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王殺しの男
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たかだか一兵卒である俺を、わざわざ気付かれないように呼び出して人目に付かない夜に個人の天幕に案内するとは、これはなかなか面倒なことに巻き込まれたなと思った。
帽巾を被った案内人は従者か何かなのだろう。俺が天幕に入るとすぐに姿を消した。
人の身なりも天幕も上質のものであるようなのに、所属や地位などの具体的な身分が分かりそうな物が一切見当たらないあたり、俺を招いたのはおそらく結構な立場にいる者だろう。俺は頭の隅で万が一の命の覚悟をしておいた。
「──よく来てくれた」
天幕の奥で、燈火でそこだけ仄明るく照らされていた美しい男が静かに声を発した。男とは言っても、まだ青年になりかけたくらいの少年に近い年頃だろうか。小さいが頑丈そうな木の椅子に腰を下ろしている。
彼は自分のことはひとまずシャミとでも呼んでくれと言う。本当の名ではないのだろう。俺は相手の正体も分からないまま、敬意を示す挨拶をして自らも名乗った。
「──先日、ある神殿で秘密裏に託宣があった。とても重要な託宣だ。そしてその託宣にあらわれた特徴に従い人を探すと、全く託宣の通りに君という男が見つかった」
シャミはそう言って、俺の生まれた場所や生まれた季節などを尋ねた。先日野営で蛇を追い払った話なども知っていたようで、それについても確認をされる。
俺が返答する度に、シャミは頷きながらどんどん沈痛な面持ちになった。
「……こうして実際に見つかってしまったからには、託宣はいよいよ本物らしいということにもなる。それゆえ我々は君をここに連れて来たというわけだ」
「あの、シャミ……さま。訊きたいことがあります」
神殿の秘密裏の託宣に従って人を動かすような人間ならば、明らかに国の動きに係わるような位置にいるはずだ。俺はおそるおそる伺いを立てた。
「シャミでいい」
「俺は一体、何の託宣を下されたんですか」
「君はいずれ、王殺しをする」
何かの聞き間違えかと思った。しかしシャミの表情は沈痛なままだ。
「……そういう託宣だ。公に出来ない類いの内容なので、知る者は僕を含めてほんの数人しかいない」
「そんな、何かの間違いです。そんなおそろしいことをことするはずが、そもそも俺にそんな大それたこと出来るはずがない」
王なんて、祭りの日に警備の仕事で遠くから顔を見たことがあるくらいだ。たとえもし急に俺の気が狂ったとしても、王の元にたどり着くまでに衛兵に殺されてしまうだろう。
「残念だが、今の君の意志や状況などは関係がない。託宣は『いずれそうなること』を示しただけだ。……君が蛇を追い払うことも、その日の来る前から託宣にあった」
やはり面倒なことになった。俺はどうにか否定をしようと口を動かしたが、いや、とか、違う、などという断片的な言葉しか出てこない。
「お、お願いです、殺さないで下さい!」
とうとう俺は地面に這いつくばって命乞いをした。事前のささやかな覚悟など瞬く間に吹き飛ぶ。こんなろくでもない託宣を下したのは一体どこの神殿のどいつなのか、とにかくそればかりを恨む。
「俺はこっそりどこか小さな島に渡ったって、なんなら遠く離れた場所に姿を消してもいい、だから」
「どうしてだい?」
「あの、それは、俺が間違っても王殺しなんかしないように……」
「それは困るな」
シャミは椅子から立ち上がると、俺の側にしゃがみ込んだ。
「僕から頼みがある。君には『王殺し』になって欲しい」
彼は一体何を言っているのか。
俺は思わず顔を上げ、訳も分からずシャミの表情をまじまじと見た。真剣な顔つきであることは間違いないが、先ほどまでの沈痛さはなく、燈火を反射した瞳は強い意志に光ってさえ見える。
「そんな……」
そんなおそろしいことを口にする少年の顔は、それにもかかわらず美しく照らされている。
「断わるというのなら、君には十分な金銭を渡してどこかへ逃げて貰うことになる。だがもし逃げた先でも託宣が成就してしまったら、君がそのあとで『王殺し』としてどういう扱いを受けるのか、我々には分からない」
これは脅しだ。理性ではそう思う。
