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上総ノ介の巻
二
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破槌城には、広大な地下室があった。
普通、地下室は兵糧や武器を備蓄したり、あるいは敵の捕虜などを監禁するために存在する。それゆえ薄暗く、狭い。
しかし、破槌城の地下室ばかりは破格の規模であった。
天井は高く、広々としている。部屋の大きさは、大広間と比べて、少しもひけをとらない。
その地下室には、奇妙な機械が鎮座していた。
材質は木造で、移動させるための車輪と、操作するための棒が突き出している。太い木造の腕が突き出し、それには太い綱が幾重にも巻き付いていた。
投石器であった。
上総ノ介と藤四郎が姿をあらわすと、投石器の陰から一人の男が素早く立ち上がり、出迎えた。
襞のついた襟飾り、長袖、襦袢のような下穿き。足には革靴を履いている。
南蛮人であった。
長い手足をした、痩せこけた男だった。現れた上総ノ介に対し、南蛮人はぎろりと視線を送る。
鳶色に近い瞳は、地下室を照らす火明かりに猫の目のように光った。南蛮人は、狂弥斎と自称していた。それが本名なのかどうなのか判らない。
「これがそうか、そちの申しておった──」
言いかけその名称を度忘れしたらしく、苛々した表情になる。それを見てとり、南蛮人は言い添えた。
「回々砲にてございます」
「妙な名前じゃの?」
「もともとは回族が発明いたしました攻城砲でございました。唐土では、これを当地の呼び方に倣い、回々砲と呼びならわします」
「動かせるのか?」
南蛮人は頭を下げた。肯定の仕草であろう。
「見たい! 動かしてみよ!」
「一人では無理です。傀儡がなければ」
「なぜじゃ?」
上総ノ介は、見る見る不機嫌になる。
傀儡は現在は出払っている。城の建造の時は、どこにでもいたのだが、今は領内の様々な工事に散らばっている。
「この投石器は強い力で岩や弾丸を打ち出しますが、あの腕を引くためには人間の膂力では動かせません。それに外に出すのにも、傀儡の力でなくては……」
南蛮人は上総ノ介の機嫌を損なわないよう汗を掻いていた。急に狡猾な表情が浮かぶ。
「それに、もう一つ……上様のご提案にあった懸案でございますが……」
上総ノ介の目が輝いた。
「できるのか?」
狂弥斎はまた頭を下げる。
「見通しが立ちました。来月にはなんとか……」
「そうか、そうか!」
上総ノ介は打って変わって上機嫌になった。投石器に近づき、ぺたぺたと平手で触る。
ふっ、と南蛮人を見返り、口を開いた。
「それにしても、そちは妙な南蛮人じゃの。余は京で幾人も南蛮人を見かけたが、きゃつらは余の知識を求める要請に対し、にべもなく断ってきよった。きゃつらの申し状によると、それは規律に反するとか申す。何の規律かと尋ねると、それを教えることも反すると言って済ましておる。まことに怪しからぬ! じゃが、そちは……」
面白がる表情になる。
「進んで余に近づき、余が天下布武をするに必要な方法を教えて進ぜると申す。あの楽市楽座、各地に代官を置くなど、いろいろ入れ知恵をしてくれたわ。おかげで余の天下布武は、大いに進んだ……さらに、このような武器も造ると申す。いったい、そちの狙いはなんじゃ?」
狂弥斎は、うっすらと笑った。
「上様が天下統一をなされるのを見届けるのが、わたしの目的なのです。それ以外、存念はございません」
木本藤四郎は口をへの字に曲げ、不審そうな目つきで投石器を見上げている。不意に南蛮人に顔を向け、口を開いた。
「わしが耳にしたところによると……そちら南蛮人は、いろいろな武器を持っているそうな。同期位相光束発射装置とか申したようじゃが……。それを上様に献上しようとは思わぬのか?」
狂弥斎は大きく首を振った。
「そのような武器が戦場に使われたら、たちまち、わたしの介入が判ってしまいます。この投石器は、あなたがたの技術でも製作できるものなので、わたしの介入はバレません。上様にさまざまな知識を伝えることは、本来は禁じられているのですよ。それを重々お忘れなく」
上総ノ介は悪戯っぽい顔つきになった。
「藤四郎、今、妙案を思いついた。そちは、この投石器を持って、明日、甚左衛門と共に河童淵へ向かえ! 最初の試し射ちを任せる」
