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01. 交錯する魂
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目を覚ますと、そこは真っ白な世界だった――
何もないし、音すらない。
真っ白な靄がたなびく無の空間。どこまでが地面で、どこからが空なのかすら分からない。
「……死んだ?」
呟いた声は、驚くほど鮮明に響いた。
確かに俺は事故に遭った気がする。仕事帰り、ふと立ち寄ったコンビニを出た瞬間、視界の端に光が見えた。
――あ、やばいな。
そう思った次の瞬間には、意識が途絶えていた。
本当に死んだのか、それとも――
「……誰?」
その声に反射的に振り向く。そこに立っていたのは、年若い青年だった。青銀の髪を持つ美しい青年だが、青白い顔に、疲れ切った瞳をしている。年の頃は……20歳くらいだろうか。日本人ではないだろう。
彼は俺を見つめたまま、じり、と後ずさる。
「……あなたは、誰ですか」
警戒心の滲む声に、俺は思わず両手を上げてみせた。
「ごめん、怪しい者ではなくて……えっと……俺も状況が分かってないんだ」
そう言っても、青年の顔はまるで和らがない。
そりゃそうだ。いきなり見知らぬ空間で見知らぬ人間と出くわして、怪しい者ではない、なんて言われて納得する方が可笑しい。
「君はここがどこだか知ってる……?」
俺がそう彼に聞くと、不意に辺りに声が響いた。
『ここは不確かな狭間――世界の理を超えた場所』
ふわりと空間が揺れる。
『――お前たちは、時を同じくして命の危機に瀕し、この場所で引き合った』
低く穏やかで、けれど何の感情も感じさせない声。
俺と青年が同時に振り返ると、そこには“何か“がいた。
形を持たない、影のようなものに思える。ただそこに在るだけなのに、世界そのものが歪んで見える気がする。でも微かに浮かぶ輪郭はとても美しいもののようにも感じた。
それは俺たちをゆっくりと見渡し、静かに告げた。
『偶然ではあるがお前たちは、世界を超えて引き合った』
「……世界を、超えて?」
思わず聞き返す。何を言っているのか、さっぱり分からない。
だが、その言葉に、青年ははっと目を見開いた。
「……死んだら魂は神のもとへ召されるはずです……ここは……違うのですか……」
『……ここは死んだものがたどり着く場所ではない。お前たちが本来辿るはずだった道が交錯する狭間』
その言葉に青年の顔色が、一層悪くなるのが分かった。それを知ってか、知らずか、影はゆらりと形を変える。
『お前たちに選択肢を与えよう。ひとつは、元の身体に戻る道。もうひとつは――』
空間が揺らぎ、こちらへ視線が向いた様な気がする。
『――互いの魂を交換し、新たな世界で生きる道』
「…………魂を、交換……?」
『そうだ。互いの魂を入れ替え、別々の運命を辿る。それが、お前たちに許された選択肢だ』
いや、その選択肢を提示する意味があるのか。
きっと誰もが元の身体に戻る事を選択するのではないだろうか。
俺が億万長者であれば話は別だろうが、残念ながらただの凡庸な若者だ。隣にいる青年にとってもメリットはないだろうし、俺は青年が億万長者でも別に交換したいとも思えない。
きっと同じ考えだろうと隣の青年を見遣る。すると彼は微かに震えていた。青ざめた顔。焦点の合わない瞳。
口元がわなわなと震え、彼はぎゅっと拳を握る。そして、次の瞬間――
「……殺してください」
消え入りそうな声でそう言った。
「……え?」
「殺して……お願いだから、殺してください……」
ぞわりと、背筋が寒くなる。
泣きそうな顔でも、必死で助けを乞うような顔でもなかった。ただ、すべてを諦めたような、虚ろな目。
まるで、生きることをとっくに捨てたような――
「なんで……」
「私は……生きていたくない。もう、何もかも……嫌なんです」
か細い声で紡がれる言葉。
影はその言葉に応える様にぼわりと膨張した。先ほどまではぼんやりとした影であったものが、真っ白な世界に墨を落とした様な黒になり、青年に近づいてくる。
その異様な様子に、本当に影が青年の命を呑み込んでしまいそうで、俺は思わず青年の腕を掴んだ。
「ごめん、ちょっと待ってくれ!話を聞かせてくれないか」
