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秋祭り
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粉ひきという仕事は割と年中忙しいが、特に忙しくなるのは秋の収穫期の後だ。
秋祭りの前には帰ると最初の取り決めで決めたのも、秋祭りの後の冬支度で、粉ひきの仕事が忙しくなる事を踏まえての事でもある。
べスの田舎では、収穫した小麦や大麦を、冬に備えて粉に挽いておいて、冬支度とする。
誰も雪が深い時期に、森のほとりまで重い穀物を持っていこうなど思わないからだ。
べスも秋祭りがおわったら、冬に備えてこの時期は、ジャムを煮たり、野菜を保存用に加工したりと準備に忙しい。
温室で好評だったべスの田舎風のクッキーは、べスの田舎の冬の保存食のレシピの一つだ。
「ベス、じゃあ3袋分明日までに頼んでおいたよ。それで今日の郵便はこれ」
「はーい。やっておきますね。いつもありがとう」
郵便屋の親父さんに頼まれた小麦を早速石臼の器具の中に入れる。
後は水車がぐるぐると回って石臼が仕事してくれるのを待つ。
壊れかけていた水車の部品をノエルに魔術で直してもらってから、実に粉ひきの仕事が捗る。
規則正しい音を立てながらスムーズに動く滑車と歯車に、べスは忘れなくてはいけない人の事を思い出して、胸がキリリと痛んだ。
眼裏に、整ったノエルの横顔が浮かぶ。
(早とちりで、偉そうで)
空いっぱいに展開したノエルの魔術。
青白い魔術を纏った、夜に君臨する月の精霊のようだったノエルの姿。
(美しくて、残酷で、優しい方)
ノエルがたわむれに唇を落とした、べスの爪先が焼けるような熱を帯びる。
涙がぼろぼろと、べスの膝を濡らしてゆく。
べスは、ゴシゴシと涙をエプロンで拭うと、ゆっくりと立ち上がり、頬をパン!と叩いた。
ーあの本の魔術師様も、最後は高貴な姫君と結ばれていたじゃないー
これが、あるべき形なのだ。
ベスが見ていたのは、真昼の夢だ。
べスは粉を挽き、ノエルは勇敢な魔術師として、高貴な姫君と結ばれる。これでいい。
夢を見させてもらったのだ、それもとびきり素敵な夢を。
そして自分に言い聞かせるように、大きな声で
「さあ、仕事」
そう言って、つぎから次へと挽かれていく粉を集めていった。
----------------------------------------------
粉が全て挽き終わるまで、ベスは小屋の中で読書の時間だ。
隣接している自宅に帰って読んでもいいのだけれど、粉挽小屋の中は、川の水音と、水車のギコギコとした音、森の木々の葉が擦れる音と、そして小麦が擦れるゴリゴリとした音が一緒になって、読書の時はとても耳に心地いい。
今日は郵便が来ているから、読書の時間ではなく手紙を読む時間。
ベスはいそいそと、粉挽小屋の窓辺の特等席に腰掛けて、ゆっくりと封を開けた。
1日のうちで、ベスが一番好きな時間だ。
べスは窓際に朝ごはんの残りのパンくずを置いて、小鳥たちが遊びにくるのを眺めながら、お気に入りのクッションに背中を深く沈める。昔おじいちゃんが掘ってくれた大きな木彫りのコップに、並々とハーブティーを注ぐ。
朝の清廉な光が窓から美しく入ってくる。
(今日は三通もきてるわ)
どの手紙も、美しい上質の封筒だ。
ベスは手紙の差し出し人の名前を見て、ほっこりとなる。
一通はロドニーから。
ベスがいないから寂しい、背があれから随分と伸びたから、次に王都に遊びにきたら、きっとロドニーがカッコ良すぎてベスには誰だか見分けがつかなくなる、などなど。いつもの軽口だ。
下手くそな自分の似顔絵まで描いていた。
ロドニーは悪筆なので、いつも読むのに苦労すると文句を書いたら、絵を描いてくるようになったのだ。
ベスはクスリと笑顔になる。
二通目はエロイースから。
最近新しいマカロン屋さんが王都にできたから、送ってあげたいのだけれどマカロンは作ってから三日しか持たないから、食べたかったらベスが王都に来るしかないわよ。と。
田舎の生活に不満はないが、マカロンという贅沢を覚えてしまったベスは、一つくらいどうにかして、エイミーに食べさせてあげたいなと思う。
エロイースが最初にベスに説明してくれたように、食べたら幸せになる、魔法のようなお菓子だ。
三通目は、ナーランダから。
短い電報のような手紙で、美しい文字で要件だけ書いてあった。
封を開けると、鼻孔をくすぐる、温室のソファと同じ薬草の香りが立ち上り、おもわずべスは深呼吸する。
折角閉じ込めた、大声で泣きたくなるような気持ちが頭をもたげてくる事に気が付かないふりをして、べスは手紙に集中した。
「親愛なるべス。元気にしている事だと思う。所で急だけれど、久しぶりに君の顔を見たくなったから、明後日君の小屋まで遊びに行きます?? 明後日って・・」
べスはあわてて消印を確認する。王都ではありえないのだが、この田舎ではものすごく郵便が遅れるのだ。
「え、一昨日!一昨日の明後日って、・・今日じゃない!」
ガタン!とベスが服だの頭だのについた粉を払って外に出ると、
