緑の指を持つ娘

Moonshine

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秋祭り

26

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「きゃあああ!!」

本日何度目かのみっともない乙女のような叫び声をあげたノエルは、背中に走る痛みに、どこかに着地した事に気がつく。

「ぎゃー! 危ない!」

「ぐえええ!!!」

べスは先に到着したノエルの上に見事に着地して、ノエルはピクピクと、ベスの下で悶絶している。
ベスは、どうやら無傷のようだ。

「ここは・・えっと、魔術院の温室・・?随分変わっていますけど・・」

目を回しながら、ベスはノエルに聞いた。

ノエルは目を回しながらもなんとか体勢を立て直した。

「ああ、どうやらそのようだ。オベロンはこの温室でナナちゃんから発生したから、この温室と、精霊の森の通り道がつながったんだろう。だが、なぜあれほど森の時空が歪んでいた・・?」

ノエルは、ぼんやりと精霊の森で出会った、父と母の姿を思い出す。

(あれは、幻だったのだろうか)

心に満ちている温かい何かは、まだノエルの胸を満たしていた。

「私、エズラ様の館の庭で、山車といっしょに空の穴に吸い込まれたのです」

ベスは、短くそう言った。

「なるほど・・エズラ様の山車のなかで展開された幻影魔法の精霊の森と、実際の精霊の森とが時空で重なってしまって、不協和音になって、時空が歪んでしまっただろうな。しかもあの山車、夜光鳥の羽根でびっしり飾っていたからな。夜光鳥の羽根は美しい上に、幻影の力を倍増させる魔力がある。やれやれ、命拾いした」

自分の体にまとわりついている、美しい黒い羽根を眺めて、ノエルはため息をついて空を眺めた。

温室の空は、ユージニアの魔力で黄金色の魔力の雷のような光を帯びて、煌々と輝く。
宮殿の屋根には、赤い王家の旗ではなく、黄金色のマリーゴールドの旗が、はためいていた。

(ということは、ユージニア殿下は、王都の守護の、王の魔力の乗っ取りに成功した・・まさか、目覚めてこの短期間で、クーデターを起こされるとは)

ノエルは、一体宮殿内で何が起こっているかを予測し、身震いが起こった。
この王国でクーデターが起こったことはほんの数回。女王は、歴史上一度のみ。
クーデターによる女王誕生は、建国以来、初めてだ。

ノエルは己の元婚約者であった女性に、深い尊敬を抱いた。
ユージニアは確かに、秋祭りで、ノエルを自由にするとそう宣言したが。

(だがまさか、こんな方法で俺を全てから自由にするとは)

その肉体だけの眠りの中で、どれだけの事を思い、考え、そして己を叱咤してきたのだろう。
ユージニアの三年の日々を思うと、気が遠くなる。

「・・オベロン・・そうだ、オベロンは!!」

ノエルは思い出したかのようにあたりを見回す。オベロンはおろか、妖精の一体もいない。
平和な温室の、見知った植物が、ノエルをおかえりと、迎えてくれる。

「わー、ずいぶん変わりましたね」

ベスののんびりとした声が後ろから聞こえた。

「あれ、あっちは花畑にしたんですね。あれ、ここはトマトが植えてあった所でしたよね」

楽しそうにベスはゆっくり歩いて見て回っている様子だ。
ノエルにとって精霊の森での出来事は、文字通り天地がひっくり返るほど衝撃的な体験であったというのに、ベスにとってはそのような事はないらしい。いつも通りのんびりと落ち着いたべスの声は、ノエルを日常の世界に連れ戻してくれる。

(やはり、べスは何者にも代えがたい)

先ほどまで、ノエルは精霊の世界で妖精王と対峙していたというのに、べスの隣にいるだけで、静かな心が戻ってくる。

「あ、中に水も引いたんですね、え、小さな船がある!面白い!」

ケタケタと、ベスは楽しそうに笑う。

(ベスが・・ベスがここに、帰ってきた)

ノエルは己の心の奥から、泉の様にわきあがる喜びに、胸が熱くなっていくのを感じた。

ベスが、少し窓を開けた。
空気が一筋、温室を通り過ぎる。

水晶の角度をちょっと変えて、小さな虹が温室の中を踊り出す。
少しだけ、目の前の薬草の枯れた葉をとってやる。
足元に転がっていた石を、ちょっとだけ移動させて、下にいた小さな花を覗かせてやった。