影の動きが止まり、青年の身体がびくりと震えた。
「俺は君の事情を知らない。けれど……そんな風に言うのは、あまりにも、こう……やるせないよ。そんなんじゃ……俺も選択肢を選べない」
そう言うと、青年は呆然と俺を見た。
影は俺たちが話す時間を待ってくれるつもりがあるのか、また形を変え、ほとんどどこにいるのか認識できないほど薄い姿になっていく、時々空気がゆらりと揺れ、いる気配だけはした。
俺は思わず、はぁと息を吐いた。
「俺の名前は村田和佐だ。頼む、君の話を聞かせてくれ。どうして死にたいのか……教えてくれ」
俺の無茶苦茶な提案に、青年はしばらく呆然としていた。まるで言葉が届いていないかのように、青年は沈黙し、静寂が降りる。
白い世界は、何の音もなく、何の変化もない。
影は気配を薄めたまま、ただそこに在る。
青年の瞳がわずかに揺れる。
長い沈黙の果てに、彼はふっと伏し目がちに視線を落とした。
そして、ぽつりと小さな声を漏らした。
「……私は、リオール・エルヴェール。エルヴェール公爵家の嫡子……でした」
――公爵家の嫡子?
親しみのないの肩書きに驚きつつも、俺は黙って続きを待った。
「本当なら、父の様に国を支える役目を担いたいと……そう思っていました……でも……」
リオールの顔が、一層青ざめる。
「……封印に、選ばれてしまった」
「……封印?」
「厄災の……封印です」
一瞬、沈黙が落ちる。
「…………ごめん……厄災の封印って何……?」
俺の言葉にリオールは瞳をパチリとさせた。
話の腰を折るのは気が引けるが、あまりに意味が分からない言葉に聞かずにはいられなかった。
どうやら先ほど影が言っていた世界を超えて引き合ったと言うのは、国境を超えるなどのレベルではなさそうだ。
リオールもそれを察したのか、ゆっくりと言葉を探す。
「私の世界には、『厄災』と呼ばれる凶悪な悪きものがいるんです。魔物の様なもの……と言えば伝わりますか」
俺は驚くのを堪えて、なんとか頷いた。
「……遥か昔、討伐隊がそれを討とうとしましたが……完全には倒せませんでした。それでも厄災の一部を封じることはできた。それは討伐隊に同行していた聖者の中に封じられました。それから代々、人から人へ封印を継承する様になり、今代は……私が封印に選ばれました……それが厄災の封印です」
「君の中にはその厄災が封じられている……ってこと?」
「ええ……一部ですが」
リオールは淡々とそう答えた。けれど、その手は小さく震えている。
「……封印って……苦しいものなのか?」
俺の問いかけに、リオールの唇がわずかに歪んだ。
「……そうですね……人によるとは思います……」
その声には、ひどく深い諦念が滲んでいた。
「封印を維持するためには……神聖力を封印に供給し続ける必要があります」
「……神聖力?」
「……厄災の力に対抗するための“清浄な力”のことです」
魔力や気の流れみたいなものだろうか。俺がなんとなくイメージしようとしていると、リオールは一度目を伏せ、苦しげに唇を噛んだ。
「だから……私は“抱かれる”必要があったんです」
言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかった。
「……抱かれる……?」
「……はい、神聖力の高い者と性行為をすることで、神聖力を補うのです」
リオールはどこか他人事のように言った。
けれど、その指先は力なく膝の上で握りしめられている。
「最初は……受け入れようとしたんです」
リオールは小さく笑った。乾いた、ひび割れた笑みだった。
「でも触れられるたび、吐き気がして、意識が遠のいて……」
小さく、震える息。
「それでも……国のためだと、何度も自分に言い聞かせて……でも、結局無理だった……どうしても受け入れられなくて……気付いたら暴れて相手を傷つけていました」
「…………」
その顔はまるで、罪を告白する人間のように見えた。
「運命を受け入れられない封印は……最終的には永遠に眠られされて、意識のないまま男に抱かれ生涯を過ごす事になります」
「……永遠に、眠らされる……?」
思わず言葉を繰り返す。
眠らされるという言葉は優しげに聞こえるが、実際の意味はあまりにも残酷だった。
意識のないまま、生涯、男に抱かれ続ける――?