「やあベス。君に会いに来たよ」
そこには美しい紫色の、長い髪の魔術師が白い馬の馬上から微笑んでいた。
秋祭りの前には帰ると最初の取り決めで決めたのも、秋祭りの後の冬支度で、粉ひきの仕事が忙しくなる事を踏まえての事でもある。
べスの田舎では、収穫した小麦や大麦を、冬に備えて粉に挽いておいて、冬支度とする。
誰も雪が深い時期に、森のほとりまで重い穀物を持っていこうなど思わないからだ。
べスも秋祭りがおわったら、冬に備えてこの時期は、ジャムを煮たり、野菜を保存用に加工したりと準備に忙しい。
温室で好評だったべスの田舎風のクッキーは、べスの田舎の冬の保存食のレシピの一つだ。
「ベス、じゃあ3袋分明日までに頼んでおいたよ。それで今日の郵便はこれ」
「はーい。やっておきますね。いつもありがとう」
郵便屋の親父さんに頼まれた小麦を早速石臼の器具の中に入れる。
後は水車がぐるぐると回って石臼が仕事してくれるのを待つ。
壊れかけていた水車の部品をノエルに魔術で直してもらってから、実に粉ひきの仕事が捗る。
規則正しい音を立てながらスムーズに動く滑車と歯車に、べスは忘れなくてはいけない人の事を思い出して、胸がキリリと痛んだ。
眼裏に、整ったノエルの横顔が浮かぶ。
(早とちりで、偉そうで)
空いっぱいに展開したノエルの魔術。
青白い魔術を纏った、夜に君臨する月の精霊のようだったノエルの姿。
(美しくて、残酷で、優しい方)
ノエルがたわむれに唇を落とした、べスの爪先が焼けるような熱を帯びる。
涙がぼろぼろと、べスの膝を濡らしてゆく。
べスは、ゴシゴシと涙をエプロンで拭うと、ゆっくりと立ち上がり、頬をパン!と叩いた。
ーあの本の魔術師様も、最後は高貴な姫君と結ばれていたじゃないー
これが、あるべき形なのだ。
ベスが見ていたのは、真昼の夢だ。
べスは粉を挽き、ノエルは勇敢な魔術師として、高貴な姫君と結ばれる。これでいい。
夢を見させてもらったのだ、それもとびきり素敵な夢を。
そして自分に言い聞かせるように、大きな声で
「さあ、仕事」
そう言って、つぎから次へと挽かれていく粉を集めていった。
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粉が全て挽き終わるまで、ベスは小屋の中で読書の時間だ。
隣接している自宅に帰って読んでもいいのだけれど、粉挽小屋の中は、川の水音と、水車のギコギコとした音、森の木々の葉が擦れる音と、そして小麦が擦れるゴリゴリとした音が一緒になって、読書の時はとても耳に心地いい。
今日は郵便が来ているから、読書の時間ではなく手紙を読む時間。
ベスはいそいそと、粉挽小屋の窓辺の特等席に腰掛けて、ゆっくりと封を開けた。
1日のうちで、ベスが一番好きな時間だ。
べスは窓際に朝ごはんの残りのパンくずを置いて、小鳥たちが遊びにくるのを眺めながら、お気に入りのクッションに背中を深く沈める。昔おじいちゃんが掘ってくれた大きな木彫りのコップに、並々とハーブティーを注ぐ。
朝の清廉な光が窓から美しく入ってくる。
(今日は三通もきてるわ)
どの手紙も、美しい上質の封筒だ。
ベスは手紙の差し出し人の名前を見て、ほっこりとなる。
一通はロドニーから。
ベスがいないから寂しい、背があれから随分と伸びたから、次に王都に遊びにきたら、きっとロドニーがカッコ良すぎてベスには誰だか見分けがつかなくなる、などなど。いつもの軽口だ。
下手くそな自分の似顔絵まで描いていた。
ロドニーは悪筆なので、いつも読むのに苦労すると文句を書いたら、絵を描いてくるようになったのだ。
ベスはクスリと笑顔になる。
二通目はエロイースから。
最近新しいマカロン屋さんが王都にできたから、送ってあげたいのだけれどマカロンは作ってから三日しか持たないから、食べたかったらベスが王都に来るしかないわよ。と。
田舎の生活に不満はないが、マカロンという贅沢を覚えてしまったベスは、一つくらいどうにかして、エイミーに食べさせてあげたいなと思う。
エロイースが最初にベスに説明してくれたように、食べたら幸せになる、魔法のようなお菓子だ。
三通目は、ナーランダから。
短い電報のような手紙で、美しい文字で要件だけ書いてあった。
封を開けると、鼻孔をくすぐる、温室のソファと同じ薬草の香りが立ち上り、おもわずべスは深呼吸する。
折角閉じ込めた、大声で泣きたくなるような気持ちが頭をもたげてくる事に気が付かないふりをして、べスは手紙に集中した。
「親愛なるべス。元気にしている事だと思う。所で急だけれど、久しぶりに君の顔を見たくなったから、明後日君の小屋まで遊びに行きます?? 明後日って・・」
べスはあわてて消印を確認する。王都ではありえないのだが、この田舎ではものすごく郵便が遅れるのだ。
「え、一昨日!一昨日の明後日って、・・今日じゃない!」
ガタン!とベスが服だの頭だのについた粉を払って外に出ると、
「やあベス。君に会いに来たよ」
そこには美しい紫色の、長い髪の魔術師が白い馬の馬上から微笑んでいた。
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