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三郎太の巻
一
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熱風が真正面から吹きつけ、埃を舞い上げる。
空気は乾ききっていた。
街道のまわりの畑の地面は罅割れ、あちこちにしぶとい生命力を持つ雑草が顔を出していたが、それらもすべて黄色く枯れ果て、より一層の荒廃を強調しているかのようだ。
ぎー、がちゃん……
ぎー、がちゃん……
軋み音を立て、一台の耕運機が乾ききった大地をゆっくりと動いていく。その後ろを、疲れ切った顔をした農夫が梶棒を持って歩いている。畑を耕しているのだ。
地面は無残に罅割れ、耕作行為そのものが無為としか思えない。それでも執念に突き動かされてでもいるのか、農夫は無心に畑の土を掘り返していた。
そのうち耕運機は咳き込むような音を立て、動かなくなった。農夫は諦め切った様子で、呆然と立ち尽くしている。
日照りであった。
「これは、酷い……」
蓑笠を押し上げ、源二はつぶやいた。
背後を歩いていた時姫は、源二が立ち止まったのに気付き、足を止める。源二と肩を並べ、周囲の様子に目を止めた。
時姫もまた、日差しを避けるための笠を被っている。手には源二が枝から折り取った杖を持っていた。
「噂では聞いていましたが、これほどとは思っても見ませんでした……」
衝撃を受けている様子で、目にうっすらと涙が浮かんでいる。
源二は首を振ると、再び歩き出す。時姫はその背中に声を掛けた。
「源二……。なぜこのような有様になったのであろうか? もしや天の怒りか?」
「そうではござりませぬ」と源二は、憂鬱さを隠せずに答えた
「あれをご聾じあれ」
肘を挙げ、遠くの山脈を指差した。
遠霞に、威狛の山々が連なりを見せている。
「あの山々の向こうは海になりもうす。冬になると海からの風は山の上で雪雲を作り、山の頂上に雪を降らせます。その雪は春になれば溶け、山中を伝い、やがてこの辺りの畑を潤す川の水となりもうす。しかし、この冬はあまり雪が積もりませぬ。従って、ここいらを潤す川の水も足りず、夏になって火照りと成り果てもうした……」
言葉を切り、ぐっと拳を固める。次に口を開いたときは、口調に怒りが籠められていた。
「日照りになることは、判りきっておったのでござる! 御所の役人どもは、すでに春先から報告を受けておったはずじゃ。なのに、のうのうと知らんぷりを決め込んでおったのじゃ! 少しでも民を哀れと思し召しなら、なんとかできたはずじゃのに……」
時姫は源二の口調に唇を微かに震わせた。目が驚きのあまり、一杯に見開かれている。
それを背中で感じとっていた源二は、つい憤然となった自分に後悔していた。
時姫の前では、いや、どんな相手でも、源二は怒りの表情を剥き出しにすることはない。いつも、陽気で快活な自分を演出していたのである。
が、あの呆然と立ち尽くしていた農夫の姿に、つい幼いころ目にした父親の姿が姿が重なり、怒りの感情を抑え切れなかった。
実を言うと、源二はこの近在の百姓の息子であった。まだ幼児のころ、これと同じような日照りが見舞い、飢えが村を襲ったのである。水争いが起き、その争いで父親、兄、親類一同が次々と殺され、源二は孤児となった。
孤児となった源二を引き取ってくれたのが、京の御所で雑掌となっていた、義理の父親である。父親代わりの侍は源二に奇門遁甲の術を授けてくれ、さらには北面の武士に推薦すら、してくれたのである。
これでは、沢山の人間が死ぬなあ……。
そういう場面をこの目で見て知っているだけに、源二は何も言えず黙々と歩いていた。同情すら思い上がりである、と考える。だから、何も言えぬ。
空気は乾ききっていた。
街道のまわりの畑の地面は罅割れ、あちこちにしぶとい生命力を持つ雑草が顔を出していたが、それらもすべて黄色く枯れ果て、より一層の荒廃を強調しているかのようだ。
ぎー、がちゃん……
ぎー、がちゃん……
軋み音を立て、一台の耕運機が乾ききった大地をゆっくりと動いていく。その後ろを、疲れ切った顔をした農夫が梶棒を持って歩いている。畑を耕しているのだ。
地面は無残に罅割れ、耕作行為そのものが無為としか思えない。それでも執念に突き動かされてでもいるのか、農夫は無心に畑の土を掘り返していた。
そのうち耕運機は咳き込むような音を立て、動かなくなった。農夫は諦め切った様子で、呆然と立ち尽くしている。
日照りであった。
「これは、酷い……」
蓑笠を押し上げ、源二はつぶやいた。
背後を歩いていた時姫は、源二が立ち止まったのに気付き、足を止める。源二と肩を並べ、周囲の様子に目を止めた。
時姫もまた、日差しを避けるための笠を被っている。手には源二が枝から折り取った杖を持っていた。
「噂では聞いていましたが、これほどとは思っても見ませんでした……」
衝撃を受けている様子で、目にうっすらと涙が浮かんでいる。
源二は首を振ると、再び歩き出す。時姫はその背中に声を掛けた。
「源二……。なぜこのような有様になったのであろうか? もしや天の怒りか?」
「そうではござりませぬ」と源二は、憂鬱さを隠せずに答えた
「あれをご聾じあれ」
肘を挙げ、遠くの山脈を指差した。
遠霞に、威狛の山々が連なりを見せている。
「あの山々の向こうは海になりもうす。冬になると海からの風は山の上で雪雲を作り、山の頂上に雪を降らせます。その雪は春になれば溶け、山中を伝い、やがてこの辺りの畑を潤す川の水となりもうす。しかし、この冬はあまり雪が積もりませぬ。従って、ここいらを潤す川の水も足りず、夏になって火照りと成り果てもうした……」
言葉を切り、ぐっと拳を固める。次に口を開いたときは、口調に怒りが籠められていた。
「日照りになることは、判りきっておったのでござる! 御所の役人どもは、すでに春先から報告を受けておったはずじゃ。なのに、のうのうと知らんぷりを決め込んでおったのじゃ! 少しでも民を哀れと思し召しなら、なんとかできたはずじゃのに……」
時姫は源二の口調に唇を微かに震わせた。目が驚きのあまり、一杯に見開かれている。
それを背中で感じとっていた源二は、つい憤然となった自分に後悔していた。
時姫の前では、いや、どんな相手でも、源二は怒りの表情を剥き出しにすることはない。いつも、陽気で快活な自分を演出していたのである。
が、あの呆然と立ち尽くしていた農夫の姿に、つい幼いころ目にした父親の姿が姿が重なり、怒りの感情を抑え切れなかった。
実を言うと、源二はこの近在の百姓の息子であった。まだ幼児のころ、これと同じような日照りが見舞い、飢えが村を襲ったのである。水争いが起き、その争いで父親、兄、親類一同が次々と殺され、源二は孤児となった。
孤児となった源二を引き取ってくれたのが、京の御所で雑掌となっていた、義理の父親である。父親代わりの侍は源二に奇門遁甲の術を授けてくれ、さらには北面の武士に推薦すら、してくれたのである。
これでは、沢山の人間が死ぬなあ……。
そういう場面をこの目で見て知っているだけに、源二は何も言えず黙々と歩いていた。同情すら思い上がりである、と考える。だから、何も言えぬ。
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