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第12話 母親
しおりを挟む森の奥を歩くこと数十分。
特に会話もなく進んでいくと、少し広い場所に出た。
そこにあるのは、小さな小屋と彼の住まいである一軒家。
「ここが、ヴァイスさんのお家?」
「ああ。昔はこの辺にもっと家があったらしいけど、ジジイがガキの頃に壊したとか言ってたな」
「え」
「空き家を残してても意味ないとか言ってたな」
昔はこの一帯に獣人達が暮らしていた。
しかしもうその面影はない。ここには彼の住む家しか残っておらず、人が住んでいた形跡もない。
とても、寂しい場所。
「こっちだ」
「あ、はーい」
ヴァイスについていき、小屋の中に入った。
中には古い調度品や、価値のありそうな骨董品などが置かれていた。
「……わぁ、凄い。これとか高価そうですよ」
「その辺は必要になったら売る。今のところは困ってないから置いてあるだけだ」
「へぇ……」
ルーカスは一つ一つ、置かれている物を見ていく。
雑に保管されているせいで食器類は欠けているものが多いが、それを差し引いても値打ちのある物ばかりだ。
「それで、どうだ。何か欲しいものはあるか」
「あ、そっか。えーっと……」
「俺は絵を描く道具とか詳しくないから分からないが……筆くらいならあるんじゃねーの」
「うーん、僕もちゃんとした道具を使ったことがないので詳しくないんですけど……筆とかあったら嬉しいですね」
珍しい置物や見たことのない楽器のようなものもある。見てるだけでも楽しいが、ここに来た目的を果たさなくては。
孤児院にいた時は紙と鉛筆で絵を描いていた。だから最低限、それくらいの道具があれば十分だ。
「お。これ、イーゼル……かな」
ルーカスは奥の方に埃をかぶっていたイーゼルを見つけた。
イーゼルがあるなら他にも画材があるのではないのかと近くを探してみた。
「……あ」
イーゼルの後ろに布の被ったキャンバスが数枚立て掛けてあった。
昔、孤児院の先生たちと街へ散歩に行ったときに見かけた画家のような絵が描けるかもしれない。そう思ったルーカスはキャンバスを手に取ってみた。
手前の数枚は白紙だったが、最後の一枚だけ何かが描かれていた。
「……っ!」
布を外し、描かれた絵を見てルーカスは息を飲んだ。
そこにいたのは、優しい笑顔を浮かべた美しい女性の姿だった。
まるでそこに彼女がいるのではと思わせるほど、繊細で書き手の想いは伝わってくるようだ。
「おい、どうした」
急に動かなくなったルーカスの様子を心配し、ヴァイスは後ろから覗き込んだ。
「……それ」
彼が見ていたキャンバス。そこに描かれたものに、ヴァイスは目を見開いた。
「…………母さん」
「え……この人、ヴァイスさんのお母さんなんですか?」
「ああ。でも、なんで母さんの絵なんかがこんなところに……」
「ご家族の誰かが描いたってことですか?」
「絵を描いてる奴なんか見たことない……いや、待て」
ヴァイスはルーカスの手からキャンバスを取り、その絵をよく見る。
間違いなく自分の母親の姿だ。だけど、記憶にある母を少し違う気がする。
「…………そうか。これは、俺が生まれる前だ」
「そういえば、この女性のお腹、少し大きく描かれてるように見えます」
「じゃあ、もしかしたらこれは……父親が描いたものか」
「ヴァイスさんのお父さん……じゃあ、お父さんの方が獣人だったんですか?」
ヴァイスは黙ったまま頷いた。
この絵の女性はどう見ても人間。となれば必然的に彼の父親が獣人。もしくは獣人の血を引いた人間だったということになる。
「俺は父親のことは知らない。俺が生まれる前に死んだらしいからな」
「そうなんですか……お母さん、とても綺麗ですね」
「……そうだな。母さんはオメガで、しかも体が弱かった。他のアルファに狙われることもあったらしい」
「アルファに? どうして……」
「母さんのフェロモンは人を引き寄せるものだったらしい。そのせいで父親と出会う前は結構酷い目にも遭ったと聞いた」
「…………酷い、目に……」
ルーカスは、自分の境遇を彼の母と重ねた。
オメガの辿る運命は、どの時代でも変わらない。いつでも冷遇されるしかないのだ。
自分の運命も、オメガとして生まれた時点で決まっていた。
「でも母さんは言っていた。父に出逢って救われたと。番になって、幸せだったって」
「番に……」
「ああ。母さんが言うには、父こそが運命の番だったとか」
「運命の番……本当に、いるんですか。そんなの」
「さぁな。でも、この絵の母さんは幸せそうだ」
そう言うヴァイスの表情は、とても優しかった。
運命の番。そんなもの、本当にあるのだろうか。
今まで沢山のアルファに出逢たのに、そんな相手はいなかった。
特別に思う相手なんか。
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