異世界占い師・ミシェルのよもやま話

Moonshine

文字の大きさ
59 / 113
モテない女は、具体的な理由があるものだ

しおりを挟む
「ただいまー」


その日ミシェルが、家に帰ったのはとっぷり、夜も更けてからだ。
ミシェルは、さんざビュリダンの買い物につきあってやったのだ。
買い物はとっても楽しかった。

ビュリダンさんは、まだ魂とも、スピリットとも呼ばれる大切な存在をどこかに、手放してしまったゾンビ状態だ。
彼女にはまだ、魂が体にもどってくるまで、指針が必要だ。

だが、ビュリダンさんは頭のいい娘だ。
ビュリダンさんの生きる指針である、「いい子はどう考え、行動するか」を、若い乙女が「週末にイケメンとデートが待っているなら、どう考え、行動するか」という指針にすりかえてやると、話は非常に早かった。


ビュリダンは、本当は本当に、早く魂を取り戻したかったのだろう。
砂漠に水が吸い込まれるように、ビュリダンは、乙女の部分の魂を、次から次に、とりもどしていくビュリダンとの会話は実に楽しかった。

やはりリハビリには、人間の欲を刺激するのが一番だ。

イケメンとデートに行くときに、この靴はないですよね!とわらって履いていたベージュの靴を、きれいな踊りたくなるような空色の靴に買い替えた時には、ミシェルの方がびっくりした。
良い靴は、いいところに連れて行ってくれるというが、あの靴を履いたら絶対にいい所にいきたくなるだろう。

他にも、イケメンが夢にでてきそうな、美しい枕カバーや、恋文書くならこのペンがいいですよね、と乳白色に、美しいマーブルのピンクの塗料が流し込まれたペンを買ってみたり、ミシェルの期待以上になかなかの優秀な生徒だったのだ。

そのうち、指針がなくても、「私」がだれだったか、ビュリダンは思い出すだろう。
それまでは、リハビリとして、「いい子」以外にも、自分は花咲く乙女であった事を思い出してもらって、楽しんでもらおう。乙女の魂が返ってきたら、ゆっくり、本来の自分の他の魂の部分を、迎えていけばよい。

きっと家族がびっくりします。
そうはにかんで笑うビュリダンに、ミシェルは一つのアクセサリーを、プレゼントした。

「よくがんばったわ。これは私からの、応援の贈り物よ」

ビュリダンが包みを開けると、入っていたのは、ピンクの小さなビーズの粒が先につけられた、揺れるイヤリング。
別に高いものではない。一緒に色々選んでた時に目に入った品だ。

「とってもかわいい・・ありがとうミシェルさん」

ビュリダンは、とても喜んでくれていた。

「デートの時につけなさい。男っていう生き物は、バカだから、顔の近くで揺れているものがあると、目が離せなくなるんですって。しかもピンク色なんて色を目でずっと追っていたら、自分が恋してるのか、ちょっと勘違いしてくれるそうよ」

ミシェルはぺろっと舌をだして、そう応援した。

これは、恋愛上級者の先輩からの、秘伝の術だ。
黒い下着の女はモテない、という都市伝説と一緒に伝わる、初めてのデートにはピンクの揺れるイヤリング。
お人よしのミシェルは、ビュリダンに、いい人に出会ってもらって、幸せになって欲しいのだ。

涙を潤ませていたビュリダンの後ろの光のさざめきが、ゆっくりと揺れを取り戻して、そして、ゆっくりと、ピンク色に変化していくのが見えた。

もう少し時間がかかるかもしれないが、きっと素敵な出会いが、これから待っているだろう。
そして、ゆっくりと、自分をもう一度、一度手放した、自分の魂の全てを取り戻すだろう。

ビュリダンの美肌を横目でうらやましく眺めながら、ミシェルはビュリダンのこれからの幸せを、願った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「カロン、遅くなるから寝ててよかったのに」

遅くなるかもしれないから、ご飯は用意しなくてもいい、先に寝ていてと言ったのに、カロンはずっと、ミシェルの帰宅をまっていてくれたらしい。まだ夜も入口だが、早寝のカロンにとっては夜更かしになる時間だ。

尚、ダンテは、先に研究室に戻ったとの事。
喧嘩した後で、まだちょっと気まずかったので、正直ほっとした。

「ミシェルは、いつでも人の幸せを願っているんだね」

ニコニコと、美味しいお茶をいれて、カロンは今日の話を聞いてくれた。
もう夜だから、と安眠用のハーブティーを入れてくれるカロンは、本当に癒しだ。

カロンのお茶にほっこりとしながら、ミシェルは言った。

「うーん、そういう事でもないんだよね。もちろんみんなが幸せになったらいいと思うけど、どちらかというと、世の理不尽さに怒ってるの。幸せになりたい子が、少しのボタンの掛け違いで、幸せになれない理不尽にね」

