上 下
15 / 26
1章

修行の成果

しおりを挟む
 
 三人が俺に弟子入りしてから一年が経った。
 俺も晴れて6歳となり、最近では母さんも俺の成長を認めてきたのか、勝手に外に出るのも問題なくなってきていた。

 それどころか、『あら、ヴァンちゃん、今日もお散歩? 怪我だけはしないようにね?』と言って送ってくれる始末だ。
 俺としては嬉しいが母さんよ、少し安心しすぎではないだろうか?
 もしかするとまだ暗示の効果が続いているのかもしれない。
 かなり丁寧に刷り込みはしたが、そろそろ切れてくるころだと思うのだが……まぁ嬉しい誤算と言う事にしておこう。

 そして、弟子たちも順調に成長している。
 あれから、あれから三人には肉体スペックの強化、精密な魔力運用と魔術使用の際の正確なイメージ、そして個々人の個性の伸長を念頭に置いて訓練を積ませてきた。

 その結果が……。


「はぁぁぁぁーーー!」


 レオはそんな激しい気合いの声を上げながらその手に持った剣を横薙ぎに振るう。
 彼の振るった一刀は彼を取り囲んでいた三体のゴブリンの体躯を綺麗に両断した。


 
「エリス!!」
「任せて!! 魔力回路マジックサーキット起動ブート!!」


 交わされる声。
 直後、切られた三体の後ろにいたゴブリンたちの中に、エリスはその身一つで突っ込んでいく。


「せいやッ!!」


 まるで空手家のような一声とともに、エリスは目の前のゴブリンに向かって綺麗な正拳突きを繰り出す。
 しかし、それは本来であれば唯の拳。
 通常であればその程度の攻撃は魔力で強力な力を得た魔物達に通用するはずがない。だが……


「グェッ!!」

 
 実際は鶏の首を絞めるかのような声とともに、ゴブリンは後方へその背後にいた何体かのゴブリンを巻き込みながら吹っ飛んで行った。

 
「今だよ!! ノアちゃん!!」
「了解よ!! ―――エア・バレット!」


 ノアが唱えたのは鍵言のみ、そこに呪文は存在しない。
 しかし彼女が意図した魔術は正常に発動する。

 風は彼女の眼の前に鋭い弾丸となって現れ、エリスが後方に吹き飛ばしたゴブリンをまとめて貫いた。

 気がつけば、俺が引きつけて集めた複数体のゴブリンは残さず地に倒れ伏していおり、三人はそいつらの姿を油断なく見つめていた。


―――これである。

 三人とも正直ありえないくらいの成長を遂げている。
 過去の俺が一か月かけて習得したような事を彼らは一週間で習得して行くのだ。
 その成長速度はすさまじい。

 今のゴブリンとの戦闘も彼らの力の一端にすぎない。
 本気を出せば更に凄い動きを見せてくれる事だろう。


「うん、上出来だ。
 三人ともかなりいい動きになってきたな」
「本当か! 師匠!!」
「いや、そりゃそうでしょうとも……あれだけ鍛えてきたのにこれで成長してなかったらもう心折れるわよ……」
「そうだね、ノアちゃん……。
 私たち、この一年頑張ってきたもんね……いや、本当に……」


 一人わいわい喜ぶレオをよそに、ノアとエリスの二人はどこか達観したような表情をしている。
 
 おかしいな……そんなに厳しくつもりはなかったんだが……せいぜい限界のその先を見せたくらいだ。


「ヴァン君、何を考えてるか知らないけど、たぶん今あなたの考えてることは確実に一般常識とはかけ離れてるわ」
「いやいや……別にそんなことは……」
「あるな」
「ありますね」
「……いや、そんな声をそろえて言わなくてもいいだろうに、ちょっと傷つくぞ?」


 いつの間にこんなことを言われるようになってしまったのだろうか……ってあ、最初からか。

 しかし、まぁ弟子の成長していく姿というのは存外見ていて嬉しいものだ。
 今の戦闘だけ見てもレオは魔術なしでも軽々とゴブリンを屠ることができているし、ノアも既に簡単な魔術なら鍵言のみで発動できるようになっている。

 そして、誰よりも目覚ましい成長を遂げたのは言うまでもなくエリスだ。
 どうやら既にだいぶ俺の教えた技術をものにできているらしいな。
 とはいっても、まだまだ荒いし、無駄も多いが、一年前の彼女を考えれば相当な成長だろう。

