蒸汽帝国~真鍮の乙女~

万卜人

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帝国

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 宮殿の会議室にふたりは走りこんだ。
 見上げると、首が痛くなるほどの高みにある天井からは、目も眩むほどの明かりをはなつシャンデリアがいくつも垂れ下がり、壁には同盟国の旗がびっしりと飾られ、帝国の威信を現している。会議室の正面には皇帝の肖像画が飾られ、その視線は何ものも見逃さない叡智を表現していた。
 百人以上が座れる大テーブルには、いまはたった三人が腰をおろしているだけだった。
 タビア女史と宮殿の近衛隊長のふたりが神妙な面持ちでならび、ちょっと離れた席でネリーがうつむき、声をしのばせ泣いている。
「プリンセス・サンドラが行方不明ですと?」
 入るなり内務大臣が怒号した。
 女史は静かに顔を上げた。
 となりに座る近衛隊長は顔を真っ赤にして、目を怒らせている。
 内務大臣と警察長官はどっかりと椅子に腰をおろし、ぼう然とした顔を見合わせた。
「フーシェ大臣、お静かに願います」
 タビア女史が口を開く。フーシェ内務大臣はじろりとネリーを見た。
「そこの娘は?」
 大臣の問いに答えたのは近衛隊長であった。
「は、プリンセスが行方不明であることが発覚したとき、この娘はプリンセスの服を身につけ、われらの発見を遅らせたのであります。一応、こちらで尋問をしましたが、おふたりが尋問したいのではと、連れてまいりました」
 大臣はそうか、と天井を仰いだ。なにか考え事をするときの癖であった。
「名前は?」
 意外と優しげに大臣はネリーに話しかけた。ネリーはびくりと肩を震わせただけでうつむいたままだ。
 タビア女史が鋭く声をかけた。
「大臣が名前をお尋ねです。答えなさい」
 ネリーです……と彼女が蚊の鳴くような声で答える。大臣は眉をしかめた。
「タビア女史、そんなに頭ごなしに命令するものではない。それでは答えるものも答えられないではないか」
 失礼いたしました、と女史は答えた。
「ネリー、というのだね。きみはプリンセスの……」
「学友です」
 ふたたびタビア女史が答える。
 大臣の顔に怒気が浮かんだ。
「きみ! わたしはこの娘に話しかけているんだぞ。あんたに話しているわけではない」
 女史の顔がかすかに赤らんだ。
 ふっ、と大臣は息をついた。
 立ち上がると、ネリーの側にやってきて椅子をひいて座った。
「な、ネリーというのか。きみ、プリンセスとはずっと一緒に育っているんだな。学友とはそういうものだ。小さな子供のころからきみはプリンセスと仲良くしてきたんだろう」
 はい、とネリーはかすかにうなずいた。
 彼女が反応したのに力を得て、大臣は話しかけた。
「プリンセスに頼まれたのかね? 彼女が外に抜け出すまで、きみが身代わりになって捜索を遅らせるために」
 ネリーは顔を上げた。涙に目を真っ赤にさせている。
「いいえ、プリンセスはなにも命令されてはおりません。逃げ出す直前、あたしにお会いになりましたが、その時なにも知らない、なにも聞いていないと答えるように仰っただけです」
「とすると、きみの独断でやったことか?」
「はい、なんとかプリンセスが遠くへいけるようにと思って……」
 大臣は腕を組んだ。
「どうしてだね?」
「サンディ様が……いえ、プリンセス・サンドラが御かわいそうで……彼女はいつも王宮を逃げ出したいと仰っていたんです。ですからあの時、あたしはプリンセスの望みを叶えて差し上げたいと……」
「いつも? というと、プリンセスは前から王宮を逃げ出すことを計画していたのかね」
 はい、とうなずくネリーに大臣は首をふった。
「なぜだ! いったい、なにが不満で……」
「サンディ様はこう仰いました。王宮はまるで牢獄だ。あたしは囚人と同じだと」
 大臣は渋面をつくった。
 その時初めて警察長官が口を開いた。
「どうします? すぐに全国の警察署、および総督府に報せを……」
 いかん! と大臣は手を振った。
「あくまで内密に捜索するのだ。もしこれが外部に知れたらどうなる? かえってプリンセスに危険がせまる」
 危険、という言葉にネリーは顔を青ざめさせた。
「いいかね、帝国の同盟国のなかには完全に帝国の支配に服していない国がいくつかあることはきみも承知しているだろう? もしそんな国家にこのことが知れ、さらにプリンセスがそれらに身を奪われたら? 判るだろう?」
 警察長官はうなずいた。
「そう、ですな。それに共和国の残党の問題もありますし。やはり内密に捜査をするのが上策でしょう」
「長官、きみになにか案があるかね?」
「秘密警察を動かしましょう。優秀な諜報部員が数人わたしの配下におりますから」
「それだ! すぐ手配したまえ。いいか、どんなことがあってもこのことが外部に知れてはならんぞ!」
 かしこまりました、と長官は頭を下げ、会議室を出て行った。
 内務大臣はタビア女史と近衛隊長に向き直った。
「会見はこれまでとする。女史、あなたはこの学友のネリーを部屋へ連れて行きなさい。隊長、きみに命令する。いいか、このことは他言無用だぞ!」
 隊長は立ち上がり、敬礼をして出て行った。
 女史はネリーを促し、会議室を出て行く。その背中に大臣は声をかけた。
「いいかね、その娘に罪はない。罰をあたえるなど、決してやらんようにな!」
 女史は肩をすくめ、ドアを閉めた。
 後に残された大臣は誰もいなくなってはじめて頭を抱えた。
「なんということだ……」
 重い責任にうちひがれた老人の姿がそこにはあった。
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