蒸汽帝国~真鍮の乙女~

万卜人

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ギャンの野望

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 が、学校はギャンの想像をはるかに裏切っていた。
 まず規模が違っていた。
 全校生徒、五百人を越す巨大な上級学校は、一年生から四年生まで、それぞれ違った教室で学び、さらに一学年三つのクラスに別れていた。何十名ものクラスメートが存在する教室など、ギャンには初体験であった。
 男の教師がギャンをクラスメートに紹介した。
「今日から諸君と一緒に学ぶギャンだ。みんな、仲良くやってくれ」
 三十名もの視線が一度にそそがれ、ギャンは真っ赤になった。
 十名ほどの女生徒たちが、ギャンのそんな様子に、くすくすと笑っておたがいひそひそと話を交わしている。
「それじゃギャン。自己紹介をしてくれないか?」
 教師に言われ、ギャンはうなずいた。
「はじめまして、ギャンといいます……」
 その途端、教室中の生徒たちが一斉にくすくすと笑い出した。
 なんだろう? おれはおかしなことを言ったか?
「……ぼくの得意な教科は歴史と体育で、とくに剣術は……」
 ギャンは絶句した。
 かれが喋るたび、教室中にさざなみのように笑い声がひろがっていく。ギャンを興味津々といった視線で見つめていた女生徒たちも、今度は見下したような視線を送ってくる。
 教師が手をあげた。
「みんな! ギャンが地方の訛りがあるからと言って笑っちゃいかんぞ!」
 ギャンは理解した。
 かれはロロ村の訛りで喋っていたのだ!
 母親のトーラはもともとボーラン市の出身である。だから家ではトーラは訛りのない、きれいな帝国語で喋る。したがってギャンも、またロロ村では気取った、都会風の喋り方をすると村人には思われていた。
 しかしロロ村で成長したギャンは、どんなに綺麗な帝国語で喋っているつもりでも、ロロ村の訛りが出るのだ。
 うつむいたギャンは、それ以上口を開くことが出来なくなっていた。
 教師はギャンの自己紹介をきりあげ、授業に移っていった。
 その授業がギャンにとってはちんぷんかんぷんだった。
 まず教師の喋る授業の内容がわからない。
 それに渡された教科書の中身も、ギャンにとっては高度すぎた。ロロ村での授業中、ギャンはまるで身を入れて聞いていなかったが、それは取り巻きがいたからだ。ここではギャンの知り合いなどひとりもいない。ただただ、授業時間が終わってくれることをギャンは祈っていた。
 授業が終わると、まわりの生徒たちはギャンの訛りをからかい始めた。
 語尾がのびるロロ村特有の喋り方を、わざと真似して笑う。
 ギャンがそれに怒ると、にやにや笑いで応じてくる。
 はじめて、ギャンはひとから馬鹿にされるという体験を経験したのである。
 畜生……。
 ギャンは机につっぷし、拳をにぎりしめた。
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