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水虎の巻
四
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濛々とした湯気に水虎の像は聳えている。
昼間の光に見る水虎の像は、ただの岩の塊にしか見えない。
雪崩れ落ちる瀑布に、像の足下から湧き上がる湯気が加わり、あたりにはむっと咽せるほどの熱気が籠もっていた。
たちまち河童たちの全身は、びしょ濡れになってしまう。
しかし、水に濡れることは河童は平気である。閉口するのは、熱気と硫黄の匂いのほうだ。居心地が悪そうに、河童たちはもじもじとしていた。
長老は水虎像を見上げた。それから、ゆっくり目を閉じる。
河童たちは息を呑み、しんと静まりかえっている。
ゆっくりと長老は両腕を上げた。
「お〝声〟をお聞かせ下され……水虎さま……」
そのまま、じっと立ち尽くす。
どうどうという水飛沫の音だけが響いている。
周りで見ている河童たちの目は、疑い深そうに時太郎に集中していた。
(こんな奴に、水虎さまが話し掛けられたはずがない……)
と、河童たちは、びくりと飛び上がった。
──時太郎よ……旅立つのだ……
深い、水の底から湧き上がる泡のような、ぼこりとした〝声〟が頭の中に響く。
河童たちは一斉に水虎像を見上げた。
「み……見ろ……水虎さまが……!」
そこには、もはや岩の塊はなかった。
ざあざあと滝の飛沫を浴びる、巨大な河童が立っている。灰色がかった緑色――錆青磁色の皮膚、ぺたりと頭の皿を取り巻く髪の毛、ゆっくりと巨大な河童は、その場にいる河童たちを眺めていた。
河童たちは次々に跪き、手を合わせ拝んでいる。
長老は目を見開いた。
「おお……! 水虎さまがお姿をお現し下さった! なんと言うことじゃ……」
──苦楽魔へ行くが良い……天狗に会うのだ。そして、仲間を探せ……
そこで、ふっつり気配は消えた。水虎像は元の岩の塊に戻った。
あまりの驚きに、河童たちは全員、ぼけっと突っ立っているだけだった。口がぽかんと、阿呆病に罹患したかのように開いている者もいる。
さっと長老は、時太郎に向き直った。長老の目は真剣である。
「聞いたであろう。時太郎よ、お前は苦楽魔へ行かねばならぬ!」
「苦楽魔……?」
時太郎は聞き返した。初めて聞く地名である。長老は、確固としてうなずいた。
「そうじゃ、苦楽魔には天狗の一族が住み着いておる。天狗と我ら河童は、古い盟友なのじゃ! 水虎さまの仰せに従い、お前は、そこへ行かねばならぬぞ」
髭をなでる。考え深そうな表情が浮かんでいる。
「それにしても今度のことといい、何事か我ら河童の……いや、もしかしたら、この世の総てが変わり行く兆しなのかもしれんな。そしてその中心にいるのが、お前なのかもしれぬ」
「おれが?」と時太郎は自分を指さした。
とても信じられないことだった。
時太郎は父親の三郎太を見た。
三郎太は、なにか自分だけの考え事に浸っているようで、全く時太郎を見てはいない。
また父親が遠ざかったみたいだった。
昼間の光に見る水虎の像は、ただの岩の塊にしか見えない。
雪崩れ落ちる瀑布に、像の足下から湧き上がる湯気が加わり、あたりにはむっと咽せるほどの熱気が籠もっていた。
たちまち河童たちの全身は、びしょ濡れになってしまう。
しかし、水に濡れることは河童は平気である。閉口するのは、熱気と硫黄の匂いのほうだ。居心地が悪そうに、河童たちはもじもじとしていた。
長老は水虎像を見上げた。それから、ゆっくり目を閉じる。
河童たちは息を呑み、しんと静まりかえっている。
ゆっくりと長老は両腕を上げた。
「お〝声〟をお聞かせ下され……水虎さま……」
そのまま、じっと立ち尽くす。
どうどうという水飛沫の音だけが響いている。
周りで見ている河童たちの目は、疑い深そうに時太郎に集中していた。
(こんな奴に、水虎さまが話し掛けられたはずがない……)
と、河童たちは、びくりと飛び上がった。
──時太郎よ……旅立つのだ……
深い、水の底から湧き上がる泡のような、ぼこりとした〝声〟が頭の中に響く。
河童たちは一斉に水虎像を見上げた。
「み……見ろ……水虎さまが……!」
そこには、もはや岩の塊はなかった。
ざあざあと滝の飛沫を浴びる、巨大な河童が立っている。灰色がかった緑色――錆青磁色の皮膚、ぺたりと頭の皿を取り巻く髪の毛、ゆっくりと巨大な河童は、その場にいる河童たちを眺めていた。
河童たちは次々に跪き、手を合わせ拝んでいる。
長老は目を見開いた。
「おお……! 水虎さまがお姿をお現し下さった! なんと言うことじゃ……」
──苦楽魔へ行くが良い……天狗に会うのだ。そして、仲間を探せ……
そこで、ふっつり気配は消えた。水虎像は元の岩の塊に戻った。
あまりの驚きに、河童たちは全員、ぼけっと突っ立っているだけだった。口がぽかんと、阿呆病に罹患したかのように開いている者もいる。
さっと長老は、時太郎に向き直った。長老の目は真剣である。
「聞いたであろう。時太郎よ、お前は苦楽魔へ行かねばならぬ!」
「苦楽魔……?」
時太郎は聞き返した。初めて聞く地名である。長老は、確固としてうなずいた。
「そうじゃ、苦楽魔には天狗の一族が住み着いておる。天狗と我ら河童は、古い盟友なのじゃ! 水虎さまの仰せに従い、お前は、そこへ行かねばならぬぞ」
髭をなでる。考え深そうな表情が浮かんでいる。
「それにしても今度のことといい、何事か我ら河童の……いや、もしかしたら、この世の総てが変わり行く兆しなのかもしれんな。そしてその中心にいるのが、お前なのかもしれぬ」
「おれが?」と時太郎は自分を指さした。
とても信じられないことだった。
時太郎は父親の三郎太を見た。
三郎太は、なにか自分だけの考え事に浸っているようで、全く時太郎を見てはいない。
また父親が遠ざかったみたいだった。
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