藤四郎は、ぎょっと腰を抜かしそうな表情になった。
普通、地下室は兵糧や武器を備蓄したり、あるいは敵の捕虜などを監禁するために存在する。それゆえ薄暗く、狭い。
しかし、破槌城の地下室ばかりは破格の規模であった。
天井は高く、広々としている。部屋の大きさは、大広間と比べて、少しもひけをとらない。
その地下室には、奇妙な機械が鎮座していた。
材質は木造で、移動させるための車輪と、操作するための棒が突き出している。太い木造の腕が突き出し、それには太い綱が幾重にも巻き付いていた。
投石器であった。
上総ノ介と藤四郎が姿をあらわすと、投石器の陰から一人の男が素早く立ち上がり、出迎えた。
襞のついた襟飾り、長袖、襦袢のような下穿き。足には革靴を履いている。
南蛮人であった。
長い手足をした、痩せこけた男だった。現れた上総ノ介に対し、南蛮人はぎろりと視線を送る。
鳶色に近い瞳は、地下室を照らす火明かりに猫の目のように光った。南蛮人は、狂弥斎と自称していた。それが本名なのかどうなのか判らない。
「これがそうか、そちの申しておった──」
言いかけその名称を度忘れしたらしく、苛々した表情になる。それを見てとり、南蛮人は言い添えた。
「回々砲にてございます」
「妙な名前じゃの?」
「もともとは回族が発明いたしました攻城砲でございました。唐土では、これを当地の呼び方に倣い、回々砲と呼びならわします」
「動かせるのか?」
南蛮人は頭を下げた。肯定の仕草であろう。
「見たい! 動かしてみよ!」
「一人では無理です。傀儡がなければ」
「なぜじゃ?」
上総ノ介は、見る見る不機嫌になる。
傀儡は現在は出払っている。城の建造の時は、どこにでもいたのだが、今は領内の様々な工事に散らばっている。
「この投石器は強い力で岩や弾丸を打ち出しますが、あの腕を引くためには人間の膂力では動かせません。それに外に出すのにも、傀儡の力でなくては……」
南蛮人は上総ノ介の機嫌を損なわないよう汗を掻いていた。急に狡猾な表情が浮かぶ。
「それに、もう一つ……上様のご提案にあった懸案でございますが……」
上総ノ介の目が輝いた。
「できるのか?」
狂弥斎はまた頭を下げる。
「見通しが立ちました。来月にはなんとか……」
「そうか、そうか!」
上総ノ介は打って変わって上機嫌になった。投石器に近づき、ぺたぺたと平手で触る。
ふっ、と南蛮人を見返り、口を開いた。
「それにしても、そちは妙な南蛮人じゃの。余は京で幾人も南蛮人を見かけたが、きゃつらは余の知識を求める要請に対し、にべもなく断ってきよった。きゃつらの申し状によると、それは規律に反するとか申す。何の規律かと尋ねると、それを教えることも反すると言って済ましておる。まことに怪しからぬ! じゃが、そちは……」
面白がる表情になる。
「進んで余に近づき、余が天下布武をするに必要な方法を教えて進ぜると申す。あの楽市楽座、各地に代官を置くなど、いろいろ入れ知恵をしてくれたわ。おかげで余の天下布武は、大いに進んだ……さらに、このような武器も造ると申す。いったい、そちの狙いはなんじゃ?」
狂弥斎は、うっすらと笑った。
「上様が天下統一をなされるのを見届けるのが、わたしの目的なのです。それ以外、存念はございません」
木本藤四郎は口をへの字に曲げ、不審そうな目つきで投石器を見上げている。不意に南蛮人に顔を向け、口を開いた。
「わしが耳にしたところによると……そちら南蛮人は、いろいろな武器を持っているそうな。同期位相光束発射装置とか申したようじゃが……。それを上様に献上しようとは思わぬのか?」
狂弥斎は大きく首を振った。
「そのような武器が戦場に使われたら、たちまち、わたしの介入が判ってしまいます。この投石器は、あなたがたの技術でも製作できるものなので、わたしの介入はバレません。上様にさまざまな知識を伝えることは、本来は禁じられているのですよ。それを重々お忘れなく」
上総ノ介は悪戯っぽい顔つきになった。
「藤四郎、今、妙案を思いついた。そちは、この投石器を持って、明日、甚左衛門と共に河童淵へ向かえ! 最初の試し射ちを任せる」
藤四郎は、ぎょっと腰を抜かしそうな表情になった。
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