「そんな…………」
そう呟くと、リオールはどこか遠くを見るような目をした。
「残酷な様に聞こえるかもしれませんが……私には……その方が……永遠に眠る方がよっぽどマシに思えました…………だから、もう……それで良かったのに……」
それは、自分の運命を受け入れようと、諦めていた者の声だった。そして、リオールはふっと目を伏せると、静かに続きを語り始める。
「――眠らされる処置の前に、父が私の元へやってきました」
「お父さんが?」
「……ええ、私の父は、国の宰相です。私にとっては、誰よりも尊敬する父でした」
リオールの目が僅かに揺れる。
「父は私を説得するために来たんだと思います。眠らされる前に、最後の機会をくれたのだと」
「説得……」
「……封印を維持するために、神聖力を譲渡できる相手が必要なのは先ほど話した通りです。でも、誰でも良いわけではないんです。相性の良い者でなければ、上手く神聖力を受け取ることはできません」
リオールの声が一層静かになる。
「……私には、相性の良い相手が3人いました」
ぞくりと背筋が冷える。
「ひとりは聖騎士。もうひとりは王に仕える騎士。そして……」
リオールがぎゅっと拳を握りしめるのが見えた。
「最後のひとりは……父でした」
息が詰まる。リオールの父――彼が尊敬してやまないその人が、リオールの相性の良い相手?
「……父は、そのつもりはなかったのでしょう。ただ、眠らされる前にもう一度話をしに、男を受け入れるように説得をしに来ただけだったのだと思います。……でも、彼は最後にこう言いました」
リオールの声が僅かに震える。
「……お前のためにできることがあるなら、それがたとえ“父親”として許されざることであっても、私はお前を見捨てはしない、って」
眩暈がした。
それは、父親としての愛情の言葉だったのかもしれない。でも、そんなの……あまりにも――
「……尊敬する父に抱かれるくらいなら、死んだ方がマシだと思いました」
リオールは淡々とそう言った。
「だから、飛び降りました」
静かな、あまりにも静かな告白だった。
しばらく沈黙が続いた後、リオールがぽつりと呟く。
「……どうして……ここにいるんでしょうね」
そこで、ようやくリオールは俺を見た。
「……あなたが私を殺してくれませんか?」
「……」
俺は、何も言えなかった。言葉を失う、とはこういうことを言うのだろう。
リオールは、もうとっくに壊れていた。こんな顔で“殺してくれ“なんて言われて、何も感じない奴がいるわけがない。
「――――魂を交換しよう」
自分でも驚くほど、すんなりと口をついて出た。
「…………え?」
「君は俺の世界に行くんだ。俺の世界には厄災なんてない。君を苦しめるものはないよ」
リオールの目が揺れる。
「大丈夫だよ。俺の世界はきっと君の世界とは何もかもが違う。最初は大変かもしれないけど……俺にも大切な人たちがいる。きっと君を助けてくれる」
そう言うと、リオールは戸惑ったように俺を見つめた。
「でも……私は……」
「俺は28歳で、きっと君より大分年上だ。そこは申し訳ないけど、田舎に帰って、ゆっくり休んで、それから一から学び直せばいい。きっとやり直せる」
リオールの肩にそっと手を置く。彼はびくりと震えた。
「あーその、それに……俺は……男が好きなんだ」
ふっと、苦笑する。
「だから、多分大丈夫だよ」
リオール、君も大丈夫だよ。