―――――俺がエリスに魔術回路の次に与えたもの、それは魔術回路を利用した格闘技術だ。

 【魔力格闘術マギクス・アーツ】、それが俺がエリスに教えた格闘術の名前である。
 まぁ名前こそ大仰なものの、実際はそこまで大したものではない。
 そも魔力というものは、全身に行き渡らせるだけでもある程度の強化能力がある。それを更に効率的かつ、効果的に運用したものを格闘術の中に取り込めばどうなるか? つまり、【魔力格闘術マギクス・アーツ】とは全身に通っている魔術回路を利用をし、その時々の状況に必要な部位を局所的に強化し闘う……そんな俺達魔術師にとってはなんてことない、当たり前のような技術だ。

 だが、エリスの場合にはこれが大きな効力を持ってくる。
 まず、その理由の一つとして、エリスの魔術回路の特性があげられる。
 というのも、同じ魔術回路でも俺とエリスのでは大きく違うのだ。というか、俺がそうした。
 どういうことかと言えば、そもそも、俺の魔術回路にはいくつかの魔術の記憶などが刻み込まれている。これにより、刻み込まれた魔術の発動を素早く、そしてより効率的に行うことができるようになっているのだが、その反面、純粋な魔力の通り道としての機能は少々劣化している。
 
 対して、エリスの魔術回路は余計なものを取り払い、純粋に魔力の通り道というその一点に特化させている。いわば彼女の回路は魔術回路ではなく魔力回路なのだ。それ故に、魔力を通すというその一点に関しては、俺の魔術回路よりも優れている。これによりエリスの魔術回路はより大くの魔力を行き渡らせることができるようになっているわけだが、これだけでも魔力による強化率はかなり違う。

 そして二つ目がエリス自身の魔力量だ。これは修行の中で気づいたのだが、エリスは先天的な魔力量がかなり多い。その量と言えば幼いころから魔力量を上げる修行を行ってきた俺に匹敵するレベルだ。下手をすれば魔力だけなら俺を超えている可能性すらある。つまり、エリスは元から強力なバッテリーを有していたということになる。無属性ということでその使い道も無かったようだが、魔力回路はその状況を一変させた。

 強力なバッテリーに、その力を十全に全身に行き渡らせる回路。そして、それを利用する技術が加わったことで、エリスは爆発的な成長を遂げ、非力であった少女は今やゴブリンをあしらえるまでになったのである。
 
 ま、なんて長々と述べたが、結局はエリス自身が頑張ったからなんだけどな。
 ここまでの修行が辛くなかったわけがない。
 もっとも、それはノアとレオも同じだ。それぞれが必死に努力したからこそ、今こうしてある程度の成果が出ているのだからな。


「思えば師匠と出会ってからのこの一年間……辛い日々だったぜ……」
「ある時は森を全力で駆け抜け、ある時は限界まで体を鍛えさせられて、またある時は倒れるまで組み手をさせられて……ほんと、良くやったよね、私達……」
「ええ、毎日魔力を枯渇させられ、慣れない魔法のイメージを強制的に植えつけられ、挙句の果てには戦闘における常識外の知識を大量に叩き込まれる始末……。
 何度自信を喪失しかけたか……」
「ははは、全くお前らも大袈裟だなぁ~~」
『―――大袈裟なんかじゃない(です)(だわ)ッ!!』


 いやいや本当にこのくらいでそんなこと言ってたらサーシャの特訓にはついてこれないぞ?
 あの人の鍛え方は基本地獄を見せることに重きを置いてるから三人にやった限界を超えるくらいじゃ済まない。実際俺も三途の川の途中までならいったことがあるくらいだ。

 あー綺麗だったな、あそこは……思わず渡ってしまいそうだったよ。
 ぎりぎりでサーシャに殴り起こされたけど……。
 う~ん、なんかサーシャの事思い出してたらむかついてきたな……。


「やばい、師匠がまたどこかにトリップしてる!!
 このパターンは……」
「ええ、確実にとんでもないことを言い出すわよ!
 エリス! 急いで現実に引き戻すのよ!!」
「了解!! 魔力回路マジックサーキット再起動リブート!!」
「うわッ!? 突然何をするんだお前ら!!」


 おいおい、魔力格闘術マギクス・アーツで攻撃してくるなんて、危ない所だった……。
 当たってたら無事じゃ済まないぞ!?


「よしっお前ら! いい度胸だ!!
 三人纏めて相手してやるからかかって来い、俺に一発も入れられなかったらダッシュ百本だ!」
「くそ、手遅れだったか!!」
「こうなったらやるしかないわ、行くわよ二人とも!」
「うぅ~もう走りたくないよぉ~~、死ぬ気で当てるもん!!」


 唐突に開始される組手、今ではこれが彼らの日常だった。
 因みに三人が俺に一撃入れたことは未だに無かったりする。

 この後、三人が倒れるまで走らされたのは言うまでもない。
しおりを挟む

処理中です...