Dear “Dear”

りずべす

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 生きていると、ふと疑問に思うことがある。
 生きているとは何なのだろう?
 禅問答。思考ゲーム。無益な妄想。
 いずれにしても、答えの出ない質問だ。
 けれど、誰しも一度は考えたことのある問ではないだろうか。
 今より遡ること遥か昔、数千年前。
 人間は己によく似た存在を作り出した。
 さながら神様が人間を作ったかのように、人間は人形を作り出した。
 人をかたどった人形――私たちを。
 以来、人形は長く長く、人間の歴史に寄り添ってきた。
 それは、ときに偶像として。
 それは、ときに道具として。
 それは、ときに恋人として。
 人々の持ち得る技術の粋を余すところなく集めたそれらは、初めは動かず、物言わぬただの置物であったが、やがて糸で、歯車で、そして電気で動き出し、さらに美しく精巧に、より賢く進化して、果てはどこまでも人間に近い存在になっていった。
 私たち人形には、生まれた時代や場所、様式によっていくつかの呼称がある。
 ドール。マリオネット。オートマタ。ロボット。アンドロイド。他にも様々。
 そうして現代、人々は私たちのことを《ディア》と呼ぶ。
 今やディアは人間の傍にいるのが当たり前だ。かけがえのない人類のパートナー。もはや人は、ディアなしで生きていくことはできないだろう。
 そう断じることに誰もが異を唱えないほど、ディアは人間の社会に融和して、その根幹を担った。文化を磨き、生活を支えた。
 振り返って思えば、そんなディアの誕生は、連綿と続く人間と人形の関わり合いの終着点として当然のように――たどり着くべくしてたどり着いた境地のようにも見えるけれど、ただそれでも、ディアの発明という歴史的一点のパラダイムシフトがきっかけであったことは確かである。
 今より約八百年前、ディアは一人の人間によって生み出された。
 彼は望んでいた。人形が人間と寄り添い、人間を助け、人間とともに生きる未来を。
 そして彼は考えた。ディアという、人間とともに生きていくべき人形の在り方を。
 では、ディアが人間とともに生きるには、いったい何が必要だろう。
 一つには身体だ。人間と同じ身体がいる。
 だからディアは、人間を模した身体を持った。
 人工の細胞は人間の生体細胞を完全に再現し、組織を成し、臓器を生んだ。肌はしなやかで柔らかく、骨は緻密かつ強靱で、神経の伝える感覚は痛みも快楽も人間の感じるそれと変わりない。人間のように二足で歩き、かと思えば走ることもでき、声を発し、飛び跳ねて互いに抱き合うこともありながら、眠り、食事をとり、老廃物を体外に除去することも厭わない。学術的な定義に則れば、彼らの身体は既に生物のそれと見て何ら差し支えないほどの域まで至った。
 けれども、身体を持つだけでディアが人になることはできない。
 また一つには、心が必要だ。人間と同じ心がいる。意識が、自我が、魂が必要なのだ。
 これは身体ほど簡単にはいかなかった。
 もちろん、ディアが身体を持つに至るまでにも、人類は数え切れないほどの技術の変革を経たのだけれど、しかしそれでも、心を作り出すのは容易ではなかった。
 彼はディアの心を作ることを、心の底から切望した。人の心を、人工の身体に宿す術を模索した。
 深慮の末、彼が選んだのはプログラムだった。
 故人曰く、宇宙の全ては物理計算によって説明することができるらしい。ならばそこに生きる人間の心もまた、計算によって表すことができるのではないだろうか。万物を統べる法則を知れば、真理に触れる英知があれば、全能の創造主たり得れば、可能なのではないだろうか。
 彼が望んだ人工の心。心を司るプログラム。
 ――《ココロプログラム》。
 そんなものを作り出すことが。
 ああ、もしも……もしもディアが、人のような心を持ったら。
 人間と同じ身体を持ち、そして心さえも持ったなら。
 まさに比類なき至高の人形。
 いや、もはやそれは人形ではない。
 身体を得て、心を得て、ついに人形は人間になる。
 ディアは人間とともに生き始める。
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