そう告げると、リオールは小さく目を見開いた。
「……そんなこと……」
信じられない、とでも言うように、唇が震える。
俺は彼を励ます様に僅かに笑った。
「リオール、いいって言ってくれ」
「……どう、して?」
震える声で問うリオールを見つめながら、俺は静かに答えた。
「君を助けたいから」
それ以上の理由なんて、ない。
俺だって、自分の人生を捨てることに躊躇がないわけじゃない。知らない世界で生きることがどれほど大変かなんて想像もつかない。それでも――
「……生きてほしいんだ」
――この言葉が彼の中で呪いになるかもしれない。
そんな不安が過ぎる。でも、それでも俺は伝えずにはいられなかった。
「……俺がいた国は、すごく平和だ。魔物もいないし、戦争もないし、身分の差もない」
リオールの目が揺れた。
「……そんな世界が……あるんですか」
「ああ、あるよ」
俺は迷いなく頷く。
「俺の世界には“厄災”も“封印”もない。君が望まない誰かに抱かれることを強制されることもない。自分で選んだ道を進めるんだ。だからこそ大変な事も、もちろんたくさんあるけれど」
「…………」
リオールは俯き、震える肩を抱くように自分を抱きしめた。
長い沈黙が落ちる。リオールは何かを必死に飲み込むように、声を押し殺していた。
そして――しばらくして、彼は口を開く。
「……助け……て……」
それを聞いた瞬間、何か熱いものが胸を込み上げる。
「助けるよ――絶対、絶対、大丈夫だ」
俺がそう言うと、リオールは――
ぽろ、と。
静かに、涙を零した。
影のような存在がゆらりと揺れ、再び言葉を発する。
『――契約は成立した』
白い世界が大きく揺らぐ。
――次の瞬間、俺の意識も揺らいでいった。
何もないし、音すらない。
真っ白な靄がたなびく無の空間。どこまでが地面で、どこからが空なのかすら分からない。
「……死んだ?」
呟いた声は、驚くほど鮮明に響いた。
確かに俺は事故に遭った気がする。仕事帰り、ふと立ち寄ったコンビニを出た瞬間、視界の端に光が見えた。
――あ、やばいな。
そう思った次の瞬間には、意識が途絶えていた。
本当に死んだのか、それとも――
「……誰?」
その声に反射的に振り向く。そこに立っていたのは、年若い青年だった。青銀の髪を持つ美しい青年だが、青白い顔に、疲れ切った瞳をしている。年の頃は……20歳くらいだろうか。日本人ではないだろう。
彼は俺を見つめたまま、じり、と後ずさる。
「……あなたは、誰ですか」
警戒心の滲む声に、俺は思わず両手を上げてみせた。
「ごめん、怪しい者ではなくて……えっと……俺も状況が分かってないんだ」
そう言っても、青年の顔はまるで和らがない。
そりゃそうだ。いきなり見知らぬ空間で見知らぬ人間と出くわして、怪しい者ではない、なんて言われて納得する方が可笑しい。
「君はここがどこだか知ってる……?」
俺がそう彼に聞くと、不意に辺りに声が響いた。
『ここは不確かな狭間――世界の理を超えた場所』
ふわりと空間が揺れる。
『――お前たちは、時を同じくして命の危機に瀕し、この場所で引き合った』
低く穏やかで、けれど何の感情も感じさせない声。
俺と青年が同時に振り返ると、そこには“何か“がいた。
形を持たない、影のようなものに思える。ただそこに在るだけなのに、世界そのものが歪んで見える気がする。でも微かに浮かぶ輪郭はとても美しいもののようにも感じた。