「だが託宣が正しければ、君がいることで我々は『王を殺すことが出来る』んだ。君には悪王殺しの英雄としての地位が約束されるだろう」
「悪王……あんたは一体……」
この少年こそが王殺しを画策しているのだということは、さすがに俺にだって分かる。だが、そんな大それた計画を持つこの少年は一体何者なのか。
「現王は僕の父だ。父を討たない限り、僕と母は生まれた場所に帰れない」
それでようやく少しだけ飲み込めた。この国の王とその妻や子供たちに複雑な事情があることは、世間の噂や世情から一般の兵士たちにも何となく伝わっていた。
「シャミさま……のために、俺に王殺しになれって言うんですか」
「その代わり、君の身の安全は守らせて貰う。無論、王を殺した後もだ」
一度こんな託宣が出されてしまったからには、万が一王やその忠臣たちの耳にでも入ったら俺の命はないだろう。そういった意味では身の安全と引き換えならば、俺にとって悪い提案ではない。
「僕に、力を貸してくれないか」
その声は、懇願とも言っていいほどの真摯さだった。
彼の地位からすれば俺の立場や意志など、元々この場においてはないも同然だ。それでもこの少年は、一兵卒の俺に『お願い』をする。
俺はゆっくりと頷いた。シャミが肩の力を抜き、息を吐く。
「ありがとう。……感謝する」
「でも、王殺しの英雄の名ならいりません。できれば俺のことは、ずっと秘密にしておいて下さい」
「そうなのか。大抵の兵士は、名声が欲しいものとばかり思っていた」
「そりゃ普通の名声ならありがたいけど。親父はもう死んじまったし、妹は隣の国に嫁に行ったけど、まだお袋と身体の弱い弟がこの国にいるんです。俺がそんな大それたものになったら、驚いて死んじまうかも知れない」
「分かった、必ずそのように取り計らおう」
こうして俺は王殺しとしてこの男に仕えることとなった。後に王殺しの託宣は正しかったと分かるのだが、それはまだずっと先の話だ。
◆
後の世の書物には王権簒奪者として、父王を暗殺して新たに王となった息子の名が記されている。
新たな王となった息子は後に、側近だった男の剣に貫かれて事故のように急死した。その側近こそが前王を直接暗殺した兵士と同一であるという記録もある。
だが二人の王を葬ったとされる『王殺し』の男の名は、後世にあるどの記録にも残されていない。
帽巾を被った案内人は従者か何かなのだろう。俺が天幕に入るとすぐに姿を消した。
人の身なりも天幕も上質のものであるようなのに、所属や地位などの具体的な身分が分かりそうな物が一切見当たらないあたり、俺を招いたのはおそらく結構な立場にいる者だろう。俺は頭の隅で万が一の命の覚悟をしておいた。
「──よく来てくれた」
天幕の奥で、燈火でそこだけ仄明るく照らされていた美しい男が静かに声を発した。男とは言っても、まだ青年になりかけたくらいの少年に近い年頃だろうか。小さいが頑丈そうな木の椅子に腰を下ろしている。
彼は自分のことはひとまずシャミとでも呼んでくれと言う。本当の名ではないのだろう。俺は相手の正体も分からないまま、敬意を示す挨拶をして自らも名乗った。
「──先日、ある神殿で秘密裏に託宣があった。とても重要な託宣だ。そしてその託宣にあらわれた特徴に従い人を探すと、全く託宣の通りに君という男が見つかった」
シャミはそう言って、俺の生まれた場所や生まれた季節などを尋ねた。先日野営で蛇を追い払った話なども知っていたようで、それについても確認をされる。
俺が返答する度に、シャミは頷きながらどんどん沈痛な面持ちになった。
「……こうして実際に見つかってしまったからには、託宣はいよいよ本物らしいということにもなる。それゆえ我々は君をここに連れて来たというわけだ」
「あの、シャミ……さま。訊きたいことがあります」
神殿の秘密裏の託宣に従って人を動かすような人間ならば、明らかに国の動きに係わるような位置にいるはずだ。俺はおそるおそる伺いを立てた。
「シャミでいい」
「俺は一体、何の託宣を下されたんですか」
「君はいずれ、王殺しをする」
何かの聞き間違えかと思った。しかしシャミの表情は沈痛なままだ。
「……そういう託宣だ。公に出来ない類いの内容なので、知る者は僕を含めてほんの数人しかいない」
「そんな、何かの間違いです。そんなおそろしいことをことするはずが、そもそも俺にそんな大それたこと出来るはずがない」
