雨乞い

藤野二郎

文字の大きさ
上 下
1 / 1

雨音

しおりを挟む
雨が、降っている。

天の怒りのような、暴力的な、そんな横殴りの雨だ。

神の鉄槌を受け、トタンの屋根が泣き叫ぶ。

酷い騒音だと、君は嗤う。

雷鳴。

断罪のいかずちが、刃の如く罪人を裁く。

君の白く透き通るような肌に、艶めかしい紅色が照らされる。

この世の綺麗な財宝を全て集めても、きっと君の美しさには敵わない。

噎せ返るような夏の匂いに酔いしれて、僕はケダモノのように君の唇に食らいつく。

抱き合って、求め合って、重なって。

これが最後の晩餐とでも言うのだろうか。

掠れた嬌声が雨に蕩ける。

逃げた先の景色がこれなら、こんな最後も悪くない。

ここは激しい騒音に閉ざされた、僕らだけの晴れ舞台。

踊って、踊って、狂って、堕ちる。

鬼の怒号も、何もかも、聞こえないふりを。

僕らは無敵で、自由だった。

何も怖いものはなかった。

僕らは罪人だ。

正しさを貼り付けた道化。無感情に笑うピエロ。

仮面の下は、夏の匂いに捨ててきた。

僕は君に言った。

雨は止んだと。

もう会えないと。

罪人は裁かれる。

僕らはあの日、人を殺した。

実行犯は君で、僕は共犯者。

包丁を突き刺し、何度も突き刺し、死なせた。

清々しかった。

死なせた者もまた罪人だった。

罪人を裁き、罪人へ堕ちていくような、最低で甘ったるい狂気。

鳴り止まない雷鳴と、騒々しい雨音に混ざる紅。

芸術とは、こういうものを言うのだと、僕は思った。

僕は追いついた鬼に捕まって、君は目の前で自首をして。

その血飛沫の、なんと美しかったことか!

本日ハ晴天ナリ。

青い空には白い飛行機雲。

露出した腕をヒリヒリと焦がす太陽。

ただ君だけが居ない、そんな夏。

会いたいのに、会いたいのに。

雨は止んでしまった。

蝉の声が冷たく滑らかな君を撫でる。

死にたくなるくらい愛おしい命。

僕は最低な君を、罪人である君を愛している。

君のためなら、僕は残酷になれる。

もし届くのならもう一度、君に雨乞い。




しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...