それは俺たちをゆっくりと見渡し、静かに告げた。
『偶然ではあるがお前たちは、世界を超えて引き合った』
「……世界を、超えて?」
思わず聞き返す。何を言っているのか、さっぱり分からない。
だが、その言葉に、青年ははっと目を見開いた。
「……死んだら魂は神のもとへ召されるはずです……ここは……違うのですか……」
『……ここは死んだものがたどり着く場所ではない。お前たちが本来辿るはずだった道が交錯する狭間』
その言葉に青年の顔色が、一層悪くなるのが分かった。それを知ってか、知らずか、影はゆらりと形を変える。
『お前たちに選択肢を与えよう。ひとつは、元の身体に戻る道。もうひとつは――』
空間が揺らぎ、こちらへ視線が向いた様な気がする。
『――互いの魂を交換し、新たな世界で生きる道』
「…………魂を、交換……?」
『そうだ。互いの魂を入れ替え、別々の運命を辿る。それが、お前たちに許された選択肢だ』
いや、その選択肢を提示する意味があるのか。
きっと誰もが元の身体に戻る事を選択するのではないだろうか。
俺が億万長者であれば話は別だろうが、残念ながらただの凡庸な若者だ。隣にいる青年にとってもメリットはないだろうし、俺は青年が億万長者でも別に交換したいとも思えない。
きっと同じ考えだろうと隣の青年を見遣る。すると彼は微かに震えていた。青ざめた顔。焦点の合わない瞳。
口元がわなわなと震え、彼はぎゅっと拳を握る。そして、次の瞬間――
「……殺してください」
消え入りそうな声でそう言った。
「……え?」
「殺して……お願いだから、殺してください……」
ぞわりと、背筋が寒くなる。
泣きそうな顔でも、必死で助けを乞うような顔でもなかった。ただ、すべてを諦めたような、虚ろな目。
まるで、生きることをとっくに捨てたような――
「なんで……」
「私は……生きていたくない。もう、何もかも……嫌なんです」
か細い声で紡がれる言葉。
影はその言葉に応える様にぼわりと膨張した。先ほどまではぼんやりとした影であったものが、真っ白な世界に墨を落とした様な黒になり、青年に近づいてくる。
その異様な様子に、本当に影が青年の命を呑み込んでしまいそうで、俺は思わず青年の腕を掴んだ。
「ごめん、ちょっと待ってくれ!話を聞かせてくれないか」
影の動きが止まり、青年の身体がびくりと震えた。
「俺は君の事情を知らない。けれど……そんな風に言うのは、あまりにも、こう……やるせないよ。そんなんじゃ……俺も選択肢を選べない」
そう言うと、青年は呆然と俺を見た。
影は俺たちが話す時間を待ってくれるつもりがあるのか、また形を変え、ほとんどどこにいるのか認識できないほど薄い姿になっていく、時々空気がゆらりと揺れ、いる気配だけはした。
俺は思わず、はぁと息を吐いた。
「俺の名前は村田和佐だ。頼む、君の話を聞かせてくれ。どうして死にたいのか……教えてくれ」
俺の無茶苦茶な提案に、青年はしばらく呆然としていた。まるで言葉が届いていないかのように、青年は沈黙し、静寂が降りる。
白い世界は、何の音もなく、何の変化もない。
影は気配を薄めたまま、ただそこに在る。
青年の瞳がわずかに揺れる。
長い沈黙の果てに、彼はふっと伏し目がちに視線を落とした。
そして、ぽつりと小さな声を漏らした。
「……私は、リオール・エルヴェール。エルヴェール公爵家の嫡子……でした」
――公爵家の嫡子?
