対人恐怖症のメンダーと辺境の騎士 ~この恋は、世界のほころびを繕う~

Moonshine

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辺境の土地・ディトマス第六要塞

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年に1度の、慰霊祭は、しめやかにおこなわれた。
広大な要塞をとりまとめるこの辺境伯家において、慰霊祭は年間を通じての最大の典礼となる。

辺境伯家の屋敷に国の重鎮という重鎮がずらりと集まり、王家からも王族も訪問する。
この要塞なくしては、アストリア王国の安寧は成り立たない。この要塞の守護を司る辺境伯家は、大変な重責を担っているのだ。

広大な断崖の要塞の、辺境伯自らが防衛する第1要塞に、各領地より代表者が送られ、式典に参加する。
要塞からも全部で20ある要塞の責任者がそれぞれ式典に招待されて、要塞での戦いの尊い犠牲者の名前が読み上げられる。一人一人の名が、高く青い空に吸い込まれていく。

「私、少しマティアス様の事を知る事ができまして、喜ばしく思っておりますのよ」

そんな重く厳粛な式典の中で、辺境伯の嫡子であるマティアスと、光魔法の遣い手であるエベリン王女との実質的なお見合いは、それなりに順調に進んだ事は、喜ばしい事であったと言えるだろう。

王家の姫君との事だ。
マティアスは繊細でわがままな姫君だろうと心構えをしていたのだが、エベリン王女は幼さは残るものの、天真爛漫で、素直な心を持つ様子の姫君だった。

エベリン王女の方も、戦場の雪豹などという恐ろしい二つ名を持つマティアスに、実際に会う前はとても怯えていたものの、一度マティアスの仮面の下の甘く優美な美貌を目にすると、若い娘らしくすっかりとマティアスの美貌に夢中になってくれた様子。

忙しい儀式の続く中、マティアスも特に名物らしい名物もないこの辺境領のあちこちをつれて楽しませ、まだ幼さの残るこの姫も少しは前むきにこの地に嫁いでくる事を検討してくれている様子だ。

ただ、この姫には同盟国である外国への縁談話もあり、そちらが進むと、国の外交事情を優先せざるを得なくなる。

緊張の連続であるこの大典礼を終えると、エベリン王女も国家の重鎮もみな、この厳しい気候と要塞があるだけの地から、あっさりとすぐに去っていく。
要塞以外に娯楽も観光地もなにもないこの地に留まる理由がないからだ。
次に彼らがこの地に訪れるのは、1年後。
国防の尊い犠牲者を敬うためにのみ、渡鳥の訪れのごとくこの地にやってくる。

「マティアス様。第6要塞、ダンダップ隊長がおこしです」

王都からの客人が去り、ようやく静けさを取り戻したマティアスの執務室には、一人の男が呼ばれていた。
居心地の悪そうに、窮屈そうに新品の礼服に身を包んだこの男の名はダンダップ。
第6要塞の責任者だ。

「ああ、ダンダップ隊長。よくきてくれた」

一要塞の隊長が、この辺境を束ねる辺境伯の嫡子の部屋によばれるなど、通常はありえない。

「マッ!ママママティアス様、わ、私を直々にお呼びだと伺いました」

何か粗相があったのかと、キョロキョロ、おどおどとして、マティアスの前で落ち着きなく汗を拭っている太った男が、ダンダップ。
第6要塞を納める責任者になってから、もう15年は経つという。

マティアスの目にはなにもかわった所のない、気のよさそうな騎士にしか見えない。

かわいそうなほど怯えているこの隊長に、マティアスはゆっくりと声をかけた。

「ああ、驚かせて悪かった。そう固くなるな。この1年間、1人の死傷者がでなかった要塞は、第6だけだと知って、興味が湧いたんだ。まずは礼を言おう。この1年よく兵士達を守ってくれた。感謝する」

なにかの叱責でもうけるのだろうかと、顔面蒼白でこの貴人の呼び出しに応じていたダンダップは、泣きそうにほっとしたらしい、ヘナヘナと後ろで音がきこえそうなほど脱力している。

「あ、ありがたいお話しです」

マティアスは微笑んで、第6要塞の報告書を指差して続けた。

「これを読ませて貰ったが、報告書には何も第6要塞で変わった事はなかった。だが、1年の間、誰も死傷者がなかった要塞は、この30年、今年のお前の要塞だけなんだ。隊長、一体この1年の間に何があったのか、教えてくれないか」

