河童戦記

万卜人

文字の大きさ
54 / 124
苦楽魔{くらま}の巻

しおりを挟む
 時太郎とお花の後から、烏天狗の翔一は苦楽魔を振り返り振り返り、息をぜえぜえはあはあ切らせながら従いてくる。足下は草鞋わらじである。
 なんでも一本歯の下駄は、平衡バランスを取るのが非常に難しく、一人前の天狗にならないと、派手にけるばかりで、履けないものなのだそうだ。大天狗に渡された小さな葉団扇を大事そうに帯に挟んでいる。
 空はとっぷりと夕暮れで、苦楽魔の辺りからは仄かに火明かりが点々と灯っているのが見えるだけになっていた。
 必死に従いてくる翔一の足取りは、時太郎が見ても危なっかしい。履いているのが草鞋にも関わらず、しょっちゅう躓いたり、ずるっと滑らせたりして、数度となく尻餅をどでっと無様につ搗いて、時太郎とお花に助けられている。
「ねえ、やっぱり、あいつ一緒に連れてきて、大丈夫?」
 お花が時太郎に囁いた。時太郎は小さく舌打ちした。
「しかたないよ、もう決まったことだ!」
「でも、あんな調子で、少しは役に立つのかな?」
 歩みは翔一の鈍足のせいで、かなり遅れていた。
 聞こえないよう小声で話していたのだが、翔一は察していたのだろう。泣き出しそうな顔になって、ぺこりと頭を下げた。
「あいすいませぬ! このような半人前のわたくしを旅の道連れとして加えて頂きましたが、これではお二人の足手まといになるばかり……やはり苦楽魔に戻り、別の天狗を呼んできたほうがよさそうに思います」
 時太郎は手を振り「よせよ!」と叱った。まったく面倒な奴である。
 その内、翔一は見るからに疲れきり、足がもつれ、倒れるようにして、へたりこんだ。しかたなく、時太郎は野宿にすることにした。
 といっても、そこらの平坦な場所の木陰に、ごろ寝するだけのことだ。二人の横に翔一は、筋肉痛が酷いのか、呻き声を上げながら寝ころんだ。
 空を見上げると、星空が見えてくる。
 その星空を見上げた時太郎は、ふと苦楽魔の天儀台と呼ばれた部屋で見た星空を思い出した。
「あの天儀台って部屋の星空は、この星空と同じなのかな?」
「ああ、あの星空はこの惑星から見た星空ではないのです。地球と申す、この惑星から遙か何百秒差距パーセクも遠く離れた場所から見た星空なのだそうです」
 翔一の予想外の答に、時太郎は「えーっ?」と顔を上げた。
「そりゃ、どういう意味?」
「わたくしにも良く判りません。ですが、この世界は惑星と申す球体のような世界で、昼間に見るお日様の周りを回っているそうなのです。お日様の周りを一年かけて回り、それが一年の暦となっているのです。天狗はその暦を作成するのが仕事なのです」
「それで、地球ってのは、なんだい?」
「地球とは、光の速さでも何十年も、いや、何百年何千年も掛かるほどの遠くにある世界で、そこからこの惑星に人々が天翔る船スペースシップに乗ってやってきて、現在のような世界を作ったと言われております」
 星空を見上げる翔一の口調が楽しげなものに変わった。
「時太郎さん、お花さん。わたくしは、京の都に行くのが楽しみなのですよ。なんでも聞くところによれば、京の翔遡宇院しょうそういんという博物館には、古い記録が途轍もなく沢山の量、残っているそうなのです。わたくしは、そういった古記録を一目、見てみたい! 古い暦の記録とか、色んな物があるでしょうね……」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...