親しみのないの肩書きに驚きつつも、俺は黙って続きを待った。
「本当なら、父の様に国を支える役目を担いたいと……そう思っていました……でも……」
リオールの顔が、一層青ざめる。
「……封印に、選ばれてしまった」
「……封印?」
「厄災の……封印です」
一瞬、沈黙が落ちる。
「…………ごめん……厄災の封印って何……?」
俺の言葉にリオールは瞳をパチリとさせた。
話の腰を折るのは気が引けるが、あまりに意味が分からない言葉に聞かずにはいられなかった。
どうやら先ほど影が言っていた世界を超えて引き合ったと言うのは、国境を超えるなどのレベルではなさそうだ。
リオールもそれを察したのか、ゆっくりと言葉を探す。
「私の世界には、『厄災』と呼ばれる凶悪な悪きものがいるんです。魔物の様なもの……と言えば伝わりますか」
俺は驚くのを堪えて、なんとか頷いた。
「……遥か昔、討伐隊がそれを討とうとしましたが……完全には倒せませんでした。それでも厄災の一部を封じることはできた。それは討伐隊に同行していた聖者の中に封じられました。それから代々、人から人へ封印を継承する様になり、今代は……私が封印に選ばれました……それが厄災の封印です」
「君の中にはその厄災が封じられている……ってこと?」
「ええ……一部ですが」
リオールは淡々とそう答えた。けれど、その手は小さく震えている。
「……封印って……苦しいものなのか?」
俺の問いかけに、リオールの唇がわずかに歪んだ。
「……そうですね……人によるとは思います……」
その声には、ひどく深い諦念が滲んでいた。
「封印を維持するためには……神聖力を封印に供給し続ける必要があります」
「……神聖力?」
「……厄災の力に対抗するための“清浄な力”のことです」
魔力や気の流れみたいなものだろうか。俺がなんとなくイメージしようとしていると、リオールは一度目を伏せ、苦しげに唇を噛んだ。
「だから……私は“抱かれる”必要があったんです」
言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかった。
「……抱かれる……?」
「……はい、神聖力の高い者と性行為をすることで、神聖力を補うのです」
リオールはどこか他人事のように言った。
けれど、その指先は力なく膝の上で握りしめられている。
「最初は……受け入れようとしたんです」
リオールは小さく笑った。乾いた、ひび割れた笑みだった。
「でも触れられるたび、吐き気がして、意識が遠のいて……」
小さく、震える息。
「それでも……国のためだと、何度も自分に言い聞かせて……でも、結局無理だった……どうしても受け入れられなくて……気付いたら暴れて相手を傷つけていました」
「…………」
その顔はまるで、罪を告白する人間のように見えた。
「運命を受け入れられない封印は……最終的には永遠に眠られされて、意識のないまま男に抱かれ生涯を過ごす事になります」
「……永遠に、眠らされる……?」
思わず言葉を繰り返す。
眠らされるという言葉は優しげに聞こえるが、実際の意味はあまりにも残酷だった。
意識のないまま、生涯、男に抱かれ続ける――?
「そんな…………」
そう呟くと、リオールはどこか遠くを見るような目をした。
「残酷な様に聞こえるかもしれませんが……私には……その方が……永遠に眠る方がよっぽどマシに思えました…………だから、もう……それで良かったのに……」
それは、自分の運命を受け入れようと、諦めていた者の声だった。そして、リオールはふっと目を伏せると、静かに続きを語り始める。
「――眠らされる処置の前に、父が私の元へやってきました」
「お父さんが?」
「……ええ、私の父は、国の宰相です。私にとっては、誰よりも尊敬する父でした」
リオールの目が僅かに揺れる。
「父は私を説得するために来たんだと思います。眠らされる前に、最後の機会をくれたのだと」
「説得……」
「……封印を維持するために、神聖力を譲渡できる相手が必要なのは先ほど話した通りです。でも、誰でも良いわけではないんです。相性の良い者でなければ、上手く神聖力を受け取ることはできません」
リオールの声が一層静かになる。
「……私には、相性の良い相手が3人いました」
ぞくりと背筋が冷える。
「ひとりは聖騎士。もうひとりは王に仕える騎士。そして……」
リオールがぎゅっと拳を握りしめるのが見えた。
「最後のひとりは……父でした」
息が詰まる。リオールの父――彼が尊敬してやまないその人が、リオールの相性の良い相手?