大切な仲間が、一人でも助かるのなら。
マティアスは深く、この人のよさそうな男に頭をさげた。

ダンダップはこの貴人が自分に頭をさげて教えを乞うている事に、ほとんど顔を真っ白にしながら叫んだ。

「マティアスさま! どうかお顔を上げてください、本当に、何もなかったんです! 多分、ただ少しみんな運がよかっただけです!」

ダンダップは、本当に何もなかった、と繰り返す。

「運が良い、とは?」

マティアスの後ろで、じっとダンダップを観察していたカイルが続けた。

ダンダップはカイルの巨体に圧倒されながら、汗をかきながら続けた。

「え、ええ、みんな本当に、ちょっとだけ運がよかったんです」

「どういう事だ?」

「た、たとえば、落馬して頭から落ちた騎士がいたんですけど、運がちょっと良かったのか、落ちた先に馬のふんが大量にあって、ふんを頭からかぶって後が大変だったんですが怪我はしなかったりですとか、魔獣に攻撃をうけた兵隊が、危うく首を切られる所だったのに、その日に限って寝違えていて首にギブスをあてていたので間一髪斬られなかった、とかです。特に訓練もいつも通り、食事もいつも通りです」

「なるほど。ちょっと運がよかっただけ、か」

男達は考え込む。

ふんの山に頭から落ちて、落馬から命が助かったり、たまたま寝違えていたり。
この隊長の言う通り、ちょっと運がよかっただけ、に聞こえる。
だが、30年どの要塞でも成し遂げられなかった、死傷者ゼロを、この要塞は成し遂げている。

偶然ではない。何かが、作用しているはずだ。

そこで、ユールはとても小さな違和感に、気がついた。

「ダンダップ隊長、随分使いこまれた手袋をつけていますね」

式典用の制服には、新品に近い窮屈そうなものをこの隊長は纏っているというのに、手袋だけは、しっくりと、まるで肌に吸い付いているような使い込まれた物だった。言い方を変えると、式典にふさわしくないと言って良いほど、ボロいものをこの隊長は身につけていたのだ。
よく見ると、手袋にはあちこちに丁寧な継ぎが当たっている。

手袋などの制服や小物は軍の支給品だ。望めば大体いくらでも新しいものが支給されるし、ダンダップは、要塞の隊長だ。手袋など、いくらでも新品が与えられるはず。

「ええ、お恥ずかしいのですが、この手袋がいいんですよ」

少し恥ずかしそうにダンダップは微笑んで、手袋を隠してしまうと、それでは失礼します、と部屋を去った。

「ユール、なにか分かったか」

ユールは、読心術の魔術に長けている魔法伯爵家の後継だ。

ユールとその一族は、他国との戦時の際は、影として活躍する。平時の際は、容疑者の尋問や他国との交渉の際にマティアスはユールを必ず同席させる。
今回も、ユールはダンダップに立たせていた執務室の床のカーペットの下一面に複雑な読心術の魔法陣を組んで、ダンダップに感知されないように発動していたのだ。

青い光を放ちながら、魔法陣はユールの手の中に吸い込まれてく。

「・・いや、ただの普通の要塞の隊長、といった風情で、なにか企んでいる様子でも、隠している様子もみられない。ただただ雪豹のごとく恐ろしいという評判のお前に呼び出されて、生きた心地もしていなかっただけだ」

「なるほど。では隊長自身、自身の要塞で何が起こっているかに気が付いていない、という事か」

マティアスは少し考えた。

光属性を持つ王家の姫との政略結婚を成立させる為に、多忙を極める最中、まだ幼さの残る姫君を躍起になっておもてなしをするほどには、この辺境の死傷者の被害を収める事にマティアスは何も厭わない。

慰霊祭の大きな式典の仕事はようやく終えた。
この後に、長い休暇に入るつもりで、マティアス他の仕事もずっと前倒しに片付けて、励んできたのだ。

「ユール」

ユールは苦笑いをうかべた。
この美貌の青髪の右腕は、非常に聡く、魔術以外での読心術にも大変長けている

「行くのですね、第6に」

「ああ、実際に兵士になって第6に紛れ込んだら、何かわかるかもしれん」


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