SANCTUARY ~誘拐された妹の子供を探している俺は恋する天才火山学者と推理する~

黒木篤人

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後編

第二十五話 多面体

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 廊下は、ひんやりしんとしている。そして、和室の音が、ここまで微かに聞こえる。清家は食事が終わってもなお、ラジオいじりに夢中のようだ。

「ごちそうさまでした。美味しかったです」

 彼は二階の自室に戻る前に、廊下の先に立っていた女将に感謝を告げた。

「それは嬉しいです」
「そうだ、少々、お時間よろしいですか」

 黒井は彼女を引き留める。一つ、尋ねておかなければならないことがあった。この旅館の女将は、神宮司の同級生である片田村の館長、西田と、同世代に見える。だから、彼女は彼らと同級生なのではないか。であれば、誘拐犯の素性にもっと迫れるかもしれない。

「いいですよ」
「この写真の少年をご存じでしょうか」

 写真の中で、少年時代の神宮司が、満面の笑みを浮かべている。これはモンタージュを元に、人工知能が出力した架空の写真だ。背景が青色なのは、人工知能の学習を証明写真や卒業写真で行ったからであろう。

「神宮司君です。こんなふうに笑ってるのは見たことありませんが」

 旅館を出発する前に、写真を見せておくべきであったのだろう。しかし、そうしたならば、彼は今日の大半を徒労に感じたに違いない。

「彼はどんな子供でしたか」
「私に親切にしてくれて、初恋の人だったのかもしれません。懐かしい。久しぶりに思い出しましたよ。もう、しばらく会っていません。引っ越してしまったんです」

 真逆の評を聞くとは、人はまさに多面体で、どこに光を当てるかで落ちる影は違ってくる。だから、多角的に調査をしなければ、正しい形は見えてこないのだ。すなわり、昼間の聞き込みは徒労ではなかったのである。

「引っ越し先はご存じですか」
「遠い親戚の家だったかと思いますが、土地までは覚えていません。なにせ、彼は、ほとんどなにも告げずに越していきましたから。きっと、お別れをするのが辛かったんだと思います」
「そうですか」

 一説によると、引っ越しは死に次ぐストレスだ。

「失礼な質問かもしれませんが、彼には生き物を殺して喜ぶような一面が、ありはしませんでしたか」
「ありました。けれど、」

 彼女は語気を強め、それ以上の言葉を持ち合わせていることを暗に示す。そして、

「片田村にやってきた境遇を鑑みれば、小動物くらいは一匹や二匹、殺してもしかたありません。そうは思いませんか。といわれても、彼の境遇を存じませんよね」
「それはもしかして、父親の自殺ですか」

 神宮寺は父親の自殺の後、祖父に引き取られる形で片田村にやってきたのであった。

「それだけではありません。一家心中です。神宮司君は、一家心中の、たった一人の生き残りなんです」

 黒井の予想とは異なり、両親の死は、神宮寺の仕業ではない。その一件に関しては、加害者どころか被害者だった。

「身内を亡くす辛さはわかります。妹を亡くしましたから」

 どうしてだ、神宮司。身内が死ぬ辛さがわかるはずだろう。人は、痛みを知った分だけ、優しくなれるんじゃなかったのか。それとも、痛みを知っているから痛くできるのか。彼は心の中で呼びかける。
 その一方で、黒井は、彼の気分も理解できるような気がした。愛する者を理不尽に奪われた苦しみ。この一年だけで、彼は本当に変わってしまった。それが子供時代に起きたなら、果たして自壊せずにいられただろうか。

「同級生ならば、片田村の館長、西田という名ですが、彼のことをご存じですか」

 西田のことも一応、聞いておく。

「西田君とは、もうしばらく会っていませんね。会う理由もありませんから。高校まで同じだったのですが、なんだか、下品で、どんくさいので、一年生の時から無視していました。あの頃は多感な時期で、恥ずかしかったのです。今思うと、残酷だったかもしれませんね」

 と澄ました表情で彼女は語った。昔からあの調子なら嫌われても仕方がない。黒井はその意見に対して、意外性を見いだせなかった。

「片田村の館長はお情けでやっているようなものです。前任は校長先生でして、西田君のことをずっと気にかけていましたから。高校卒業後、職が見つからず実家でぼんやりしていた彼を誘ったのです。校長先生は亡くなるまで、彼のことを気にかけていました」
「亡くなったのですか」
「脳腫瘍だったと思います。高齢だったので、老衰のようなものですね」

 ならば安心だ。人が立て続けに死ぬと、関連性を見出したくなるが、限界集落では普通のことらしい。

「それで学生時代、神宮寺とはどういう関係でした」
「不思議なことに仲良しでした。でもまあ、なんだか西田君を支配しているみたいでしたけど」

 彼の妹も支配下に置かれ、悪魔に赤子を売ってしまったのだろうか。そうに違いない、と彼は信じた。あるいは、そうではないと信じたくなかった。

「西田君も生き物を殺してました。本当に野蛮なんです」
「それが接点で、交友があったのか」
「西田君と神宮司君を一緒にしないでください。彼は可哀そうな被害者ですが、西田君は生まれつきなんですから」

 と、彼女が念を押すのだが、初恋の人とのことなので、話半分に受け取るべきであろう。

「生き物を殺すというのは」
「クロオオアリをラムネ瓶に入れて、教室の後ろの棚に飾ってました。餌もやらず、水も与えず、日の当たる場所に放置していたんです。我慢できなくて私は𠮟りました。放してくるよう命じたのです。その二日後、池の裏に瓶を発見しました。アリたちは餓死していました」
「閉じ込めて餓死させる。夏休みの猫みたいに」

 薄暗い倉庫に、共食いの末、ミイラになった小さな命。夏の熱波、死体は独特のにおいを発していたことだろう。

「西田君にそんな度胸があるとは思えません。あれはむしろ神宮司君じゃないでしょうか。それか共同作業かもしれません。もし、西田君なら、きっとすぐにバレていたでしょうから」
「そうですか。それにしても西田とやらは、とことん駄目ですね」
「ですけど、今まで話したのは二人の悪いところで、それ以上に良い面が沢山あることを忘れないでくださいね。西田君だって、私、助けられたことありますよ」

 人は多面体。
 一連の会話、黒井の中でパチパチと推理が組みあがる。喉元を過ぎたそれは脳みそへあと一歩の延髄で停滞してしまう。もどかしい思いを抱えながら、彼は階段を上り、己の部屋へ引き上げていった。
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