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第十章
学食
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送信:ハーイ! 檸檬ちゃん、蜜柑ちゃん、明日の休日、真兼モールでデートだよ~! 時間は昼間だから、いつものバスで一緒に行こうね~!
返信:お兄さまへ。はい、判りました。お待ちしています。by檸檬・蜜柑
端末の画面を前に、新山檸檬と蜜柑の姉妹はお互いの顔を見詰めあった。明日辺流可男からの、明日のデートの約束の確認メールに、二人が返信したところだった。
「檸檬、何で流可男さんじゃなくて、お兄さまなの?」
蜜柑が姉の檸檬に問い掛けた。
二人は同じ顔をしている。
一卵性双生児というやつで、どこからどこまで全く同じ容貌をしている。姉の檸檬はポニー・テールの髪型で、黄色いリボンを留めている。妹の蜜柑はツイン・テールにオレンジのリボンで姉妹の区別をつけていた。
問い掛けられた檸檬は、ちょっと小首をかしげ考え込んだ。
「さあ、なぜか流可男さんにはお兄さま、という呼びかけになってしまうんだ。その方がぴったりくる感じ……蜜柑ちゃんも同じでしょ」
逆に質問され、蜜柑も頷いていた。
「うん、あたしも同じだ。変だね」
「変だね」
お互い「変だね」と言い合った姉妹は、くくくく……と鳩の鳴くような笑い声を立てた。
真兼高校の生徒食堂で、二人はいつもの隅っこの席に座って昼食を摂っていた。この席は二人のお気に入りで、窓に近く、それでいて日差しはまともに差し込まない位置にあり、落ち着ける場所だった。
学食のスペースは幾つか校舎内に分散していて、各々好みの場所が出来ていた。だから学年や、クラスが別でも学食では同じテーブルに座ることも珍しくはない。
姉妹のテーブルから少し離れたテーブルでは、親衛隊を自称する女子生徒が周りを取り巻くように座って、陰険な目つきで姉妹を熱っぽく見詰めている男子生徒を牽制していた。
いつものことなので、双子は特に気にしない。
妹の蜜柑が学食入り口を見て、姉の檸檬の肩をつついて知らせた。檸檬が顔を上げ、蜜柑の示した方向を見ると、当の明日辺流可男が泳ぐような独特の足取りで学食に入ってきたところだった。
流可男と、姉妹の視線が合い、流可男は入り口から二人に向かって手を振った。流可男の顔は、だらしなく笑み崩れ、それはニタニタ笑いとなっていた。
流可男は思わず姉妹の方へ歩きかけたが、周囲を固めている親衛隊に気づき「しょうがないか!」といった風に肩をすくめ、離れていった。
「流可男さん、番長になったのに、まだ遠慮してる」
蜜柑はちょっと首を振って、檸檬に同意を求めた。姉はゆっくりと首を左右にした。
「違うのよ。お兄様は自分が番長だなんて、心の底から思っていないのよ!」
綿貫を倒したタイマン勝負は、双子は当然、教室の窓から見ていた。綿貫が流可男に襲いかかった時は、ハラハラしていたのだが、思いもかけない逆転勝利に、檸檬と蜜柑は胸をなでおろしていた。
蜜柑は姉の檸檬の言葉に「なるほどね」と頷いていた。
すると親衛隊のリーダーと自負している三年の女子が、憤然とした様子で二人に近づいてきた。碁盤のように四角い顔立ちで、いつも怒っているような表情だが、今回は本気で怒りを堪えているようだった。
「ねえ、あんたたち……」
とリーダーは突っ立ったまま、双子に話し掛けた。声は囁き声で、ちらちらとリーダーは流可男を気にしていた。双子は素直にリーダーに顔を向けた。
「本当に明日辺とデートするのかい?」
「えっ?」と双子は同時に両手を軽く握りしめ、口許へ持っていった。
「どうして、そんなこと聞くの?」
「許せないからよ!」
リーダーは歯を食いしばった。ぐっと屈みこみ、四角い顔を双子に近づけた。
「あんたら、高校を卒業したら、即、芸能界デビューするんだろ? 東京からわざわざ、スカウトだって日参しているっていうじゃないか。それを台無しにしたくはないだろう?」
「えー、そうなんですかあ?」
双子は声をそろえ、小首を傾げた。
リーダーは苛々した様子で、両手を激しく動かした。
「いいかい、あんたらが高校時代、モテたっていうのは好材料だ。たとえ真兼高校で男と付き合ったって、あんたらがそれだけ魅力があったということになる。しかし、明日辺だけは駄目だ! キモオタと付き合っていた、なんてバレたらどうなる? あいつ……あいつ、ロリコンだぞ!」