ベスがいる。

ただそれだけで、この小さな温室という名の天国は、急に命の喜びに湧き踊る。

「あら、ヤモリの子供だわ、かわいい」

菖蒲の葉の下に巣を構えた、ヤモリの親子を早速見つけた様子だ。卵が最近いくつも孵って、小さな子供のヤモリがうろうろしているのだ。

「まあ、こんな大きな蜘蛛がいるのね、素敵だわ」

初めて会う大きな蜘蛛に、嬉しそうにこんにちわ、と挨拶をする。
蜘蛛は少しベスに近づいて、そして満足したのか隠れてしまった。

愛でるようにベスはノエルの温室を歩いてゆく。
いつの間にかどら猫が帰ってきていて、ナーン、と甘えた声でベスの足元に纏わりつく。

「ドラちゃん。元気だった?」

単純なベスならばそう名づけるだろうとノエルが予想したように、ベスはこの猫をドラちゃんと呼んでいたらしい。
ドラちゃんは、ノエルには絶対聞かせたことのない様な甘えた声でベスにおかえりを告げる。

(眩しい)

ノエルは微笑みを湛えながら温室を幸せそうに歩むベスから、目が離せない。

「ノエル様の温室、ずいぶん変わりましたね。なんだかとても楽しそうで、ワクワクします」

ロドニーが置いていった子供用のおもちゃを指差して、ベスはそう言った。

「・・俺は、生まれて初めて俺の心のままに、温室をつくってみたんだ。俺が好きなもの、俺が大事にしたいものを、俺のやり方で。べスのようには上手く世話はできなかったけれど、見てくれ。これが、俺のありのままだ。冷静な魔術師は、俺の求められていた姿だ。ガキっぽくて女々しくて、我慢が足りないのが、本来の俺の姿だ」

ノエルはそっと、カブトムシを捕まえて、べスの手の乗せる。
そして、ノエルの言った通り、熟するまでじっと待つ我慢が足りなかったせいだろう、まだだいぶ青いイチゴの実が、半分かじられた跡がついたままで、風にふかれていた。
風にふかれて、どこかかか吹かれてきた絵が何枚もひらひらと飛んで行った。どの絵も、可愛い花の絵が、下手くそなタッチで丁寧に描かれていた。

「・・お前がいなくなってから、俺はいろんな事を考えたんだ」

ノエルは、ぽつりとつぶやいた。

「俺はエリクサーさえ完成すれば、この世の苦しみは全て終わると、そう信じていた」

ベスは黙って、ノエルの次の言葉を待った。

「だが、エリクサーが完成しても、俺は幸せではなかった。エリクサーが完成して、ユージニア様が目覚めて、俺を苦しめていた全ての問題が解決した。だが、俺は幸せではなかった」

「俺は、この温室に籠って、じっと考えたんだ。一体俺が幸せと感じたのはいつだったのだろう。俺が、幸せになるにはどうすればいいのか」

ノエルは、ゆっくりとべスに向かい合って、大切そうにその小さな手を取った。

「それで、いつ俺が、一番幸せだったのか、考えたんだ。べスが、温室に来てくれるようになった頃、おれは不眠症に悩まされて、緊張が強いられる酷い日々だった。だが、俺は間違いなく、あの日々が人生で一番幸せだった。ベスが隣にいたから、おれは毎日が心から幸せだった」

「べスが整えた温室だと、俺は優しい眠りに落ちて、朝の光の元で安心して目を覚ます事ができた。べスの顔を見るだけで、俺の心の張り詰めた何かが解けていって、ただただ、べスが居る喜びに、毎日心が満ちていた。お前がほほ笑むと、俺は生まれてきた喜びに心が震えたし、お前がこちらを向いてくれるだけで、おれはこの身が光で満ちて、体中がしびれる思いがした。俺は、この感情が何と呼ばれているのか知っている」

ノエルは、ゆっくりと片足を地につけて、大切そうにべスの爪に口づけを落とした。

「ノ、ノエル様!!!ユージニア様と、ご婚約だと!そう!聞いています!!」

べスは、ノエルの真剣な顔に、動揺する。
ノエルの顔に、あの夜に、ベスをからかったような、おどけた笑顔は見えない。ノエルは、ゆっくりと顔をあげて、ほほ笑んだ。

「べス」

「殿下は、あの偉大なお方は、この国の歴史上はじめての女王殿下として、この国の頂点に君臨なさる。私との政略婚約は、この秋祭りをもって解消してくださると、そうおっしゃった。俺に、必ず幸せになるように、そう告げて」

そうして、宮殿の頂上にはためくマリーゴールドの花を指さした。

浮世離れしているベスでも、旗が、赤い現王家のそれではなくなった事が、何を意味しているかは分かった。

ー王権の交代ー

ノエルはその瞳に一杯涙をためながら、縋るように、乞うように、べスに言った。

「ベス、俺は幸せになりたい。俺はお前が隣にいないと、幸せではない。俺はお前がいないと嫌なんだ。お前と一緒にいたいんだ・・」

「俺と、結婚してほしい」

(ノエル様・・・!!!!)
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