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第九章
オタク迫害
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「突撃隊の車やで」
助手席でアイリスが囁き、美登里は無言で頷くと、ハンドルをゆっくりと切って集談館の地下駐車場へ乗り入れた。運転席からサイドミラーを確認すると、視界に突撃隊のグレーの車体が見えて、美登里は首をすくめていた。
最近、美登里は自動車の免許を取得し、車で都内を移動するようになった。
理由は電車など公共交通機関を利用することが、極めて困難になってきたからだった。
バスと違い、電車にオタクは自由に乗れる。が、オタクの女性は女性専用車を利用できない。オタクの女性が一般車両に乗り込むと、特に美登里のような美貌と肉体的魅力を放つ女性が乗り込むと、一般人を含むツッパリ、ヤンキーたちの痴漢の標的となる。
オタク女性は痴漢の被害に遭っても、相手を訴えることはできない。もし痴漢を現行犯逮捕して突き出しても、女性オタクが悪いとされ、逆に訴えられてしまうのだ。
オタクを隠すため「ヲ」バッジを外して痴漢に遭った場合、オタクであることが判明すると〝異常嗜好隠蔽詐称罪〟となり、即座にガッツ島への送還が決まってしまう。
男のオタクも同じようなもので、電車にオタクが乗り込むと逆に女の標的になる。つまり痴漢冤罪の被害に遭う。何もしていなくとも、ただそこにいるだけで「一般女性を性的な視線で見た」という罪に問われるのだ。どんなに窓に視線を固定していても、窓ガラスに映った女性の姿を眺めていたとされ、罪に問われてしまう。
従って都内のあらゆる公共交通機関からは、オタクの姿が次々に消えていった。いわれなき罪から逃れるため、オタクたちは一斉に車を所有するようになっていた。車を所有できないオタクは、バイク、自転車などを利用して移動の足としていた。
こういったオタク迫害は、今のところ都市部だけに限られていて地方には波及していない。「ヲ」バッジの強制も地方には浸透していないため、都市部に居住していたオタクたちは徐々に地方の、小さな市町村へ避難し始めていた。
車から降りると、美登里はアイリスと共に「少年マックス」の編集部へ急いだ。
美登里は女らしいブラウスに、デニム地のスカート。足元はパンプスで決めている。
アイリスは近頃、和風ゴスロリに凝っていた。上は浴衣に帯を締め、下は袴風のスカートで足元は膝まで覆うブーツという格好だ。
エレベーターで一階に出ると、通行証を使って編集部へ直通するエレベーターに乗り換える。
編集部に顔を出すと、「わーん!」という大勢の立てる騒音に二人は包まれた。編集部では部員が各々担当するマンガ家や、原作者、あるいは印刷会社、配送などの部署と連絡を取り合っている。
その他のデスクワークの部員は、各々のデスクに設置されている端末に向かい合い、必死の形相でデータを入稿していた。
まるで戦争のようだ、と美登里は思った。
実際、ぴりぴりとした緊張感は、戦場と同じようなものだろう。入り口で立っている二人に注意を向ける編集部員は、一人としていなかった。
「崎本先生! お待たせしてすみません」
場違いともいえるのんびりとした声に、二人が視線をやると、相変わらずジャガイモに目鼻といった印象の、神山の姿があった。
にこにこと人の良さそうな笑顔を顔いっぱいに溢れさせ、神山は二人を衝立のある一画に案内した。
「どうも会議室が予約できなくて、こんなところで恐縮ですが」
と言い訳して、神山は気ぜわしく動いて、美登里とアイリスのためにコーヒーと茶菓子を用意してくれた。
「衝立があるから、まだましよ」
美登里は神山を安心させたくて、そんな気休めを口にした。神山は壮んに「すみません」を口にして、大汗をかいて恐縮をしていた。
二人がコーヒーを口にし、暫時気まずい沈黙が支配した。