最後はほとんど双子の顔ぎりぎりまで近づいて、囁いた。
檸檬は眉をひそめ、口を開いた。
「どうしてそんなに、あたしたちが芸能界でデビューすることが気になるんです?」
蜜柑が続いた。
「あたしたちが、デビューする気はない、って考えたことないんですか?」
リーダーは蒼白になった。蜜柑の爆弾発言に、他の親衛隊の女子生徒が一斉に腰を浮かせた。
「まさか! そんなこと……」
蒼白だったリーダーの顔に、赤みが戻ってきた。それは徐々に赤黒くなり、両目が三角に吊り上がって怒りの表情となった。
「駄目だ! あんたらは、高校を卒業したら絶対アイドルになるんだ! あんたらがアイドルにならなかったら、あたいらは何のために毎日、こうして親衛隊を務めてきたか、判らなくなる……」
檸檬と蜜柑は顔を見合わせ、薄笑いを浮かべた。
「あの時、お兄さまが指摘した〝思い出乞食〟って、本当ね」
「本当。そんなに良い思い出が欲しいのかな? あたしたちの親衛隊をしていたのが、自慢になるの?」
リーダーはクラクラっと目眩が襲ったかのように、上体を揺らせた。
「思い出……乞食……!」
ゆらゆらと体を揺らしながら、リーダーの両目にぶあっ! と涙が溢れた。
「あんたらがそんなこと口にしちゃ、絶対に駄目だ! あんたら新山姉妹は芸能界デビューして、アイドルにならなければならない。そしてあたいらは、高校時代のマブダチってことで決まりなんだ。そうじゃなきゃ、全部無駄じゃないか……」
檸檬と蜜柑は無言で立ち上がった。
小柄な二人であったが、この時ばかりはぐっと背が高くなったかのように、冷然と親衛隊の女子たちを見下していた。
たじたじとリーダーたち親衛隊の女子は、双子から見えない力で圧迫を受けたように後じさった。
「もう、あたしたちに構わないで」
「そう。あたしたち姉妹が、誰と付き合おうとあなたたちに関係ないでしょう」
ガタン! と大きな音を立て、リーダーは近くにあった椅子に蹴つまずき尻もちをついてしまった。
さっと双子は周囲に視線を当てた。
ただそれだけで、透明な腕に薙ぎ払われたように、親衛隊の女子たちは次々に尻もちをついていた。
双子は床にへたりこんでいる親衛隊女子たちの間を、堂々と乗り越えていった。その様子は、まるでモーゼが紅海を二つに割った「出エジプト記」の描写のようだった。
堂々と学食を後にする双子を、明日辺流可男が呆気にとられた表情で見送っていた。
返信:お兄さまへ。はい、判りました。お待ちしています。by檸檬・蜜柑
端末の画面を前に、新山檸檬と蜜柑の姉妹はお互いの顔を見詰めあった。明日辺流可男からの、明日のデートの約束の確認メールに、二人が返信したところだった。
「檸檬、何で流可男さんじゃなくて、お兄さまなの?」
蜜柑が姉の檸檬に問い掛けた。
二人は同じ顔をしている。
一卵性双生児というやつで、どこからどこまで全く同じ容貌をしている。姉の檸檬はポニー・テールの髪型で、黄色いリボンを留めている。妹の蜜柑はツイン・テールにオレンジのリボンで姉妹の区別をつけていた。
問い掛けられた檸檬は、ちょっと小首をかしげ考え込んだ。
「さあ、なぜか流可男さんにはお兄さま、という呼びかけになってしまうんだ。その方がぴったりくる感じ……蜜柑ちゃんも同じでしょ」
逆に質問され、蜜柑も頷いていた。
「うん、あたしも同じだ。変だね」
「変だね」
お互い「変だね」と言い合った姉妹は、くくくく……と鳩の鳴くような笑い声を立てた。
真兼高校の生徒食堂で、二人はいつもの隅っこの席に座って昼食を摂っていた。この席は二人のお気に入りで、窓に近く、それでいて日差しはまともに差し込まない位置にあり、落ち着ける場所だった。
学食のスペースは幾つか校舎内に分散していて、各々好みの場所が出来ていた。だから学年や、クラスが別でも学食では同じテーブルに座ることも珍しくはない。
姉妹のテーブルから少し離れたテーブルでは、親衛隊を自称する女子生徒が周りを取り巻くように座って、陰険な目つきで姉妹を熱っぽく見詰めている男子生徒を牽制していた。
いつものことなので、双子は特に気にしない。
妹の蜜柑が学食入り口を見て、姉の檸檬の肩をつついて知らせた。檸檬が顔を上げ、蜜柑の示した方向を見ると、当の明日辺流可男が泳ぐような独特の足取りで学食に入ってきたところだった。
流可男と、姉妹の視線が合い、流可男は入り口から二人に向かって手を振った。流可男の顔は、だらしなく笑み崩れ、それはニタニタ笑いとなっていた。