王なんて、祭りの日に警備の仕事で遠くから顔を見たことがあるくらいだ。たとえもし急に俺の気が狂ったとしても、王の元にたどり着くまでに衛兵に殺されてしまうだろう。
「残念だが、今の君の意志や状況などは関係がない。託宣は『いずれそうなること』を示しただけだ。……君が蛇を追い払うことも、その日の来る前から託宣にあった」
やはり面倒なことになった。俺はどうにか否定をしようと口を動かしたが、いや、とか、違う、などという断片的な言葉しか出てこない。
「お、お願いです、殺さないで下さい!」
とうとう俺は地面に這いつくばって命乞いをした。事前のささやかな覚悟など瞬く間に吹き飛ぶ。こんなろくでもない託宣を下したのは一体どこの神殿のどいつなのか、とにかくそればかりを恨む。
「俺はこっそりどこか小さな島に渡ったって、なんなら遠く離れた場所に姿を消してもいい、だから」
「どうしてだい?」
「あの、それは、俺が間違っても王殺しなんかしないように……」
「それは困るな」
シャミは椅子から立ち上がると、俺の側にしゃがみ込んだ。
「僕から頼みがある。君には『王殺し』になって欲しい」
彼は一体何を言っているのか。
俺は思わず顔を上げ、訳も分からずシャミの表情をまじまじと見た。真剣な顔つきであることは間違いないが、先ほどまでの沈痛さはなく、燈火を反射した瞳は強い意志に光ってさえ見える。
「そんな……」
そんなおそろしいことを口にする少年の顔は、それにもかかわらず美しく照らされている。
「断わるというのなら、君には十分な金銭を渡してどこかへ逃げて貰うことになる。だがもし逃げた先でも託宣が成就してしまったら、君がそのあとで『王殺し』としてどういう扱いを受けるのか、我々には分からない」
これは脅しだ。理性ではそう思う。
「だが託宣が正しければ、君がいることで我々は『王を殺すことが出来る』んだ。君には悪王殺しの英雄としての地位が約束されるだろう」
「悪王……あんたは一体……」
この少年こそが王殺しを画策しているのだということは、さすがに俺にだって分かる。だが、そんな大それた計画を持つこの少年は一体何者なのか。
「現王は僕の父だ。父を討たない限り、僕と母は生まれた場所に帰れない」
それでようやく少しだけ飲み込めた。この国の王とその妻や子供たちに複雑な事情があることは、世間の噂や世情から一般の兵士たちにも何となく伝わっていた。
「シャミさま……のために、俺に王殺しになれって言うんですか」
「その代わり、君の身の安全は守らせて貰う。無論、王を殺した後もだ」
一度こんな託宣が出されてしまったからには、万が一王やその忠臣たちの耳にでも入ったら俺の命はないだろう。そういった意味では身の安全と引き換えならば、俺にとって悪い提案ではない。
「僕に、力を貸してくれないか」
その声は、懇願とも言っていいほどの真摯さだった。
彼の地位からすれば俺の立場や意志など、元々この場においてはないも同然だ。それでもこの少年は、一兵卒の俺に『お願い』をする。
俺はゆっくりと頷いた。シャミが肩の力を抜き、息を吐く。
「ありがとう。……感謝する」
「でも、王殺しの英雄の名ならいりません。できれば俺のことは、ずっと秘密にしておいて下さい」
「そうなのか。大抵の兵士は、名声が欲しいものとばかり思っていた」
「そりゃ普通の名声ならありがたいけど。親父はもう死んじまったし、妹は隣の国に嫁に行ったけど、まだお袋と身体の弱い弟がこの国にいるんです。俺がそんな大それたものになったら、驚いて死んじまうかも知れない」
「分かった、必ずそのように取り計らおう」
こうして俺は王殺しとしてこの男に仕えることとなった。後に王殺しの託宣は正しかったと分かるのだが、それはまだずっと先の話だ。
◆
後の世の書物には王権簒奪者として、父王を暗殺して新たに王となった息子の名が記されている。
新たな王となった息子は後に、側近だった男の剣に貫かれて事故のように急死した。その側近こそが前王を直接暗殺した兵士と同一であるという記録もある。
だが二人の王を葬ったとされる『王殺し』の男の名は、後世にあるどの記録にも残されていない。
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