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銭ゲバ薬師・ニコラ

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(私のばかっ!!なんで。。昨日台所掃除しておかなかったのかしら。。)

ニコラはたおやかな微笑みを浮かべて、目の前の包帯まみれの男に優雅にお茶をついでいるが、心の中では、昨日面倒臭くて洗わずに放っておいた、ドドメ色の液体の残骸でベチャベチャになっている、台所が気になって仕方がない。昨日はコウモリを見つけたので、薬の材料になるからと、捌いて干していたら、眠くなってしまったのだ。

コウモリの臓物だの、ドドメ色の液体だので汚れた台所は、おそらく強盗が入っても逃げ出すであろう、スプラッタな光景だ。
結構可愛いものが好きなニコラの、お気に入りのハート形のまな板と、ピンク色の包丁には、まだコウモリの血がこびりついて、妙な匂いまでする。ちょっと少女趣味なだけ、壮絶な光景だ。

・・・・ニコラの人生で、絶賛今まさに妄想上でもあり得なかったことが起こっているのだ。

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水辺から、ニコラの家までの道々だ。

「騎士様、困ったことは特にはないのですが、そうですね、お風呂場の水が緩んで、漏れるんです。村の鍛冶屋さんによると、どこかのネジを閉めたらいいらしいのですが、よく分からなくって。」

困ったことがあればなんでも相談してほしい、など格好をつけてジャンが言うものだから、ニコラも、そういえばと、世間話の延長で、ほんの少しだけ困っている事を口にしてみた。

ニコラ的には、どうせ次の月が満ちる頃、城の門番が、大量に傷薬を取りにきてくれるので、その時についでにネジ締めをお願いしようと思っていた事なので、大したことではなかったのだが、

「それはお困りでしょう。私が、直して差し上げましょう。」

と言う事で、ニコラの家に上がり込んで、びしょびしょになりながらも直してくれたのだ。
なお伯爵家の嫡男のジャンが、水漏れなど直せるわけもない。完全な格好つけだ。

それでもああでもないこうでもないと、ジャンはどうやら金具が古くなって、緩くなっていて漏れていたらしい水漏れを、何とか止めてくれたのだ。

ビシャビシャのジャンをほっておく事もできず、ニコラはタオルを準備して、熱いお茶をしゅん、しゅんと沸騰させている。

ジャンは、タオルに包まれながら、珍しそうにニコラの家をキョロキョロと見回す。
映像で見えた、ニコラのキッチンは向こう側。どうやらキッチンの向こうに、階段があって、二階がニコラの部屋らしい。

(ニコラちゃんの部屋には、あの台所の向かい側に咲いてる白い花が、飾ってるんだよな。。)

ジャンはウキウキだ。
いつも思考の中に入ってくる、その可愛らしい部屋にいるのだ。

そしてその思考の持ち主は、想像してたような太ましい田舎娘ではなく、銀細工のように綺麗な若い娘で、自分に甘酸っぱい好意を抱いていると来たものだ。

男冥利に尽きるとは、この事かとジャンは浮かれたつ。

(なんで、ジャン様は、こんなに私によくしてくれるのかしら。。)

一方のニコラは、素敵な王都の騎士に、この魔女のあばら屋の、ドドメ色の液体で妙な悪臭を放っているままの汚い台所を見られるのが恐ろしくてならない。


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(夢だ。。俺の夢が、今具現化している。。美少女の、手作りクッキー。。)

ニコラの手作りのクッキーを、震える指先で口元に運び、ジャンは己の身の幸福に打ち震える。
そんな残念な思いの感動の嵐に身を投げている美貌の男は、もちろん猫を5匹ほど被り直して、きりりと端正な口元を演出している。

「そうですか、ニコラさんのお婆さまは、魔女で。」

「え、ええ。まだ子供の頃に、森で迷子だった私を引き取ってくれたので、血の繋がりはないのです。祖母は城下町の人々の為に、薬草などを作って、細々と暮らしておりましたの。」

本日も、ニコラは猫を5匹ほどかぶってたおやかに、おそらく今頃は地獄の一丁目でアコギな商売しているであろう祖母の事を、そうライトに細々と薬草を売って生計を立てていたなどと可愛く称するが、実際の所は、細々ではなく、ダラダラと。薬草も作っちゃいたが、主力商品は媚薬の類。

あまりお日様のあたる方向の商売もしてなかったし、銭を数えてばかりの怠惰な日々を過ごしていたのだが、ジャンの曇りまくっている目は、そうは見えなかったらしい。

なんか台所から妙な匂いがするのが気になるが、この純情男、出されたお茶のセットが白とピンクの、少女趣味な野暮ったいカップで、出された手作りのクッキーがハートの形だったので、もうテンションが上がってしょうがないのだ。

ジャンがお茶のお相手をする御令嬢達は、それぞれ良家の洗練された御令嬢ばかり。
野暮ったい少女趣味の茶器など論外で、いかに美意識の高く、洗練された茶器で客人をもてなすかは、御令嬢の評判にも関わる。、手作りのクッキーなどでもてなされたことも、もちろんない。

(そうじゃないんだよな。。。)

ジャンの気を引こうと、あれやこれやと洗練された話題や、ドレスなどで魅了を試みる御令嬢を、少し悲しげにジャンは眺めていた。
16歳の初めての口づけから、口づけにより、女性の内面を垣間見てしまうという業を背負ったこの男、見果てぬ女の子へのドリーム全開の少年のままなのだ。
純情で素朴な心を持つ娘を探し求めて、結果、美貌のプレイボーイ(但しキス止まり)という評判のこの残念男、ニコラの野暮ったいおもてなしが、真っ直ぐジャンの、乙女心?に突き刺さってしまう。

顔がにやけてふやけてよだれが出そうなこの男、王都では凛々しいと称されている口元を作り直し、

「それは随分と、心細くいらっしゃるでしょうね。たった一人のお身内をおなくしになったとは。」

「騎士様。。。ええ、でも、祖母の残してくれたこの家がありますもの。私は大丈夫なんです。それに、この家は、私が結婚するまでは、決して出てはいけないと、祖母の遺言なのです。」

「ニコラさん、とても貴方は立派だ。お婆様もきっと貴方を誇りに思われているでしょう。」

そんな頼れる大人の常識人男を演出中だが、頭の中は夢にまで見た、美少女の手作りのクッキー。

ちょっと気をつければ、この異臭はコウモリの臓物と、ドドメ色の液体をほったらかしている、阿鼻叫喚の台所から出ている事に気がついても良さそうなものだが。。

ニコラは、手持ち無沙汰なのか、クルクルとその美しい銀の髪を指で弄りながら、上目遣いでジャンの様子を伺う。

(あー可愛い・・そんでいじらしい・・王都に連れて帰って俺がもう、生活から何から全部面倒みてやりてえ。。)

(あー、ジャン様、絶対に台所見ないでね。。。)

二人とも、表面はニコニコと、和やかなお茶会だ。

(か弱い乙女と、老婆が肩を寄せ合って、細々と森に暮らす。。ロマンだ、男のロマンだ。)

そんな中、心細い思いで森に暮らしていた心の清らかな乙女を、たまたま通りがかった王都の騎士が森の小さな家にひっそりと住う可憐な花を目にして、恋に落ちる。なんだか男のロマン満載ではないか。



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