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魔の森から出られない訳

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(あれ、今日はこないのかな・・)

明け方から、ニコラが水辺に出てくるのをウロウロと待っていたジャンは、肩透かしを食ってしまった。
もう、朝だというのに、ニコラが出てくる気配は感じない。

ニコラは昨晩、家に帰る前にとっととついでに材料を摘んで帰ったのだが、ジャンの知るよしもなし。
すごすごと、二刻もかけて森から帰ってきたまだ病人の男に、担当医は非常に冷たい。

ジャンの包帯の下のあざを、くまなく観察し、色々と書きつけると、リカルドはこれ見よがしな大きなため息をつくと、赤い瓶を押し付けた。

「隊長、あなたの振る舞いは、完全に不審者ですよ。包帯男が、何時間もうら若い乙女を森でつけ回すなど、完全に案件です。」

ピシャリ、とリカルドに言い切られてしまって、ジャンは返す言葉もない。

実際に、ニコラの周りをウロウロしている事は、魔女達の関心を引いてしまったらしい。

嫌がらせの類はないが、水辺に完全に男性器そのものの形にしか見えないキノコが、これ見よがしにデーン!と置かれていたり、ニコラと会話していると、魔女の使いだろう、黒い猫がいきなり二人の前で盛り出したり、若い二人の恋の予感を、実に下品でいやらしい感じで、デバガメを楽しんでいる様子なのだ。

不愉快極まりないが、危害を加える様子は見当たらない。
伯爵が言っていた通りだ。

(やはり、魔力の使えない状態の私が単騎で近づくことで、魔女を悪い意味で刺激しなくてよかった。うん、これは、仕事だ仕事。)

魔女達からは、恋する男としての振る舞いとして、ニコラに近づく事は許されている様子。

王都の事件関連の調査で魔の森に、ニコラに近づいていると魔女達が判断したら、途端に魔女達はジャンに牙を向くだろう。
この森の魔女の連中は、そういう類のタチだ。

不審者ではなく、恋する男の振る舞い、と自分の頭に浮かんだ言い訳に、に、ジャンは大慌てになってしまう。

「リリカルド、だが、調査だ今日は、今日は、二、ニコラちゃんに、事件の件で確認事項があったから・・」

ツーンと必死の男の言い訳に興味がないリカルドは、今日の分さっさと飲んでください、と冷たく赤い瓶を手渡す。

ジャンがマゴマゴしながらも、瓶の栓を抜いた、その時。

ドアをノックする音が聞こえた。
休暇をとっていた部下の一人が、昨日の報告書を提出しに来たのだ。

任務中の外出は許されているが、休暇日の、報告は出さないといけないのが規則だ。

「リバーか。ご苦労。市は楽しめたか?いい土産は見つかったのか?」

ジャンは赤い瓶の栓を締め直す。

「はい、おかげさまで、妹にいい陶器の人形が見つかりました。」

この領はいくつもの姫物語の舞台になっており、物語のお姫様を象った陶器の人形は、実に人気が高いのだ。

「市での、買い物の最中に、憲兵隊によって、違法薬物の使用者の拿捕がありました。見事な捕獲魔法は、実に参考になりましたよ。加勢しようと思ったのですが、私は店の中にいて、捕物には間に合いませんでした。」

残念そうに、リバーと呼ばれた部下は頭をかく。

「そうか、それは何よりだ。お前にけがは、無かったな?」

ジャンのこういう所が、隊員の心をグッと引き付けるのだ。

もし部下が捕物に加勢していたら、騎士団の評判がこの領でグッと上がり、ジャンの名誉にもなるのだが、まず部下に怪我が無かったか、心配してくれるような上司なのだ。

リバーは隊では一番年若なので、こう言ったジャンの気遣いに、まだ慣れていない。
ちょっとジャンの気遣いに感動してしまったらしく、口も軽く色々と話を続ける。

「た、隊長。。は、はい。誰も怪我は無かったようです。憲兵隊に反撃を試みていましたが、すぐに防御壁を貼られて、憲兵隊も、市民も、怪我は、ありませんでした。あ、でも」

リバーは何かを思い出したらしい。

「店の中から見てたので、あまり見えなかったのですが。」

そうリバーは前置きをして、

「憲兵が跳ね返した火の玉に当たりそうになった子供がいたんですがね、市にいた誰かが結界を発動させて、こと無きをえたんですよ。そこまでは別におかしな事はないのですが」

貴族のお忍びの町歩きで、誰が魔力持ちが市にいたのだろう。
簡単な防御の結界を張るくらいは、高位の貴族であれば大抵は簡単な魔術は使えるのだ。

リバーが引っかかったのはそこではない。

「その結界を作った相手に、拿捕された犯人が、見つけたぞ、とか言って、狂ったように笑い出してしょっ引かれて行きました。なんだか妙な事件でした。」


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