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女の幸せって
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「え、一体どうなさったんですか?」
部屋の端っこで反省させられていたミシェルは、女の発言に驚いてしまった。
女は疲れ切った顔をして、
「私は・・母親失格なんです」
そう辛そうにつぶやいた。
おそらく育児ノイローゼかなにかのだろう。
「子供はこんなに可愛いのに、家の事と仕事と、どれだけ両立しようとしても上手くいかないんです。もっと仕事を抑えないといけないのに、仕事が好きでやめられないんです。主人の稼ぎもお恥ずかしながらあまり良くなくて、お金の為にも仕事はどうしてもやめられないんです」
そうやって女はメソメソと泣きだした。
(ああ、そうか、そっちのケースか)
仕事と家庭の両立は、家庭を持つ職業女性の、永遠のテーマだ。
ミシェルの職場で、そうやって沢山の有能な女性の先輩が退職していった。
結婚当初はいいのだが、子供が生まれるとどうしても、母親は全力で仕事に打ち込むことは難しくなる。
結局、子供と仕事を天秤にかけて苦渋の思いで、それでも子供を選択する女性達のいかに多い事。
女に産まれた事は喜び以外の何物でもないと信じているミシェルではあるが、ここの部分だけは納得していない。
尊敬する先輩よりはるかに仕事ができない男が、出産後の先輩のポジションより高い場所にいった事を、ミシェルは未だに許せないのだ。
ダンテはそんな女の顔をしげしげと眺めていたのだが、おや、と気がついた事があったらしい。
「貴女は、宝飾職人のファブリジェ女史ではないですか?」
そう言うと、ダンテは胸ポケットに入れていた美しい懐中時計を、女の目の前に出した。
懐中時計は、表も裏も竜の刻印が入っている。
中の時計部分は金細工の竜でできていて、竜の前足が示す時間で、時間を知る。そして、一時間ごとに竜の口から火をはくように見えるからくりが組み込まれてある、大変美しい時計だ。
ミシェルも最初にダンテにこの時計細工を見せてもらった時は、あまりに精緻で美しく、竜の火をはく時間ごとに、ダンテの傍をうろうろして相当鬱陶しがられたものだ。
ダンテの時計を目にした女は、ずっと辛気臭い顔つきだったのが、急に人が変わったかのように厳しく美しい職人の顔に様変わりし、裏蓋を懐かしそうに指さして、
「ええ、そうです。ここの部分の装飾は私が担当しました。懐かしいですね、この年は勲章授与の副賞として与えられる時計を初めて担当させてもらったので、思い出が深いものです」
そう言って、迷いのない手つきで中の装飾や、竜頭の状態を鑑定しはじめた。
「さすがによく手入れされています。ダンテ様があの年は勲章を受け取られたとは聞いておりましたが、こうしてよい状態で保存されている、自分の作品と再会するのは本当にうれしいです」
そうして先ほどまでしくしくと泣いていたのに、いまや涼やかな余裕のある笑顔までみせて、どうやって開いたのか、かちりと音をたてて機械部分を開けると、
「3番目のルビーが少し摩滅しています。ここはあと5年ほどで緩くなると思いますが、緩くなるとここのドラゴンの意匠の火を噴く細工が、少し反応が遅くなります。ドラゴンの火を噴く反応が悪くなったら、工房にもっていってください。その時に右の竜の部分だけでも研磨もかけるとよいですね」
と、スラスラと専門家としてのアドバイスまでサラリと与えて、ダンテに懐中時計を返した。
おどろいたのはミシェルだ。
橋の上でこの女を見つけた時は、どこからどう見ても身投げ寸前の陰気な育児ノイローゼ主婦にしか見えなかったのだが、こうして懐中時計を触っている女の姿は、誇り高き職人の、凛とした美しい姿だ。
話がききたい。
部屋の端っこで反省させられていたミシェルは、女の発言に驚いてしまった。
女は疲れ切った顔をして、
「私は・・母親失格なんです」
そう辛そうにつぶやいた。
おそらく育児ノイローゼかなにかのだろう。
「子供はこんなに可愛いのに、家の事と仕事と、どれだけ両立しようとしても上手くいかないんです。もっと仕事を抑えないといけないのに、仕事が好きでやめられないんです。主人の稼ぎもお恥ずかしながらあまり良くなくて、お金の為にも仕事はどうしてもやめられないんです」
そうやって女はメソメソと泣きだした。
(ああ、そうか、そっちのケースか)
仕事と家庭の両立は、家庭を持つ職業女性の、永遠のテーマだ。
ミシェルの職場で、そうやって沢山の有能な女性の先輩が退職していった。
結婚当初はいいのだが、子供が生まれるとどうしても、母親は全力で仕事に打ち込むことは難しくなる。
結局、子供と仕事を天秤にかけて苦渋の思いで、それでも子供を選択する女性達のいかに多い事。
女に産まれた事は喜び以外の何物でもないと信じているミシェルではあるが、ここの部分だけは納得していない。
尊敬する先輩よりはるかに仕事ができない男が、出産後の先輩のポジションより高い場所にいった事を、ミシェルは未だに許せないのだ。
ダンテはそんな女の顔をしげしげと眺めていたのだが、おや、と気がついた事があったらしい。
「貴女は、宝飾職人のファブリジェ女史ではないですか?」
そう言うと、ダンテは胸ポケットに入れていた美しい懐中時計を、女の目の前に出した。
懐中時計は、表も裏も竜の刻印が入っている。
中の時計部分は金細工の竜でできていて、竜の前足が示す時間で、時間を知る。そして、一時間ごとに竜の口から火をはくように見えるからくりが組み込まれてある、大変美しい時計だ。
ミシェルも最初にダンテにこの時計細工を見せてもらった時は、あまりに精緻で美しく、竜の火をはく時間ごとに、ダンテの傍をうろうろして相当鬱陶しがられたものだ。
ダンテの時計を目にした女は、ずっと辛気臭い顔つきだったのが、急に人が変わったかのように厳しく美しい職人の顔に様変わりし、裏蓋を懐かしそうに指さして、
「ええ、そうです。ここの部分の装飾は私が担当しました。懐かしいですね、この年は勲章授与の副賞として与えられる時計を初めて担当させてもらったので、思い出が深いものです」
そう言って、迷いのない手つきで中の装飾や、竜頭の状態を鑑定しはじめた。
「さすがによく手入れされています。ダンテ様があの年は勲章を受け取られたとは聞いておりましたが、こうしてよい状態で保存されている、自分の作品と再会するのは本当にうれしいです」
そうして先ほどまでしくしくと泣いていたのに、いまや涼やかな余裕のある笑顔までみせて、どうやって開いたのか、かちりと音をたてて機械部分を開けると、
「3番目のルビーが少し摩滅しています。ここはあと5年ほどで緩くなると思いますが、緩くなるとここのドラゴンの意匠の火を噴く細工が、少し反応が遅くなります。ドラゴンの火を噴く反応が悪くなったら、工房にもっていってください。その時に右の竜の部分だけでも研磨もかけるとよいですね」
と、スラスラと専門家としてのアドバイスまでサラリと与えて、ダンテに懐中時計を返した。
おどろいたのはミシェルだ。
橋の上でこの女を見つけた時は、どこからどう見ても身投げ寸前の陰気な育児ノイローゼ主婦にしか見えなかったのだが、こうして懐中時計を触っている女の姿は、誇り高き職人の、凛とした美しい姿だ。
話がききたい。
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