みんな幸せになりたい。みんな、素敵な人と幸せな人生を送りたい。
なぜ、どこかで間違えるのだろう。
ビュリダンの家族だって、いい家族だ。
だが、ビュリダンは、結果として、人間として一番大事な、人間の魂である、スピリットを手放してしまった。

(人生にマニュアルがあればいいのに)

ふ、とそんな事をぼんやり思う。

ニコニコと、ずっと話を聞いていてくれたカロンは、

「ねえ、ミシェル。そんな優しい君に、ご褒美があるよ」

「え、ご褒美??」

意外なカロンの言葉に、結構本気でおどろいてしまった。

「うん。ちょっとまってて」

カロンは嬉しそうに台所に急ぐと、なにかの重そうな容器を、よっこらしょ、と持ってきて、ミシェルに手渡す。
急いでミシェルが容器のふたを開けると、

「え!これってあの」

ミシェルは、言葉が続かないほど、本当におどろいてしまった。カロンはニコニコして、

「そうだよ、ミシェルが最後の一口を食べ損ねた、「未亡人の秘密」っていうんだっけ?名前の意味はよくわからないけど、とてもおいしいね」

広場でダンテを見かけたのも、その広場の奥にある、あの流行りのレストランに行くためだったのか。

ミシェルは、なんだか泣きたいような、嬉しいような、ほっこりしたような、よく名前のつけられない感情で、胸がいっぱいになってしまった。

容器には、冷蔵の魔法が施されている、かなり重いものだ。
こんな重い容器をもって、あの偉そうな、面倒な、そして、この世の誰よりも美しい人が、ミシェルの食べ損ねたおやつを、並んで買いに行ってくれていたのか。

「君はいつも人の事ばかりだ。それはダンテ様も気になさっていたよ」

少し眉をひそませて、カロンは、真剣にミシェルを見据えた。

「ダンテが?」

今朝くだらない喧嘩をしたばかりで、まだ気まずいというのに、ダンテは、そんな事を考えておいてくれていたのか。

「そうだよ。ミシェル。君はまるで、君を愛していないみたいだ。だからダンテ様に、こんな異世界ににつれてこられても、淡々と人の心配ばかり、している」

カロンは真っすぐに、ミシェルの目をみていた。
可愛い子供だとばかり思っていたカロンも、この国の次世代の大神官の地位が約束されている、聖職者の卵だ。
その魂は、まだ子供とはいえ、明らかに高い格と、そして力を持つものなのだろう。
・・ミシェルの魂に巣食う病気が、見て取れるほどに。

ミシェルは、カロンに、大きな秘密を見破られてしまい、降参だ。

(あーあ、ばれちゃったか)

ミシェルはちょっとため息をついて、苦笑いした。

「カロン、人にはね、自分を愛せないタイプの人間も、いるのよ」

心配そうにこちらを眺めるカロンの前で、ミシェルは、もうこの件はおしまい、とばかりに、「未亡人の秘密」に舌鼓をうってみせた。濃厚な卵黄とはちみつと、アイスクリームがミシェルの舌を転がる。

なんの味も、しなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

オマケなのに溺愛されてます

浅葱
恋愛
聖女召喚に巻き込まれ、異世界トリップしてしまった平凡OLが 異世界にて一目惚れされたり、溺愛されるお話

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

ついてない日に異世界へ

波間柏
恋愛
残業し帰る為にドアを開ければ…。 ここ数日ついてない日を送っていた夏は、これからも厄日が続くのか? それとも…。 心身共に疲れている会社員と俺様な領主の話。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

気がつけば異世界

波間柏
恋愛
 芹沢 ゆら(27)は、いつものように事務仕事を終え帰宅してみれば、母に小さい段ボールの箱を渡される。  それは、つい最近亡くなった骨董屋を営んでいた叔父からの品だった。  その段ボールから最後に取り出した小さなオルゴールの箱の中には指輪が1つ。やっと合う小指にはめてみたら、部屋にいたはずが円柱のてっぺんにいた。 これは現実なのだろうか?  私は、まだ事の重大さに気づいていなかった。

【完結】異世界転移した私、なぜか全員に溺愛されています!?

きゅちゃん
恋愛
残業続きのOL・佐藤美月(22歳)が突然異世界アルカディア王国に転移。彼女が持つ稀少な「癒しの魔力」により「聖女」として迎えられる。優しく知的な宮廷魔術師アルト、粗野だが誠実な護衛騎士カイル、クールな王子レオン、最初は敵視する女騎士エリアらが、美月の純粋さと癒しの力に次々と心を奪われていく。王国の危機を救いながら、美月は想像を絶する溺愛を受けることに。果たして美月は元の世界に帰るのか、それとも新たな愛を見つけるのか――。

捕まり癒やされし異世界

波間柏
恋愛
飲んでものまれるな。 飲まれて異世界に飛んでしまい手遅れだが、そう固く決意した大学生 野々村 未来の異世界生活。 異世界から来た者は何か能力をもつはずが、彼女は何もなかった。ただ、とある声を聞き閃いた。 「これ、売れる」と。 自分の中では砂糖多めなお話です。

処理中です...