「……父は、そのつもりはなかったのでしょう。ただ、眠らされる前にもう一度話をしに、男を受け入れるように説得をしに来ただけだったのだと思います。……でも、彼は最後にこう言いました」
リオールの声が僅かに震える。
「……お前のためにできることがあるなら、それがたとえ“父親”として許されざることであっても、私はお前を見捨てはしない、って」
眩暈がした。
それは、父親としての愛情の言葉だったのかもしれない。でも、そんなの……あまりにも――
「……尊敬する父に抱かれるくらいなら、死んだ方がマシだと思いました」
リオールは淡々とそう言った。
「だから、飛び降りました」
静かな、あまりにも静かな告白だった。
しばらく沈黙が続いた後、リオールがぽつりと呟く。
「……どうして……ここにいるんでしょうね」
そこで、ようやくリオールは俺を見た。
「……あなたが私を殺してくれませんか?」
「……」
俺は、何も言えなかった。言葉を失う、とはこういうことを言うのだろう。
リオールは、もうとっくに壊れていた。こんな顔で“殺してくれ“なんて言われて、何も感じない奴がいるわけがない。
「――――魂を交換しよう」
自分でも驚くほど、すんなりと口をついて出た。
「…………え?」
「君は俺の世界に行くんだ。俺の世界には厄災なんてない。君を苦しめるものはないよ」
リオールの目が揺れる。
「大丈夫だよ。俺の世界はきっと君の世界とは何もかもが違う。最初は大変かもしれないけど……俺にも大切な人たちがいる。きっと君を助けてくれる」
そう言うと、リオールは戸惑ったように俺を見つめた。
「でも……私は……」
「俺は28歳で、きっと君より大分年上だ。そこは申し訳ないけど、田舎に帰って、ゆっくり休んで、それから一から学び直せばいい。きっとやり直せる」
リオールの肩にそっと手を置く。彼はびくりと震えた。
「あーその、それに……俺は……男が好きなんだ」
ふっと、苦笑する。
「だから、多分大丈夫だよ」
リオール、君も大丈夫だよ。
そう告げると、リオールは小さく目を見開いた。
「……そんなこと……」
信じられない、とでも言うように、唇が震える。
俺は彼を励ます様に僅かに笑った。
「リオール、いいって言ってくれ」
「……どう、して?」
震える声で問うリオールを見つめながら、俺は静かに答えた。
「君を助けたいから」
それ以上の理由なんて、ない。
俺だって、自分の人生を捨てることに躊躇がないわけじゃない。知らない世界で生きることがどれほど大変かなんて想像もつかない。それでも――
「……生きてほしいんだ」
――この言葉が彼の中で呪いになるかもしれない。
そんな不安が過ぎる。でも、それでも俺は伝えずにはいられなかった。
「……俺がいた国は、すごく平和だ。魔物もいないし、戦争もないし、身分の差もない」
リオールの目が揺れた。
「……そんな世界が……あるんですか」
「ああ、あるよ」
俺は迷いなく頷く。
「俺の世界には“厄災”も“封印”もない。君が望まない誰かに抱かれることを強制されることもない。自分で選んだ道を進めるんだ。だからこそ大変な事も、もちろんたくさんあるけれど」
「…………」
リオールは俯き、震える肩を抱くように自分を抱きしめた。
長い沈黙が落ちる。リオールは何かを必死に飲み込むように、声を押し殺していた。
そして――しばらくして、彼は口を開く。
「……助け……て……」
それを聞いた瞬間、何か熱いものが胸を込み上げる。
「助けるよ――絶対、絶対、大丈夫だ」
俺がそう言うと、リオールは――
ぽろ、と。
静かに、涙を零した。
影のような存在がゆらりと揺れ、再び言葉を発する。
『――契約は成立した』
白い世界が大きく揺らぐ。
――次の瞬間、俺の意識も揺らいでいった。
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表紙は力不足な自作イラスト
誤字脱字が多いです!
