SANCTUARY ~誘拐された妹の子供を探している俺は恋する天才火山学者と推理する~

黒木篤人

文字の大きさ
14 / 35
前編

第十四話 鵺

しおりを挟む

「立ち入りを禁じている? 村の北にあるのは神宮司という男の土地だ。還俗したと聞いたが」

 と、黒井は指摘。

「いえいえ。彼のお孫さんが、その跡を継がれたのですよ。でへへ」

 つまり、神宮司(孫)は、片田村に帰ってきていた。片田村俳句会長が知らないくらいだから、村人に知らせず、ひっそりと帰郷したのだろう。なぜ、そんなことをするかというと、後ろ暗いことをしているからに決まっている。黒井は、ますます神宮司孫(以下神宮司とする)への疑念を深めた。彼が黒幕なのだ、と。

「まさに仏のようなお方で。ずっと、世界平和のために活動されてきたんです。ひっ、聖であります。ひひっ。彼の願いが叶うとき、人様は、ようやく互いの手を取り合えるのでしょうな」
「彼の担任だった、田代からの印象は、あまり良くなかったみたいだが」

 二人の話に飽きた清家は、再びガラスケースへ、へばりついた。彼女の横で彼らは会話を継続する。

「確かに両親を亡くしてから、精神が不安定ではありましたよ。シュグ、おっと失礼。この不完全な世に悲観していたのです。しかし、彼の祖父が亡くなられたとき、全ては劇的に一転しました。この世界を救出しよう。全ては救世観音のお導きなのです」
「その神宮司ってのは、こんな顔だろう」

 彼は、モンタージュを西田に見せた。

「それは、じ、神宮司様。村には降りていないはず。ど、ど、どこで、この写真を。ひひひ」
「それは話すことは出来ない」

 無論、人工知能によって創造された架空の写真である。

「どうしても、彼と話をしたいんだ。彼の思想に興味を持った。ぜひとも、お目にかかりたい」

 清家は本気かと一度疑うように振り返ったが、方便だと思い至り、再び視線をガラスの中身に移した。

「それは見上げた心意気。しかし、村の禁足地にこもったきりでして。ちょっと、連絡は出来かねますなあ。こんど下界に降りてくるのはいつになるやら。いやあ、残念」

 分かりやすく目が泳いでいた。ハコフグのような顔の、ハムスターのようにつぶらで無感情な瞳。

「ここから北に向かえば会えるのか。対談するだけだ。世界平和の思想に共鳴した。俺も同士なのさ」

 ここでの黒井のいう世界平和とは、誘拐犯が野放しにならない世の中という意味であるが。

「ととと、とんでもない。あそこは禁域でっせ。不用意に立ち入れば、たちまち呪われます。へっ。そう、きっと死んでしまうでしょう。ああ、恐ろしや。私も、あの土地で怪物を見ました。神宮司さんに助けられなければ、死んでいたことでしょう」

 怪物に対して、彼は一つの仮説を口にする。それは、二上山の裾野に埋まるように位置する片田村の地形から、ひらめいたものだった。

「それは、火山性ガスの見せた幻覚だ」
「黒井。二上山は、誤解を恐れずに言えば、死火山だ。一千万年頃に活動がおさまった」

 清家が、背中を向けたまま、きっぱりと否定した。ぱっと引き出せるあたり、学者であることが垣間見える。

「へい、その通りでございます。ですから、私が受けたのは、この地に古くから住まう怪物の呪いです。ほら、そこにも呪いの影響を受けた虫がいますでしょう。今年の夏に大量に山から降りて来たんです。まっ、降りてきたといっても、この村自体、山に埋没しているようなものですがね。へへへ」

 教室の端っこ。学生時代に見慣れた机の上に酒瓶がある。名前は『蟹の泡』。透明な液体には落ち葉の形をした物体が、ぎっしりと詰まっている。保存液は酒かアルコール、それか劇薬であるホルマリンか、もしくはそれらの混合物だろう。二人は瓶の近くまで寄った。そして枯れ葉に見えた中身は、大量の蛾の幼虫だった。
 不気味な形をした芋虫がぎっしり詰まっている。黒井の脳裏に、神宮司少年の逸話がよみがえった。2L のペットボトルに詰め込まれた小動物。彼は、すぐさま確認する。

「これは誰が作ったんだ」
「これは私です。へっ、へへ。旦那にも良さがわかりますか。え? ははっ、そうでもない。グフッ、これ失礼。まあ、村の出来事を伝える大切な資料ですから。フギッ。別にいたずらに殺したわけではありません。飽くまで、資料でございます」

 とのことである。残念ながら神宮司作ではなかったが、むしろ彼はほっとした。

「蜘蛛みたいな脚部、胴は蛾の幼虫、尻尾にはトックリバチの腹部に似たふくらみがある」

 と彼女は分析する。

「まるで鵺《ぬえ》だな」

 それは黒井の評価。確かに、これは様々な生物の合成で、キマイラめいている。だが異種同士で子供を残すなど、自然界ではあり得ない。特に蜘蛛は昆虫ではなく、節足動物であるため、なおさら他の二つと子孫を残すのは絶望的だろう。

「お二人とも、これがなに蟲か、わかりますかな」

 西田は、二重顎をぽりぽりと掻く。

「私は生き物は詳しくない。ただ、これだけ発生したなら奇形という線も薄いだろう。奇形なら格好がまばらになりそうなものだが。なにかしらの化学物質の影響かもしれない。普通に考えれば新種か、それとも私たちの知ららない既知の種だろう」

 清家の予想である。どの個体も、同じ数、同じ膨らみ、同じ凹みを同じように持つ。これは、種として確立されているのだ。

「ひひっ、きっと呪いですよ。片田村の怪物は蜘蛛なんでね。ほら、蜘蛛でしょう。長い脚、膨らむ腹部は、まさに蜘蛛の特徴でしてねえ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end**

処理中です...