「とどいてますか」

のがみさんちのはろさん

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第25話 「むかしのはなし」

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 私はボロボロの家の中で、ボーっと座っていた。
 何もない。私も、何もない。

 私は本当に、何も知らないんだな。
 苓祁兄に教えてもらったこと以外は知らないし、知ろうともしなかった。鬼のこと、自分のこと、全然関心がなかった。
 今までずっと、こんな場所があることを知らなかったなんて。

「静か……だなぁ」

 ここは何だか時間が止まったみたいに静かだ。何の音もしない。
 ここにいると、何だか怖くなる。それなのに何で私はここから離れないんだろう。

「……さみしいなぁ」

 誰がここにいたのかな。
 ここで何があったのかな。
 私の知らない、鬼たちの話。苓祁兄はこの場所のこと知ってるのかな。苓祁兄は鬼の掟のこととかいっぱい教えてくれた。だとしたら、この場所のことだって知ってた可能性はある。
 じゃあ、何で黙っていたのかな。私が知ったらいけないことでもあるのか。
 私は知りたいよ。全部。何があったのか。

「……苓祁兄」

 ぼそっと呟くと、後ろで風の音がした。
 今回は気付けた。というか、気付かせてくれた。

「苓祁兄……」
「お前がここを見つけるとは思ってなかったよ」
「じゃあ……やっぱり苓祁兄は知ってたのか?」
「そりゃあ、お前より長く生きてるし」

 苓祁兄は私の隣に座って、小さく息を吐いた。

「ここは、ずっと昔に鬼たちが住んでいた集落だよ」
「……鬼は、一緒に暮らしていたの?」
「そうだよ。俺がお前に話した掟って言うのはほとんど嘘。お前にそう思わせるためのものだったんだ」

 なんでそんな嘘をつく必要があったんだろう。
 苓祁兄はよく私をからかうけど、意味のない嘘をつくような人じゃない。

「俺としては、お前には何も知らないまま鬼の里を離れてほしいと思ってた。ここでのことは、俺もあまり話したくなかったし……」
「苓祁兄……」
「……呉羽。お前は全て知りたいか?」
「……うん。私は、ちゃんと知りたい」
「そうか」

 苓祁兄が私の頭をそっと撫でてくれた。
 だって私は鬼の子なんだ。だからこそ、仲間たちのことをちゃんと知りたい。知らなきゃいけないと思う。

「……もう何十年、いや百年くらい前になるのかな。この鬼の里と人間の世界は結界で隔たれてはいなかったんだよ」
「え……」
「勿論、俺たちは人間よりも強い力がある。だから人間と関わるなって言うのは昔からあったよ。でも、あるとき人間の子供が迷い込んだんだ」

 苓祁兄は話を続けた。
 その子供と鬼の子供が仲良くなり、少しずつ鬼と人間は共存し合うようになった。鬼は人間に出来ないような力仕事を手伝ったり、人間は鬼には出来ないような細かな仕事を手伝ったりした。
 そうやって協力し合っていた。鬼たちはこのまま上手くやっていけると、そう信じていた。

 だけど、あるとき人間の子供が怪我をしてしまった。
 原因は森で遊んでいて転んだだけだった。だけど、人間は鬼が人の子を襲ったと思い、鬼たちを強く責めた。
 やっぱり鬼なんかと一緒には生きていけない。いつか殺されてしまうかもしれない。

 そう思った人間たちは、鬼の集落に火をつけた。
 遠くから猟銃で鬼たちを殺していった。
 そこにいる鬼たちを全員、亡き者にしようとした。

「……そんな」
「俺たちは大人たちに守られて、奇跡的に助かった唯一の生き残りなんだよ。まだ子供だった俺と、赤ん坊だったお前だけが生き残った」
「……なんで、そんな……鬼たちは、抵抗しなかったの?」
「しなかったよ。自分たちが本気を出せば人間なんて簡単に殺せてしまうけど、そうしなかった。鬼たちは、人間のことが好きだったから……怒らせてしまったのは自分たちにも非があると、受け入れてしまったんだ。こんな力があるせいで、仲良くしてくれた人間達を困らせてしまったと、後悔していた……」

 なんでそんな、悲しいことになってしまったんだ。
 何も悪くないのに。鬼も、人間も。どっちも臆病になっていたせいで、本当の意味で共存が出来なかったんだ。
 人間を傷付けることを恐れていた鬼。鬼の大きな力に脅えていた人間。
 種族が違うというだけで、こんな風になってしまうのか。

「……人間に襲われているとき、どうにか動けた鬼たちが集落の周りに結界を張ったんだ。この場所を隔離して、誰も入ってこられないようにした。そうすることで、残された俺達を守ろうとしたんだろうな」
「……だからここは、こんなにも音がなくて寂しいのか?」
「ああ。この場所は時間の流れがないからな……まぁ、時間が経っているせいか結界が弱まっているせいで、たまにだけど人間が紛れ込むこともあるけど」
「……うん。あのさ、苓祁兄はなんで人間の世界に行こうと思ったんだ? その話を知ってて、なんで……」
「逃げただけだよ。ここには昔のことを思い出したくなくて、必死に力をコントロールできるように努力して、人間の中に溶け込めるようにした」
「人間が嫌いにならなかったの?」
「別に。人間だって自分たちを守ろうとしただけだし、まぁ少しくらいは憎らしくも思うけど……だからって俺がそいつらを殺していっても何も救われないだろ。それに鬼たちは、自らを犠牲にすることで人間たちを守ったんだから……その思いを俺が無駄にするわけにはいかない」

 苓祁兄の言葉は難しいけれど、言いたいことは分かる。
 この話を聞いて、私も人間が嫌いになったわけじゃない。ただ、生まれた形が違っただけなんだ。
 だけど、やっぱり悲しいな。話し合うことが出来れば、もしかしたら争うこともなかったかもしれないのに。

「……お前に鬼は孤独であれって言ったのは、もう俺ら以外の鬼がいないことを知らせないためでもあるけど、人間の世界に出ても誰とも慣れ合わないようにするためだったんだよ。過去を繰り返すようなことがあったら嫌だし」
「そうだったんだ……」
「悪かったな。俺の気持ちを押し付けるようなことして」
「ううん。苓祁兄の気持ち、分かるよ」
「そうか。まぁ、この先お前がどうしたいのかはお前が決めろ。このままここで暮らしてもいいし、俺みたいに人間の中に混ざって生きてもいい。そこはお前の自由だ」
「うん……」

 苓祁兄はそう言って立ち上がった。
 私も一緒に立ち、一緒にこの場所を離れた。

 私、これからどうすればいいんだろう。
 何をしたいのかも分からないし、苓祁兄と違って私はここに嫌な思い出もない。離れなきゃいけない理由はない。

 私、何がしたんだろう。


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