【BL】勇者推しの俺が何故か敵対する魔王に転生してました。

のがみさんちのはろさん

文字の大きさ
16 / 80
第一部

16話 「最初で最後の最大のワガママ」

しおりを挟む



 どうしよう。

 勇者と。エルと別れ、俺は魔王城に戻ってきた。
 部屋に戻る途中、リドに顔が真っ赤だと指摘されたけど適当にごまかしたような気がする。正直、頭の中がふわふわしてて何を話したか覚えてない。
 だって勇者が、俺の名前呼んだんだもん。勇者の名前を、エルの名前を呼んじゃったんだもん。そんなの落ち着けるわけがない。
 なんで俺、ちゃんと魔王として気持ち切り替えられなかったんだ。こんなことがみんなにバレたら大変なのに。こんな裏切り行為、許されるはずないのに。
 俺の、一之瀬伊織としての気持ちが勝ってしまった。
 ずっと憧れてた相手が目の前に、現実になって現れたんだ。こんな状況で理性なんてあってないようなものだろ。
 嬉しかったんだ。物凄く、嬉しくて仕方なかったんだ。エルが、俺を、一之瀬伊織を必要としてくれたことがどうしようもなく。
 ずっと我慢していた涙がさっきから止まらない。胸がぎゅっと締め付けられる感覚で息が苦しくなる。
 俺はベッドに突っ伏したまま、シーツに涙を零し続けた。

 今だけ。エルが違う街に行くことになったら、ちゃんと切り替えないと。
 じゃないと、俺は本当に魔王としてやれなくなる。リドたちを裏切りたくない。
 俺は戦わなきゃいけない。アイツが勇者である限り、それは変わらないんだ。

「……ごめん、みんな」

 少しだけ、許してほしい。
 俺に、もう少しだけ一之瀬伊織でいられる時間をください。
 勇者にはこの魔王城まで来てくれなきゃ困るんだ。勇者を倒すことで、俺はこの世界を統べる。この世界の希望を断つことで、魔物達の安全を守るんだ。
 それくらいしないと、きっと人間達は魔物を退治することを止めない。それは100年の歴史で分かってることだ。
 勇者という希望があるから、人間達は自分達の方が優位だと思ってる。だから倒さなきゃいけない。
 俺は、クラッドは、全てを平等にしたいんだ。
 異種族で争うことの無意味さを、知らしめなきゃいけない。

 だから今だけ。
 それに、エルには勇者でいてもらいたい。そうじゃなきゃ、アイツはまた昔みたいに虐げられる生活に戻ってしまうかもしれない。
 勇者である、という肩書がアイツを今生かしてる。
 アイツは、悲惨な過去を持っていても、人を守りたいって思っているんだ。そういうところが、人間達の希望に繋がっているんだろう。
 カッコいいな、勇者は。

 本当に、カッコいい。
 マジで何なの、あの人。あんな目で見られて断れるかよ。ズルいだろ、あれ。俺がどれだけ勇者のこと好きだと思ってるんだよ。あんな風に言われたら何でも言うこと聞いちゃいそうになる。
 あのキリッとした蒼い瞳。イケメンは卑怯だな。声も心地良い低音で頭の中は痺れるかと思った。ゲームでは有名声優がキャラクターボイス当ててるけど、実際に聞く声はちょっと違うように感じたな。もう最高にカッコいいことに変わりないんだけど。
 ヤバいな。落ち着いたらオタクモード全開になる。俺、ゲームにハマってから今まで見たことなかった二次創作とか手を出しちゃったりして、ネットでイラスト投稿サイトとかSNSとかでメッチャ漁ってたんだぞ。
 一目見れるだけで十分だったのに、まさか話し相手になるなんて思いもしなかった。
 短期間だけとはいえ、俺の心臓持つかな。

 エルが洞窟に来たら分かるように、あの場所に感知の魔法もかけておいた。
 俺らだけが分かる、秘密の空間。
 リドたちは俺の行動を特に気にする様子はない。クラッドであったときも結構自由にしていたっぽいから、何しても詮索はしないんだろう。それはクラッドに対する信頼があってこそ。それを俺は利用しちゃってるんだな。
 ゴメン、クラッド。俺、最低だよな。必死に言い訳ばかり探して、自分の都合のいいように持ってこうとしてる。
 魔王としてクラッドの意志を継いだつもりだったけど、勇者に出会ってしまったことで大きく揺らいでしまった。
 情けないな。カッコ悪い。エルはあんなに自分を追い詰めるほど頑張ってるのに。
 でも、一緒にいたいと願ってしまった。
 僅かな時間だけでもいいから、少しだけでいいから、一之瀬伊織の願いを叶えたい。
 最初で最後のワガママにするから。

 今だけ、エルを好きでいたい。


しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

異世界転生した双子は今世でも双子で勇者側と悪魔側にわかれました

陽花紫
BL
異世界転生をした双子の兄弟は、今世でも双子であった。 しかし運命は二人を引き離し、一人は教会、もう一人は森へと捨てられた。 それぞれの場所で育った男たちは、やがて知ることとなる。 ここはBLゲームの中の世界であるのだということを。再会した双子は、どのようなエンディングを迎えるのであろうか。 小説家になろうにも掲載中です。

悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました

水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。 原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。 「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」 破滅フラグを回避するため、俺は決意した。 主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。 しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。 「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」 いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!? 全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ! 小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

処理中です...