隣の席のオッドアイギャルは俺の心の声が聞こえるらしい

夕凪けい

文字の大きさ
92 / 124

第92話 EES共鳴現象"拡張感応共鳴現象"

しおりを挟む
俺は愛理と蓮也に別れを告げたあと、ふらふらと歩き続け、
気づけば“あの公園”に辿り着いていた。

つい数日前。
ここで妹の姫花と仲直りした、あの思い出の場所だ。

ベンチに腰を落とす。
全身から力が抜けて、背もたれに沈むようにして座った。

思考が……動かない。
涙すら出ない。

(……俺が憧れた人間は、全部……嘘だったのか?
 じゃあ、その嘘をお手本にしてきた“今の俺”って……一体なんなんだよ……)

蓮也の本音。
あれは俺の人格の根幹を切り崩した。

“ああなりたい”と思っていた存在が偽物なら――
そこを基準にして作られた自分は、全部ズレていたのかもしれない。

そして。

初恋の相手の本性があんな“悪魔”みたいなものだなんて……
誰が予想できる?

(……俺は、一体これから“何”を信じて生きればいいんだ……)

公園の夕日が、やけに綺麗だった。
皮肉だ。
俺の心が真っ暗なほど、周囲が輝いて見える。

そのときだった。

――影が、ひとつ、差し込む。

「やあやあ! 神田君じゃないかい!?
 気分はどうだい? 良かったら~お姉さんが元気の出る“いい事”してあげよっか~?」

銀髪を揺らして近づいてきたのは、
例の――天才発明家のギャル。
いつも通りの軽さで、明るすぎるテンションで話しかけてくる。

だが今の俺には、その眩しさが……痛かった。

「……今、そういう気分じゃないんで。
 ほっといて欲しいです」

できるだけ優しく断ったつもりだった。
だけど俺の声は、自分でも驚くほど“乾いて”いた。

その瞬間。

――彼女の笑顔が、音を立てて壊れた。

銀の瞳が細まり、
声が一瞬で氷点下まで冷え込む。

「……もう終わりか? 神田ゆういち」

その声音は、さっきまでの陽気さの欠片もない。

冷酷で、見透かすようで、
まるで――“本当の彼女”が顔を出したようだった。

「こんなくだらないことで……心が折れちゃうのか?よくもまぁ同じような事で傷ついて苦しんで忙しいやつだね?」

夕日の残光が、銀髪に妖しく反射する。
その瞳は、俺の心の奥の“弱い部分”を正確に射抜いていた。

俺は驚愕と混乱の入り混じった心情を押し殺しながら、ゆっくりと顔を上げた。

「……くだらないこと、だと?お前に俺の何がわかるんだよ?」

怒気を込めた視線を彼女に向ける。
だが、彼女はいつもの陽気さを完全に脱ぎ捨てたような鋭い瞳で、俺を見つめ返していた。

「ああ……くだらない」

「妹をイジメから助けるために勇気を振り絞って立ち向かい、そのせいで周囲からは疎まれて――
それでも現れた“親友”と“初恋の相手”に救われたと信じたのに、結果は、裏切りと絶望」

「本当に……くだらないよ」

乾いた笑いが漏れる。

「――でもね、それら全部、これから君が“本当に為すべきこと”に比べたら、取るに足らない事だ」

「お前なんで……そんな事まで知ってるんだ?
それに“為すべきこと”って……何の話だよ。
お前、一体何を言ってるんだ?」

俺が食ってかかると、彼女はどこか達観したような声で静かに告げた。

「気づいてるはずだよ。君には、他の誰にもない“特別な力”があるって」

まるで全部知っているかのような――そんな口ぶりだった。

「……まさか……見てたのか、さっきのを」

彼女は小さく頷き、そして口元に妖しい笑みを浮かべた。

「素晴らしかったよ。仮面を剥がされた人間の、あのむき出しの“本音”――
君の力は、人間の嘘を暴く。
心にしまった闇や本心を、強制的に表に引きずり出すんだ」

「人間はね、誰しも心の奥に怒りや憎しみを抱えてる。だけど、人間って理性的な生き物でしょう?その感情に仮面をかぶせて、何事もなかったように生活してる。
――それで、このくだらない社会ってやつは回ってる」

