戦国姫城主、誾千代の青春

万卜人

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第五章 急使

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 立花城内庭に、急使が通され、地面に片膝を突いて、誾千代を待ち受けていた。
 急使は、夜通し騎乗してきたと見え、髪はざんばらに、身につける着物は型崩れし、ぜいぜいと荒い息を吐いて、肩を揺らしていた。
 誾千代が縁台に膝を突くと、急使はげっそりと肉の落ちた頬を強張らせて、顎先を上げた。
「姫様に申し上げます! 水無月二日未明、京の本能寺において、織田右府様、明智日向守に討たれ、自害なされしよし……! この報せを、一刻も早く、丹生島城の宗麟殿と道雪殿に、お伝え下されますよう……!」
「何と申した……?」
 呆気に取られ、誾千代はつい、無意味な問いを発していた。
 急使は誾千代の問い掛けを、真っ正直に受け取り、先ほどの内容を、一言たがえず、繰り返した。報告し終わると、体力が尽きたのか、がっくりと上体を折り曲げ、前のめりに地面に倒れ込んだ。
 まさに青天の霹靂だった。
 急報に、誾千代の脳裏は、目まぐるしく回転した。
 織田信長が滅んだ……!
 あってはならない事態だった。殊に、大友宗麟を主君と仰ぐ戸次家にとっては。
 なぜなら、大友宗麟は、織田信長によしみを通じ、島津と一次的な和睦をしていた。圧迫を続ける島津に対し、和睦ではあるが、信長を後ろ盾とできた宗麟の手腕は、評価できる。
 しかし、織田信長が滅んだ今は、状況が一変した。
 天下は再び、大きく乱れるだろう。一旦は和睦を結んだ島津も、どう動くか、予想もつかない……。
「姫様、これから如何、計らいましょう?」
 誾千代の背後で、甚兵衛がおずおずと、質問を投げ掛けた。
 甚兵衛の心には、戸惑いの感情しか浮かんでいなかった。道雪は、今は丹生島城にいて、立花城を留守にしている。
「父上と、宗麟様へ、一刻も早く伝令を出すのじゃ! 何卒、立花城へ、お出ましを願うとな!」
 誾千代が矢継ぎ早に命令を下すと、行動の目当てができて、甚兵衛の顔に救われたような、表情が浮かんだ。
 すぐに実務者の顔つきになると、甚兵衛はさっと立ち上がり、誾千代に命令された内容を実現すべく、大声で部下たちに指示を飛ばし始めた。
「織田右府が死んだとな? これは一大事じゃわい!」
 背後から、辺りを憚らない甲高い声が聞こえ、誾千代はくるりと、振り向いた。彌七郎だった。
 口では「一大事!」と述べているが、顔は新しい玩具を見つけた幼児のような、無邪気な笑顔が弾けている。焦点が合っていない、双つの瞳は、まん丸に見開かれていた。
「右府が死んだ! 一大事、一大事……!」
 ぶつぶつ口の中で呟きながら、ひょこひょこと踊るような足取りで、誾千代に近づいてきた。
 誾千代は立ち上がり、彌七郎に向き直った。
「彌七郎殿、冗談事では、御座りませぬぞ。不謹慎でありましょう?」
 誾千代の言葉に、彌七郎は一瞬、不服そうな表情を浮かべた。が、それでも目をまともに合わせようとはせず、おどおどと俯き、両手を拱いていた。
「わ、儂はただ……戦が……」
 誾千代は、彌七郎の心を読んだ。
 彌七郎の想念には、日本全土の地図が浮かび上がり、無数の旗印が、各地で激突する様子が浮かんでいた。織田信長の死を耳にして、即座に以後の戦況を予想している。
 戦乱の予想に、彌七郎の心は沸き立っていた。想像の中で、彌七郎は一軍を指揮し、華々しい勝鬨を上げていた。
 彌七郎の想念に、無数の兵士たちの死体が浮かんで、誾千代は心を読む作業を中断させた。
 彌七郎の想念は、恐ろしく具体的で、秋月との戦いで実見した死体の映像が、生々しく浮かんでいた。浮かび上がる無数の死体からは、生臭い血潮の匂いすら、漂ってきそうだった。
 が、彌七郎の関心は、戦いではなさそうだった。彌七郎の顔つきに、何か問い掛けが浮かんでいる。
「ところで、何か御用で御座いますか?」
 彌七郎は「うん!」と子供のように頷くと、口を開いた。
「先ほど、丹生島城より、宗麟様を御呼び寄せると、聞こえたが……?」
 後は口を閉ざし、下から窺うような顔つきになった。
 誾千代は、彌七郎の質問に、軽く頷いた。
「左様で御座います。丹生島城では、赤間関より遠く御座いましょう? このような大事、より新たな報告を受けるため、立花城が相応しう考えますので、宗麟様に罷り越し願うので御座います」
「そうか!」
 彌七郎は、ぴょんと一つ床の上で跳ねると、そのままぴょん、ぴょんと兎のように飛び跳ねて誾千代から遠ざかった。
「戦じゃ! 戦じゃ!」
 甲高い声を上げ、きゃははは……と、大声で笑いながら、彌七郎はどこかへ消えていってしまった。
 誾千代は、ぐっと怒りを堪えた。
 なんという、お気楽で、お調子者の、聟殿だろう……。頭の中は、戦で一杯だ。
 誾千代は立ち尽くしたまま、自分の心を、立花城全域に広げていた。城内のあちらこちらから、不安な感情が立ち上っていた。
 織田信長死す! の報せは、瞬く間に、広がっていた。皆、額を寄せて、ひそひそ声でこの重大事を話し合っているらしい。
 立花城の全員が不安に一杯になっている中、誾千代の聟、彌七郎だけは、戦を待ち望んでいる。
 誾千代は、立花城を守る責任感が、どっしりと両肩に重く感じた。が、圧し掛かる重圧を、なぜか誾千代は、心地良く感じていた。
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