神山は黙って、美登里とアイリスの顔色を窺っている。
助手席でアイリスが囁き、美登里は無言で頷くと、ハンドルをゆっくりと切って集談館の地下駐車場へ乗り入れた。運転席からサイドミラーを確認すると、視界に突撃隊のグレーの車体が見えて、美登里は首をすくめていた。
最近、美登里は自動車の免許を取得し、車で都内を移動するようになった。
理由は電車など公共交通機関を利用することが、極めて困難になってきたからだった。
バスと違い、電車にオタクは自由に乗れる。が、オタクの女性は女性専用車を利用できない。オタクの女性が一般車両に乗り込むと、特に美登里のような美貌と肉体的魅力を放つ女性が乗り込むと、一般人を含むツッパリ、ヤンキーたちの痴漢の標的となる。
オタク女性は痴漢の被害に遭っても、相手を訴えることはできない。もし痴漢を現行犯逮捕して突き出しても、女性オタクが悪いとされ、逆に訴えられてしまうのだ。
オタクを隠すため「ヲ」バッジを外して痴漢に遭った場合、オタクであることが判明すると〝異常嗜好隠蔽詐称罪〟となり、即座にガッツ島への送還が決まってしまう。
男のオタクも同じようなもので、電車にオタクが乗り込むと逆に女の標的になる。つまり痴漢冤罪の被害に遭う。何もしていなくとも、ただそこにいるだけで「一般女性を性的な視線で見た」という罪に問われるのだ。どんなに窓に視線を固定していても、窓ガラスに映った女性の姿を眺めていたとされ、罪に問われてしまう。
従って都内のあらゆる公共交通機関からは、オタクの姿が次々に消えていった。いわれなき罪から逃れるため、オタクたちは一斉に車を所有するようになっていた。車を所有できないオタクは、バイク、自転車などを利用して移動の足としていた。
こういったオタク迫害は、今のところ都市部だけに限られていて地方には波及していない。「ヲ」バッジの強制も地方には浸透していないため、都市部に居住していたオタクたちは徐々に地方の、小さな市町村へ避難し始めていた。
車から降りると、美登里はアイリスと共に「少年マックス」の編集部へ急いだ。
美登里は女らしいブラウスに、デニム地のスカート。足元はパンプスで決めている。
アイリスは近頃、和風ゴスロリに凝っていた。上は浴衣に帯を締め、下は袴風のスカートで足元は膝まで覆うブーツという格好だ。
エレベーターで一階に出ると、通行証を使って編集部へ直通するエレベーターに乗り換える。
編集部に顔を出すと、「わーん!」という大勢の立てる騒音に二人は包まれた。編集部では部員が各々担当するマンガ家や、原作者、あるいは印刷会社、配送などの部署と連絡を取り合っている。
その他のデスクワークの部員は、各々のデスクに設置されている端末に向かい合い、必死の形相でデータを入稿していた。
まるで戦争のようだ、と美登里は思った。
実際、ぴりぴりとした緊張感は、戦場と同じようなものだろう。入り口で立っている二人に注意を向ける編集部員は、一人としていなかった。
「崎本先生! お待たせしてすみません」
場違いともいえるのんびりとした声に、二人が視線をやると、相変わらずジャガイモに目鼻といった印象の、神山の姿があった。
にこにこと人の良さそうな笑顔を顔いっぱいに溢れさせ、神山は二人を衝立のある一画に案内した。
「どうも会議室が予約できなくて、こんなところで恐縮ですが」
と言い訳して、神山は気ぜわしく動いて、美登里とアイリスのためにコーヒーと茶菓子を用意してくれた。
「衝立があるから、まだましよ」
美登里は神山を安心させたくて、そんな気休めを口にした。神山は壮んに「すみません」を口にして、大汗をかいて恐縮をしていた。
二人がコーヒーを口にし、暫時気まずい沈黙が支配した。
神山は黙って、美登里とアイリスの顔色を窺っている。
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