宇宙狂時代~SF宝島~

万卜人

文字の大きさ
14 / 107
掘り出された宇宙船

しおりを挟む
 浴室からビーチャが出ると、さっと数匹の妖精ブラウニーが出迎え、小麦色の肌にガウンを掛ける。化粧台に座ると、妖精は髪の毛に取り付き、手早く最新の髪型に纏め上げる。
 妖精はピグミー・マーモセットの遺伝子を改良し、愛らしい姿形を与え、有る程度の会話能力を持たされた流行のペットだ。人間には絶対服従で、生殖能力を制限しているから、繁殖行動に伴う反抗心も皆無である。
 ビーチャによる遺伝子デザインの成果である。妖精は洛陽シティのセレブたちに大歓迎を受け、デザイナーのビーチャには、膨大な権利料が入ってくる。
 ビーチャは遺伝子ジーンデザイナーなのだ。
 高級住宅街の、数百階建てのマンション屋上に、ビーチャは住まいを持っている。
 室内はすべて、ミューズ人によるデザインの家具で占められている。居間には同じくミューズ人芸術家の手による空間偏光彫刻のオブジェが、ゆっくりとした光の乱舞を見せていた。
 ミューズ人は芸術家であり、デザイナーである。絵画、音楽、演技など、ありとあらゆる芸術分野にミューズ人は活躍していた。
 逆に言うとミューズ人以外の芸術家は事実上、存在しない。ミューズ人の手によらない芸術作品、あるいはデザイン、音楽……そういった作品は〝ノー・ブランド〟であり、市場において相手にされないのだ。
 ソファに横座りになると、それまでベランダに立っていたもう一人のミューズ人の男性が室内に入ってきて、手にしたグラスを差し出した。
 それまでビーチャに群がり、なにくれと世話を焼いていた妖精たちが男性の入室でさっと四方に散り、大人しく自分たちに用意された控えの窪みに戻る。
 男性は黒檀のような黒い肌をしている。
 がっしりとした逞しい身体つき、顔は男性の理想形といっていいほどハンサム。この男性もまた、ミューズ人である。
 礼を言ってビーチャはグラスを受け取り、唇に近づけた。火照った頬に冷たいグラスが心地よい。
 ミューズ人の男性は口を開いた。
「結婚を申し込まれたんだって?」
 男性の口許には面白がっているような笑みが浮かんでいる。
 ビーチャは首を小さく振った。
「その話は、よしにして、アラン……」
 アランと呼ばれたミューズ人男性の眉が持ち上がった。
「なぜだい? 原型の……確かジムという男の子だったな。それが、ミューズ人の女性に結婚を申し込むなんて、そうあることじゃない。興味津々なんだ、僕は。なんでもジム君とやらは、君に宇宙船を手に入れると大見得を切ったそうだね」
「あたしは断ったわ。それでいいでしょう。もう、この話は止めにしましょう」
 ビーチャの声には憂鬱そうな響きが込められている。アランはちょっと肩を竦めて再びベランダに出た。
 夜が迫って、濃いプルシャン・ブルーに染まった夜空には星が輝き出している。
「宇宙船か! 原型の人間が宇宙船を所有するなんて、考えられんよ!」
 空を見上げるアランは眉を寄せた。
「ありゃ、なんだ……!」
 アランの声にビーチャは顔を上げた。
 きい──ん……
 甲高い音が近づいてくる。ビーチャの住まいに一隻の宇宙船が接近してくる。
 驚いて、ビーチャはベランダに歩み寄った。アランが側に立つと、ビーチャの肩を抱いた。
 反重力場による気流の乱流がビーチャのガウンの裾を翻させる。形のいい両足が剥き出しになった。
 宇宙船はベランダに着陸し、ハッチが開くと、ジムが上半身を乗り出した。
「ビーチャ! おれは約束どおり、宇宙船を手に入れたぜ!」
 宇宙船のモーターの音に負けないよう大声を張り上げたジムは、ビーチャの隣に立つアランを見て顔色を変えた。
「ビーチャ、そいつは、なんだ?」
 アランは叫び返した。
「君がジムか! お初にお目にかかる。僕はアラン! ビーチャの婚約者だ!」
 ジムは仰天した。
「婚約者!」
 ビーチャはアランの顔を見上げた。
「アラン……あなた?」
 アランは笑顔でビーチャに答える。
「どうした、ビーチャ。僕では不足かい?」
 さっとビーチャは俯いた。
 その様子を見て、ジムは怒りの表情を浮かべる。口許が、きりきりきりと引き結ばれた。
「そうか……よおく判った! 君の幸せを祈ってるさ!」
 言葉は祝福を送るものだが、怒号していた。ばたんと音を立てハッチを閉める。
 再び宇宙船は甲高いモーターの音を立てて宙に浮かんだ。と見るや、あっという間に飛び去った。
 見送ったアランは、ほっと溜息をつき、ビーチャに言葉を掛ける。
「やれやれ、本当に手に入れるとは、驚いた原型の男の子だな」
 ビーチャは飛び去った宇宙船を無言のまま、じっと見つめていた。
 アランはあやふやな動作でビーチャの肩を抱いた手を離した。キスをしようと顔を近づけたが、ビーチャが応じる気配がないので諦める。その動作の一つ一つが、まるで芝居でも演じているように決まっていた。
 ミューズ人は決して、どんなときでも格好の悪いことはしない。できないのだ。そう、遺伝子に書き込まれているのだから。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...