

それに伴う矛盾や不快感は、まるで最初から存在しなかったかのように消滅していた。

(いや、でも男だし……いや、でも女に見えるし……いや、でも……)

心の中で、矛盾する認識が高速で回転する。

けれど最終的に落ち着いたのは――
「まぁ、別々に着替えるのは普通だよな」という、都合のいい納得だった。

(……なんだ、この感覚)

まるで、“納得せざるを得ない”空気に脳が書き換えられたような……そんな奇妙な感覚。

ほんの数秒前まで抱いていた違和感は、確かにそこにあったはずなのに。

今の俺は、それを“なかったこと”にしている。

(……なんだよ、これ)

だけど、横にいる如月 聖は――

まるで何も知らないような、
それでいて“すべて知っている”ような、
不思議な微笑みを浮かべていた。

そして、俺たちは着替えを終えて、体育館に足を踏み入れた。

中にはすでに何人かの生徒がいて、ボールを回したり、ストレッチをしていた。
どうやらこのバスケ部、三年生はかなり少ないらしく、二年生が主力らしい。

(……でもこれは、さすがに場違いすぎるだろ)

体育館の床に響くボールの音。
飛び交う声。
そして、やたらとガタイのいい部員たち。そして初心者の俺。

(帰りたい……)

そう思った瞬間、ドスの効いた声が背後から飛んできた。

「神田ァ!! 来てくれて助かるぜ!!! これから熱い汗、流そうぜぇぇ!!」

振り返ると、そこには筋肉で喋る熱血男――顧問の石黒がいた。
目が燃えてる。声がデカい。汗がすでに額から流れてる。間違いなく、俺の一番苦手なタイプだ。

(暑苦しいにもほどがある……)

その横では、ピンクの長髪がふわりと揺れ――
本郷愛理が、小さく手を振っていた。

「やっほ~♡」とでも言いたげな表情で、口をパクパクさせながら、なにかを俺に伝えようとしている。

(……え?)

「わ・ん・ち・ゃ・ん・が・ん・ば・れ」

脳をフル回転させて読み取ったそのメッセージ。
……が、読み取ったところで得られるものはなかった。

(……時間、無駄にした)

本当に、本当にどうでもいい時間だった。
けれど本郷愛理は満足そうにウィンクをして、再びベンチに腰を下ろす。

(……お前、絶対楽しんでるだろ)

そんなやりとりの最中、いきなり体育館の中央で集合の号令がかかる。

「今日は紅白戦やるぞー! 見学組も出ろー!」

そして、俺にも当然のように視線が飛んできた。

「おい神田ァ! 今日は実力テストだ! 動き見せてくれよなァ!!」

(……は?)

初心者の俺が、いきなり紅白試合に参加?

(無理無理無理……いや、でも断れる空気じゃない)

どうやら今日の練習は、“お試し”なんて生ぬるいもんじゃなかったらしい。

(マジで……誰か、この展開止めてくれよ……)

俺達はチーム毎に整列し、挨拶する
そして試合開始の笛が、容赦なく体育館に鳴り響いた。

運動神経には、正直――かなり自信がある。
父親がプロの格闘家っていう、筋肉と根性で構築された家系に生まれたおかげで、小さい頃から身体の動かし方とか、バランス感覚とか、そういうのは自然と身についた。

おまけに、格闘技だけじゃなくて球技や陸上でもわりと何でもこなせる方だった。

――けど、それが“裏目”に出たこともある。

昔、みんなが何日もかけて練習してた技を、俺だけ一発で成功させてしまったことがあった。

その瞬間、周囲の空気が変わった。

「なんだあいつ感じ悪いな?」
「なんか調子乗ってね?」
「なんかムカつくんだけど」

……そんな無言の視線が刺さるようになった。

だから俺は決めてる。

――**「目立たずに空気を読んでプレイする」**って。

せっかく誘ってくれた蓮也や聖、愛理たちの前で、いきなり“こいつ何者だよ”みたいな空気になってしまうのは避けたい。あまり目立ちたくないからだ

俺は静かに深呼吸しながら、バッシュの紐をぎゅっと締め直した。

どうか、目立ちませんように――
そう祈るような気持ちで、俺はコートに立った。

体育館にバッシュの音が乾いたリズムで響く。
緊張感が張りつめる中、審判のホイッスルが高く鳴り響いた。

(……始まった)

俺は赤チーム。味方には、蓮也と聖もいる。

センターサークルでジャンプボールが放たれ、
蓮也が高く跳び上がって、相手より先にボールを弾いた。

――赤チーム、先制攻撃。

勢いよくボールが回る。そして――いきなり俺にパスが飛んできた。

(おいっ、いきなりかよ!?)