彼女は、機械のように正確に、冷静に言葉を並べていく。

「でもね。世の中には、その怒りや苦しみがあまりにも理不尽で……
理性で抑えきれなくなって、人格そのものが崩れていく人もいる。
私はそういう存在を、“ 人間の限界を超えた存在”って呼んでるの」

その声は無機質に聞こえた。
けれど、言葉の端にふと滲んだのは、ほんの微かな哀しみ。

「──君もきっと、私たちと同じ。
“こっち側”の人間、ってことよ」

唐突に放たれたその一言に、俺は眉をひそめた。

「……“こっち側”? ……愛理も同じことを言っていたな。お前──まさか、俺のこの“呪い”について何か知ってるのか?」

彼女はひとつ、愉快そうに笑ってから言った。

「呪い、ね。──それは違うよ神田ゆういち。君のそれは、“EES共鳴現象”と呼ばれている」

「EES……? なんだよそれ」

「Enhanced Empathic Resonance Phenomenon。直訳すれば“ 拡張感応共鳴現象”。私の心理学者としての研究テーマでもあるんだよ」

彼女は天才発明家ではなく、心理学者として淡々と答えた。

「人間には、苦しみに耐えられる限界値があるの。肉体的にも、精神的にもね。その限界を超えるようなトラウマ──強烈な喪失体験や絶望の淵に立たされたとき、人間は無意識のうちに“最も欲した力”が皮肉にも発現する。臨界点を越えるんだよ…君にも思い当たる事があるだろう?………母親の」

心臓がズキリと痛んだ。俺の中で忘れようとしていた記憶──いや、忘れてなどいない。ただ、心の奥に閉じ込めていた光景が頭をよぎる。

「おい……待てよ。お前、なんで──それを……俺と母さんのことを、知ってるんだよ?」

俺の問いに、彼女は答えなかった。ただ静かに、確信を持って言葉を続ける。

「EES共鳴現象の発現者は──その苦しみを、誰にも打ち明けられないんだ。
だって、どうせ理解なんかされないから。

説明しても、“気のせい”とか“思い込みだろ”で片付けられるだけ。
そもそも、人に言葉で伝えられるようなレベルの苦しみじゃない。
……本当に壮絶なんだよ。

そして、そんな限界の中で目覚めた“異能”が──
本人の性格や思考を、ゆっくりと、だけど確実に、偏らせていく。

やがて普通の感覚じゃ通じなくなるんだ。
孤独の中で、力に溺れて、理性も常識も擦り切れていく。

──ほら、君の初恋相手。
……まさに、あれがその典型例さ。」

彼女の表情から笑みが消えていた。

「だから彼女らは、ひとりで抱える。“自分だけが異常なんだ”って思いながら、ずっと、ずっと苦しみ続ける。そしてそのストレスに蝕まれ、ある者は精神を壊し、ある者は命を絶つ──EES共鳴現象の発現者は、ほとんどが短命なんだ」

