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キャリー

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 春のうららかな日差しが、アスファルトに踊っている。道路の両側には草むらがしげり、そこからにょっこりと一匹のヒキガエルが顔をのぞかせた。
 ヒキガエルはアスファルトの路面に鼻先をつきだし、しばらく立ち止まっていた。路面の向こうにはきらきらと輝く水面が見えている。
 どうしようか、道路を突っ切り反対側に見える水面を目指すか、それともこのままでいようか、ヒキガエルは迷っているようだった。
 しかし日差しはこれから強くなり、ヒキガエルの肌はどんどん乾燥していく。かれは水を欲していた。
 のたり、ヒキガエルは一歩を踏み出した。アスファルトの温度はまだそれほど上がってはいない。充分、水面まで耐えられる。
 のたり、のたりとヒキガエルは二車線の道路を横断するという旅に出た。
 ほぼ半分まで旅したとき、はるかな地平線の向こうから一台のスポーツカーが猛然と接近してきた。真っ赤な塗装の、最新型である。
 
 ぶあんっ!
 
 スポーツカーのタイヤは一瞬にしてヒキガエルを踏み潰していた。あわれヒキガエルは冬眠からさめた最初の朝にひき殺されていたのである。
 スポーツカーには三人の男女が乗り込んでいる。女ひとりに、男がふたりである。
 男ふたりは黒いスーツの上下に、黒い中折れ帽、白いシャツに細身の黒いネクタイ。足もとは黒のエナメル靴に顔には真っ黒なサングラスといういでたち。服装はおなじだが、体型は正反対だ。
 背が低く、むっちりと太ったほうは助手席にすわり、ひっきりなしにタバコをふかしている。
 ハンドルを握るのは対照的に痩せているほうだ。長い手足を窮屈そうにおりまげ、運転席に座っている。
 後部座席にすわる女は年のころ二十代後半か、三十代はじめころか。年令を推測するのが難しい美貌の持ち主である。ほっそりとした身体にぬけるような白い肌をしている。髪の毛はいわゆるプラチナ・ブロンドというやつで、それをアップにして後頭部でまとめている。
 三人は哄笑していた。
 いや、正確にはふたりである。
 太った男と女は口を開け、高笑いをしていたが、痩せた男はむっつりと押し黙り、ハンドルを生真面目に握ったままだ。しかし機嫌が悪いわけではなさそうで、つまり極端に無口なだけだろう。
「姐御! まったくうまくいきましたね。こんな稼ぎは何年ぶりだろう」
 太った小男は後部座席に首をねじまげるように顔を向け甲高い声をかけた。
「なに言ってんだい! あたしの計画に間違いはないんだ。しかし思ったより稼ぎがあったねえ……どうだい、このお宝の山!」
 そう言うと女は後部座席に山と詰まれた布の袋をぽんぽんと叩いた。袋には銀行の印が押され、ずっしりとした重みを伝えている。
 三人は銀行強盗だった。
 しかも常習の、全国指名手配の三人組であった。
 ブロンド・キャリーというのが女の通り名である。三人は銀行の現金輸送車を襲い、現金を強奪してきたのだった。後部座席には襲撃の成果がキャリーの身体を埋めるように積まれている。
「ねえ姐御、そろそろ袋の中身をおがませてくださいよ。あっしはもう、じれったくてじれったくて……」
 しかたないねえ、とキャリーは笑った。
 現金の袋の口をぐいと開き、中身を覗かせる。
 ひゅう──、と小男は唇をすぼめた。
 袋の中からぎゅうづめにされた札束の山が見えたからである。札束だけではない。そのほかに有価証券、小切手などが詰め込まれているのが確認された。
 キャリーはすぐ袋の紐をしばり、口を閉めた。
「ここまでだよ! 山分けするまで、我慢おし! ジェイク、あんたはあたしが見張っていないと、すぐ手を出そうとするからね」
 へえい……、とジェイクと呼ばれた小男は首をすくめた。胸ポケットからタバコを取り出し、口にくわえ火をつける。一服吸い付けると、もうもうと煙が車内に充満した。
 それを見てキャリーは鼻をしかめた。
「ジェイク、あんたってタバコをひとときだって口から離せないんだねえ。頼むから窓を開けておくれ。けむったくて!」
 へい、とジェイクは助手席の窓を開けた。煙が窓から外へ吸い込まれていく。
 と、ジェイクはふいに背後をふりかえった。
「姐御! サイレンの音が聞こえませんか?」
 なんだって……、とキャリーは後部座席で上半身をねじった。
 あ、と彼女の口が開かれた。
「警察だ……意外と早かったね!」
 パトカーの群れが近づいていた。
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