不意を突かれてちょっとたじろぎつつも、なんとかキャッチ。間髪入れず、隣に走り込んでいた聖へパスを送る。

そのとき、蓮也の声が背中から飛んできた。

「ゆういち! 失敗したって大丈夫だからな!
とりあえず楽しもうぜ!!」

あくまで自然体、だけど真っ直ぐな声。
その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。

(……毎度、毎度なんでこいつはこんなにまっすぐなんだよ…)

周囲はみんな経験者ばかり。
ボールの行き交いはスピーディで、どこか“完成された空気”がある。

俺はといえば――

基本「受けたらパス」。それだけ。
バスケのルールも、正直うろ覚え。
5歩歩いたら笛が鳴る、ってことだけはなんとなく覚えてる。あれ?3歩だっけか?

(俺、ドフリーでレイアップさえも外す自信あるんだが……)

運動神経には自信があるが、バスケの技術には全く自信がない。それはそうだ…そんなもんは知らないからだ。そんな自虐的なモノローグを胸に抱きつつ、攻防一体の試合はめまぐるしく進んでいく。

俺はただ、とにかく走った。

ボールを追いかけて、走って、
キャッチしたらすぐパスして、また走って。

(……正直、セオリーとか全然わかんねぇ)

第一クォーターはただ相手チームと自分のチームをひたすら往復していた。ポジションとかもよくわからずただ走る。俺は特別な活躍もなく、ただみんなのプレーを際立たせる事だけを考えてプレーしていた。

そんな中、コートの向こう側――
蓮也のパスを受け取った如月 聖が、
美しいフォームでボールを放つ。

――シュパッ。

鮮やかな弧を描いたボールは、ネットを音もなく貫いた。スリーポイント。完璧すぎる軌道。

その瞬間、体育館に響くブザーが鳴り響く。

第一クォーター終了。

ミニゲーム形式のこの試合は、第二クォーターで終わり。つまり、あと半分で終わる。初心者の俺に配慮しての構成らしい。

(よし、目立たず終了)

本来の目的通り、特に目立つこともなく――ただ走って、パスして、走って。俺の存在は影のように薄く、空気のように自然だった。……はず。

ベンチに戻ると、思った以上にみんな汗だくだった。

「はぁ……っ、第一クォーターの割に、めっちゃ走ったな……!」

蓮也がバスタオルで汗を拭きながら、俺に笑いかけてきた。

「でもさ、ゆういちがあれだけ走り回ってくれたおかげで、相手チームもつられてさ、体力ガタ落ちしてるぞ?」

「……え?」

思わず聞き返してしまった。

(ただ無我夢中で走ってただけなんですけど……?)

「お前さ、ボールないときも全力で動くじゃん? あれ、相手からするとめちゃくちゃ警戒すんだよ。
どこにでもいる感じがして、常に見張っとかないとって」

「……そんなつもりはなかったんだけどな」

「だろうな、顔に出てたわ。“何すればいいかわかんないけど走っとこ”って顔」

苦笑しながらも、どこか楽しそうに蓮也は笑う。

第一クォーター終了して点差は――18対20。

俺たち赤チームが、わずかにリードされている。
だけど、言い換えれば“追える距離”でもあった。

(後半も、引き続き目立たず――うまくやろう)

そう思いながら、ベンチから腰を上げかけた、その瞬間――

「よしっ! こっから追い上げていくぜ!!」

バンッと俺の背中を力強く叩いたのは、蓮也だった。

「ゆういちも頼りにしてるからな!」

満面の笑み。汗だくで、それでも真っ直ぐで、眩しいくらいの笑顔。

続けて、聖も柔らかく口を開く。

「ゆういち、すっごくいい動きしてたよ。無理しないでね?こっから頑張ろね?」

如月さんはいつの間にか、神田君呼びからゆういち呼びに変わっていた。その声は驚くほどやさしくて、包み込むような響きが心の奥にすっと届いた。

さらに他の部員たちからも、
「ナイスガッズだったぞ」
「走りすげぇな」
「お前、よく体力もつな?」
なんてエールが次々に飛んでくる。

(……なんだよ、これ)

俺の心の奥が、ふわっと熱くなった。

くすぐったいような、
でもどこか、うれしくてたまらないような感覚。

(たかが紅白戦だろ?)