流可男は思わず姉妹の方へ歩きかけたが、周囲を固めている親衛隊に気づき「しょうがないか!」といった風に肩をすくめ、離れていった。
「流可男さん、番長になったのに、まだ遠慮してる」
蜜柑はちょっと首を振って、檸檬に同意を求めた。姉はゆっくりと首を左右にした。
「違うのよ。お兄様は自分が番長だなんて、心の底から思っていないのよ!」
綿貫を倒したタイマン勝負は、双子は当然、教室の窓から見ていた。綿貫が流可男に襲いかかった時は、ハラハラしていたのだが、思いもかけない逆転勝利に、檸檬と蜜柑は胸をなでおろしていた。
蜜柑は姉の檸檬の言葉に「なるほどね」と頷いていた。
すると親衛隊のリーダーと自負している三年の女子が、憤然とした様子で二人に近づいてきた。碁盤のように四角い顔立ちで、いつも怒っているような表情だが、今回は本気で怒りを堪えているようだった。
「ねえ、あんたたち……」
とリーダーは突っ立ったまま、双子に話し掛けた。声は囁き声で、ちらちらとリーダーは流可男を気にしていた。双子は素直にリーダーに顔を向けた。
「本当に明日辺とデートするのかい?」
「えっ?」と双子は同時に両手を軽く握りしめ、口許へ持っていった。
「どうして、そんなこと聞くの?」
「許せないからよ!」
リーダーは歯を食いしばった。ぐっと屈みこみ、四角い顔を双子に近づけた。
「あんたら、高校を卒業したら、即、芸能界デビューするんだろ? 東京からわざわざ、スカウトだって日参しているっていうじゃないか。それを台無しにしたくはないだろう?」
「えー、そうなんですかあ?」
双子は声をそろえ、小首を傾げた。
リーダーは苛々した様子で、両手を激しく動かした。
「いいかい、あんたらが高校時代、モテたっていうのは好材料だ。たとえ真兼高校で男と付き合ったって、あんたらがそれだけ魅力があったということになる。しかし、明日辺だけは駄目だ! キモオタと付き合っていた、なんてバレたらどうなる? あいつ……あいつ、ロリコンだぞ!」
最後はほとんど双子の顔ぎりぎりまで近づいて、囁いた。
檸檬は眉をひそめ、口を開いた。
「どうしてそんなに、あたしたちが芸能界でデビューすることが気になるんです?」
蜜柑が続いた。
「あたしたちが、デビューする気はない、って考えたことないんですか?」
リーダーは蒼白になった。蜜柑の爆弾発言に、他の親衛隊の女子生徒が一斉に腰を浮かせた。
「まさか! そんなこと……」
蒼白だったリーダーの顔に、赤みが戻ってきた。それは徐々に赤黒くなり、両目が三角に吊り上がって怒りの表情となった。
「駄目だ! あんたらは、高校を卒業したら絶対アイドルになるんだ! あんたらがアイドルにならなかったら、あたいらは何のために毎日、こうして親衛隊を務めてきたか、判らなくなる……」
檸檬と蜜柑は顔を見合わせ、薄笑いを浮かべた。
「あの時、お兄さまが指摘した〝思い出乞食〟って、本当ね」
「本当。そんなに良い思い出が欲しいのかな? あたしたちの親衛隊をしていたのが、自慢になるの?」
リーダーはクラクラっと目眩が襲ったかのように、上体を揺らせた。
「思い出……乞食……!」
ゆらゆらと体を揺らしながら、リーダーの両目にぶあっ! と涙が溢れた。
「あんたらがそんなこと口にしちゃ、絶対に駄目だ! あんたら新山姉妹は芸能界デビューして、アイドルにならなければならない。そしてあたいらは、高校時代のマブダチってことで決まりなんだ。そうじゃなきゃ、全部無駄じゃないか……」
檸檬と蜜柑は無言で立ち上がった。
小柄な二人であったが、この時ばかりはぐっと背が高くなったかのように、冷然と親衛隊の女子たちを見下していた。
たじたじとリーダーたち親衛隊の女子は、双子から見えない力で圧迫を受けたように後じさった。
「もう、あたしたちに構わないで」
「そう。あたしたち姉妹が、誰と付き合おうとあなたたちに関係ないでしょう」
ガタン! と大きな音を立て、リーダーは近くにあった椅子に蹴つまずき尻もちをついてしまった。
さっと双子は周囲に視線を当てた。
ただそれだけで、透明な腕に薙ぎ払われたように、親衛隊の女子たちは次々に尻もちをついていた。
双子は床にへたりこんでいる親衛隊女子たちの間を、堂々と乗り越えていった。その様子は、まるでモーゼが紅海を二つに割った「出エジプト記」の描写のようだった。
堂々と学食を後にする双子を、明日辺流可男が呆気にとられた表情で見送っていた。
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