「……っ」

言葉を失った俺に、彼女は一歩だけ近づいた。

彼女のオッドアイには、狂気が宿っていた。
その瞳はまるで、美しさと破滅を両立させたように──静かに、しかし確かに狂気を滲ませていた。

「でも君は違う。君の“能力”は──相手の仮面を剥がし、“本音”を吐き出させる。その力が、EESの苦しみに囚われた者たちに“語るきっかけ”を与える」

「苦しみを言葉にできた瞬間、人はその痛みと初めて向き合えるようになる。逃げることも、否定することもやめて、自分の本当の感情を受け止められるようになるんだ」

彼女の瞳が、どこまでも真っ直ぐに俺を見つめていた。

「君の力は、“呪い”なんかじゃない。むしろ──“救い”なんだよ。君は、EES共鳴現象に蝕まれた人たちの“希望”になれる。……救世主なんだ、神田ゆういち」

沈黙が流れる。

夕日の差す公園で、銀髪の天才発明家は、静かに俺に言った。

「──朝倉華恋が、いい例だ」

その名前を聞いた瞬間、俺の背筋に冷たいものが走った。

「華恋先生も……?」

「彼女はアイドル時代、常人では到底耐えられないレベルの苦しみを味わった。裏切り、孤独、罪悪感……そのすべてが、彼女の心を引き裂いた」

彼女の声は、どこか哀しみを帯びていた。

「そして彼女は、EES共鳴現象を発現した」

「……なんだって?」

思わず、俺は聞き返していた。

「君はすでに体感したはずだよ。彼女と接したとき──まるで感情が共有されるような感覚を」

その瞬間、脳裏にあの時の記憶がよみがえる。
彼女の感情がまるで流れ込んでくるような感覚を。

「……あれが……EES共鳴現象……?」

「そうだ。そして君の能力が、彼女の心の奥底に触れたんだ。彼女が一生抱えこみ、苦しみながら生きていくはずだったその過去を君が曝け出させ、ずっと押し殺していた本音と感情を──向き合わせた」

彼女はゆっくりと俺の目を見る。

「君は彼女を救ったんだよ、神田ゆういち」

 「俺はそんな──
 他人を救えるような、崇高な人間なんかじゃない」

 「卑屈で、弱くて、自分すらも救えないようなやつだ。そんな奴が誰かを救うだって?笑わせんなよ?……そもそも、その“性格”の土台を作った人間にさえ裏切られて、その前提すら今は、ぐらぐらと揺らいでる」

「……もう、ほっといてくれよ」

声はかすれていた。
下を向いたまま、俺は膝の上で握りしめた拳を見つめていた。

けれど──
彼女の声は、不思議と落ち着いていた。

「残念だけど、君を救うのは私の役目じゃないよ」

 え……?

「彼女に任せるとするよ」

言葉の意味をうまく飲み込めないまま、彼女の視線はまっすぐ前を向いていた。
何かを決意したような強い目で。

「私は転校したら、自分の研究室を立ち上げる。EES共鳴現象の発現者を“救う”ための場所をね。──君には、そこで協力してもらいたい」

まるで、事務的に告げるような口調だった。
だけどその裏にあったのは、たしかな“信頼”だった。
俺が──いや、“神田ゆういち”という存在が、まだ“終わっていない”と信じているかのように。

けれど、俺の心はもう、完全に折れていた。
返事を返す気力すら、湧いてこなかった。

すると彼女は、スイッチでも切り替えたように、ぱっと笑顔を浮かべた。

「じゃあね、神田くん!またね??」

軽やかに手を振り、彼女は公園をあとにしようとする。夕暮れが終わり、いつの間にか辺りは深い藍色に包まれていた。

「……待てよ」

思わず、声が漏れた。
それは、俺の中にあった“かすかな希望”が、最後に絞り出した声だったのかもしれない。

彼女が立ち止まり、振り返る。

「お前は……俺の、味方なのか?」

その瞬間だった。
俺の中で“あの力”本音を曝け出させる能力が──無意識に、発動する。

彼女は微笑みながら、口を開いた。

「──あぁ。君の味方だよ?」

その言葉は、確かに俺の胸に届いた。

彼女は静かに去っていく。
沈んだ太陽の残照が、彼女の後ろ姿を淡く染めていた。

銀髪の彼女が去ったあと、俺はしばらくその場から動けなかった。
でも、不思議と胸の奥に灯ったものがあった。

(……こんな俺が本当に……誰かを救ったんだろうか?)
心の奥に残っていた暗闇に、ひとすじの光が差した気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

清掃員と僕の密やかな情状

MisakiNonagase
恋愛
都心のオフィスビルで働く会社員の26歳・高城蓮(たかぎれん)。彼の無機質な日常に唯一の彩りを与えていたのは、夕方から現れる70歳の清掃員・山科和子だった。 青い作業服に身を包み、黙々と床を磨く彼女を、蓮は「気さくなおばあちゃん」だと思っていた。あの日、立ち飲み屋で私服姿の彼女と再会するまでは――。 肉じゃがの甘い湯気、溶けゆく氷の音、そして重ねた肌の温もり。 44歳の年齢差を超え、孤独を分かち合った二人が辿り着いた「愛の形」とは。これは、一人の青年が境界線の向こう側で教わった、残酷なまでに美しい人生の記録。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...