練習試合。勝ち負けだって本気じゃない。
それなのに、みんなが真剣で、まっすぐで――

(なんでこんなに……)

俺は、目立たず終えるつもりだった。

空気のように走って、
無難にパスを回して、
“極力目立たない”を忘れずに漂わせて――
そうやってこの場をやり過ごすつもりだったのに。

なのに今、
目立たない自分を守ろうとしていたことが、
急に、すごく恥ずかしくなった。

(……だせぇな、俺)

(……一体いつからだ?)

いつから俺は――“目立たないように”プレーするような卑屈になったんだっけ?

(ああ、そうだ)

あの時。
がむしゃらに走って、全力でプレーして。
それを笑われた瞬間があった。

姫花をイジメから守る一件があってから俺の周りには誰もいなくなり、その現実から目を背けるためにスポーツに真剣に打ち込んだ時期があった。
だが、そんな俺をよく思わない連中もいた。

「お前、なにマジになってんの?」
「本気とか、マジ痛いわ、てか空気読めよ」

周囲の温度が、急に冷たくなった。
場に溶けていた熱が、一気に氷点下に下がるような感覚。

(あのときからだ)

全力を出すことが――“浮く”ことに変わった。
がんばることが――“恥ずかしい”ことになった。

誰かに無理に合わせたわけじゃない。
自分でそう思い込んで、
“いい感じ”に手を抜いて、
“適当に”やってるフリをして。

(……そうか。俺は、自分で自分を否定したのか)

別に、嫌われるのが怖かったわけじゃない。
ただ、一生懸命な自分を、見せるのが怖かった。

でも――

今、目の前にいるコイツらはどうだ?

「よっしゃ!まだいけるぞ!」
「ナイスシュート!今の完璧だった!」
「やべぇ、心臓バクバクなんだけど!」

汗だくで走って、息切らして、
真剣な顔で声をかけ合って――
たかが紅白戦に、命燃やしてる。

(……それが、ダサいか?)

……違う。

恥ずかしいのは、
カッコ悪いのは――

(周囲に流されて、自分を曲げた俺の方だったんだ)

胸が熱くなる。
何かが、ふつふつと湧き上がってくる。

(……次、俺も本気でいこう)

(蓮也、聖、みんな……ありがとう)

――その瞬間だった。

視界が一瞬、グニャリと歪んだ気がした。

鼓動が跳ね上がり、耳鳴りとともに意識が研ぎ澄まされていく。
まるで時間がわずかに遅れて流れ出すような、不思議な感覚。

(――ああ、これだ)

昔にも感じたことがある。この異質な“何か”。
感情が限界まで高ぶったとき、無意識に発動してしまう……そんな"何か"だ

「蓮也、聖、みんな……ありがとう。」

思わず口にしていた。

意識とは裏腹に、心の奥底の“本音”が、勝手に言葉になって漏れ出ていた。

ハッと我に返る俺をよそに――

「っしゃあ! ゆういち、それでこそだぜ!」
「うん、すごくいい顔してる。行こう、ゆういち」
「俺たちはもう、仲間だろ!」

蓮也が拳を掲げ、聖が微笑み、チーム全員が笑顔で答えてくれた。

――なんだ、この感覚は。

胸の奥が、じんわりと熱くなる。
過去の俺が捨ててきた“本気”が、今、確かにこの胸に戻ってきた気がした。

「よっしゃ、いくぞ!!」

コートの中心に再び並ぶプレイヤーたち。
空気は一変し、戦場のような静寂が張りつめていた。

そして――

ピイィィッ!

第二クォーター、開始のホイッスルが鳴り響いた。
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