作者が息抜きに書いていた小説です。
※毎日15:30に更新する予定です、ある分だけ投稿されます。(終了中、再開時は近況ボードで報告いたします)
転生したら嫌われ者No.01のザコキャラだった 〜引き篭もりニートは落ちぶれ王族に転生しました〜
隍沸喰(隍沸かゆ)
BL
引き篭もりニートの俺は大人にも子供にも人気の話題のゲーム『WoRLD oF SHiSUTo』の次回作を遂に手に入れたが、その直後に死亡してしまった。
目覚めたらその世界で最も嫌われ、前世でも嫌われ続けていたあの落ちぶれた元王族《ヴァントリア・オルテイル》になっていた。
同じ檻に入っていた子供を看病したのに殺されかけ、王である兄には冷たくされ…………それでもめげずに頑張ります!
俺を襲ったことで連れて行かれた子供を助けるために、まずは脱獄からだ!
重複投稿:小説家になろう(ムーンライトノベルズ)
注意:
残酷な描写あり
表紙は力不足な自作イラスト
誤字脱字が多いです!
お気に入り・感想ありがとうございます。
皆さんありがとうございました!
BLランキング1位(2021/8/1 20:02)
HOTランキング15位(2021/8/1 20:02)
他サイト日間BLランキング2位(2019/2/21 20:00)
ツンデレ、執着キャラ、おバカ主人公、魔法、主人公嫌われ→愛されです。
いらないと思いますが感想・ファンアート?などのSNSタグは #嫌01 です。私も宣伝や時々描くイラストに使っています。利用していただいて構いません!
【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる
ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。
・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。
・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。
・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
穏やかに生きたい(隠れ)夢魔の俺が、癖強イケメンたちに執着されてます。〜平穏な学園生活はどこにありますか?〜
春凪アラシ
BL
「平穏に生きたい」だけなのに、
癖強イケメンたちが俺を狙ってくるのは、なぜ!?
トラブルを避ける為、夢魔の血を隠して学園生活を送るフレン(2年)。
彼は見た目は天使、でも本人はごく平凡に過ごしたい穏健派。
なのに、登校初日から出会ったのは最凶の邪竜後輩(1年)!?
他にも幼馴染で完璧すぎる優等生騎士(3年)に、不良だけど面倒見のいい悪友ワーウルフ(同級生)まで……なぜか異種族イケメンたちが次々と接近してきて――
運命の2人を繋ぐ「刻印制度」なんて知らない!
恋愛感情もまだわからない!
それでも、騒がしい日々の中で、少しずつ何かが変わっていく。
個性バラバラな異種族イケメンたちに囲まれて、フレンの学園生活は今日も波乱の予感!?
甘くて可笑しい、そして時々執着も見え隠れする
愛され体質な主人公の青春ファンタジー学園BLラブコメディ!
月、水、金、日曜日更新予定!(番外編は更新とは別枠で不定期更新)
基本的にフレン視点、他キャラ視点の話はside〇〇って表記にしてます!
【完結】婚約破棄したのに幼馴染の執着がちょっと尋常じゃなかった。
天城
BL
子供の頃、天使のように可愛かった第三王子のハロルド。しかし今は令嬢達に熱い視線を向けられる美青年に成長していた。
成績優秀、眉目秀麗、騎士団の演習では負けなしの完璧な王子の姿が今のハロルドの現実だった。
まだ少女のように可愛かったころに求婚され、婚約した幼馴染のギルバートに申し訳なくなったハロルドは、婚約破棄を決意する。
黒髪黒目の無口な幼馴染(攻め)×金髪青瞳美形第三王子(受け)。前後編の2話完結。番外編を不定期更新中。
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