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銭ゲバ薬師・ニコラ

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異変があったのは、ジャンがちょうど七日目のポーションを摂取した後だった。

いつもの、くすぐったいような可愛いような、ちょっと強欲な思考の波をウキウキ楽しみに待っていると、ジャンは不意に、心が冷たくなるような思考の海に飲まれていった。

(怖い。悲しい。お父さん、お母さん。)

余程強い思いなのだろう。思考と共に映像までが浮かんでくる。

ジャンは不意を突かれて震えが止まらない。
黒い男達の影と、刀をかわす金属音、魔術の発動する緑の光、そして赤い血飛沫。小さな女の子が、机の下で震えて息を凝らして隠れている。

目の前に、額から血を流し、重傷をおった男がたおれこむ。

「逃げろ、ニコラ。。。!」

転移魔術の発動。そして次に子供がいたのは、暗い魔の森の中。

映像はそこで途切れて、そしてまた、悲しい感情の海。
そして振り払うように、新しい感情。

(いけない。今はポーションに集中しないと。お怪我の隊長様に、失礼だわ。早く良くなりますように。早く良くなりますように。)

そうして悲しみの感情はゆっくり波が引くように消えてゆき、いつもの可愛い感情が戻ってくる。

(今日はパンを焼きましょう。あ、葡萄を入れて甘い方がいいな。可愛い形に作ってみようかしら。)

・・・・・・・・

「隊長、大丈夫ですか。」

気がついたら、リカルド医師がジャンの両肩を揺さぶっていた。

「。。ああ。。」

「一体どうされましたか。もう二刻もこのような状態でした。」

リカルドは真剣な目をして、己の患者の脈や、黒ずんだ腕を検査して、異常がないことを確認し、ため息をつく。
ジャンが驚いて窓の外に目をやると、もう日は傾き、夕方となっていた。

(一体、今見たのはなんだったんだろう。。)

じっとりと脂汗がジャンの額を濡らしていた。
呑気に小銭を数えて喜んで暮らしているはずの、この薬師は、どうやら何か過去がある様子だ。

リカルドは、ジャンの思考の邪魔をせずに、水の注がれたグラスを渡す。
ジャンは、一息に何も言わずに飲み干すと、考え込んでしまう。

(ニコラ、というのか、この製作者。)

リカルドから聞いていたこのポーションの製作者は、若い娘で、この谷間の村には毎日通ってきているが、普段は魔の森に一人で住んでいると言う。

魔の森に一人で若い娘が住んでいると聞き驚いたが、娘の祖母は、満月の魔女と言われた、ここの領主の魔道具を扱う魔女だったと言う。
ニコラのポーションの精度が高いのは、この祖母仕込みだからだろう。

ジャンはぼんやりと、一つの事件を思い出していた。

まだジャンが魔法機動隊の隊員として仕事を始めたとても若い頃に関わった事件だ。

ジャンの活躍により、事件の首謀者は、王都で処刑された。
だが、その事件で行方不明となっている小さな女の子は、まだ発見されていない。

(確か名前は。。。。)

ジャンは、頭を左右にふる。

(まさか。。)

ジャンは、少し、ベッドの上の足を動かしてみる。
ポーションがよく効いているらしい、歩行にはもう問題はない。まだ身体中、べったりと呪いの跡が残っているが、隠して、少し外出する分には問題ないだろう。

「リカルド、少し調査に行ってくる。行き先は西の森だ。共はいらん。」
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