電脳遊客

万卜人

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第十回《暗闇検校》の正体の巻

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 吉弥が喚き声を上げ、《暗闇検校》に斬り懸かる! 長大な刃が、唸りを上げ、一閃した!
 が、吉弥の動きは緩慢で、《暗闇検校》は楽々と躱す。
 しかし《暗闇検校》は完全に虚を突かれて、躱したあとも、両目が飛び出んばかりに見開かれている。
「なぜだ! なぜ、貴様は刃向かえる?」
 吉弥の肩が、大きく上下している。怒りだけが、全身の筋肉に力を与えているようだった。
《暗闇検校》は、吉弥の構えている刀に目をやった。腕を挙げ、震える指先で吉弥の刀を指さす。
「そ……、その刀は、儂らが弁天丸に与えてやった刀ではないか! なぜ、貴様が持っている?」
 なぜか《暗闇検校》は、吉弥の刀に異常なまでの関心を示していた。
 俺の頭にある考えが浮かんだ。
 もしかしたら、弁天丸の刀には、《遊客》の気迫を打ち消す仕掛けが施されているのではないか? だから弁天丸は、俺の気迫に平気な顔をしていたのかもしれない。
 現在の《暗闇検校》は複数の人格に分裂している。その分、最大パワーの気迫が低下し、弁天丸の刀によって打ち消されたのだ! 刀を持っている吉弥が戦える理由も、そう考えると、納得だ!
 くくくく……と、《暗闇検校》は歯を食い縛り、吉弥に向かって視線を固定する。両目から、恐ろしいほどの意思の力が迸っているのが、目に見えるほどだ。
 視線を浴び、吉弥の全身が凝固した。
 しかし《暗闇検校》の意思が吉弥一人に向けられているため、俺は完全に行動の自由を取り戻せた!
 全身に活力が戻ってくる。俺は両手のトンファをぶんぶん音を立てて振り回すと、《暗闇検校》に向かって走り出した。
 さっと《暗闇検校》の視線が、こちらを向く。途端に、俺は停止していた。総ての随意筋が俺の意思に反し、勝手な行動をとろうとてんでばらばらに反応する。
 ぎりぎりと全身の腱という腱、関節という関節が逆の方向に捻じれ、引き裂こうとしている!
 俺は《暗闇検校》の目の前で、場違いともいえる踊りを強制されていた。
 しかし《暗闇検校》が、俺に注意を向けているせいで、晶と玄之介は行動の自由を取り戻していた。
「きえええいっ!」
 玄之介が気合を込めて、十手を振り被る。
「いや──っ!」
 晶が声を張り上げ、ヌンチャクを振り回していた。
「く、糞っ!」
《暗闇検校》は、完全に焦りを見せていた。
 分裂した仮想人格により、《遊客》を縛る気迫が弱くなっている。全員を一度に支配するわけにはいかなくなっていた。
 玄之介が襲い掛かると、玄之介を。晶が前へ出ると、晶を。それぞれ気迫で支配する、だが、すぐ注意が逸れると、別の相手が行動の自由を取り戻す。
 おまけに吉弥もまた、弁天丸の巨大な刀を構えて《暗闇検校》を狙っている。
 それでも《暗闇検校》は〝超〟《遊客》だ。三人の攻撃を受け流し、飛び跳ねるような動きで躱している。しかし息は弾み、顔からはだらだらと大量の汗が噴き出ていた。
 一方、《暗闇検校》の身体から抜け出た、仮想人格は、最初こそ幽霊のような半透明であったが、時間が経つにつれ、徐々にはっきりと実体を持ち始めていた。
 俺の目の前に立っている幽霊の、目鼻立ちが整い始めた。想像していた通り、仮想現実の江戸で二百年を過ごしてきた老人の姿が、目の前にあった!
 ぜいぜいと、老人は苦しそうに喘いでいた。無理もない。単独の人格なので、合体していた頃のような、超人的な体力はすでに失われているのだろう。
 こいつが、俺をコピーした仮想人格なのだろうか? あまりに年齢を重ねているので、目鼻立ちに俺の面影を探すのは、不可能に近い。
 老人の瞳に、俺は羨望を見たように感じた。だが、それも一瞬だった。
 いきなり、老人は、げほげほと苦しそうに咳き込むと、ぱたりと膝を床に落とし、蹲った。
 俺は慌てて駆け寄った。
「おい、大丈夫か?」
 仮にも、俺のコピーである。つい、身内に対するような、気持ちになる。
 老人は、ぐっと顔を挙げ、目を一杯に見開いた。瞳に、膜が被り、ほとんど視力を失っているようだ。皴だらけの口許が動き、何か言いかける。
「お……俺……、俺の……!」
 老人の言葉は濁り、聞き取りづらい。
「何? 何と言った?」
 ごぼごぼと、老人の口から奇妙な音が聞こえてくる。表情が見る見る土気色に変わり、がくりと老人は首を垂れた。全身がぐったりとなり、力が抜ける。
 俺は老人の首に指先を当てた。頚動脈を探るが、何の反応もない。
 死んでいる!
 俺は何ともいえない複雑な気分のまま、立ち上がった。これは、俺の死を見取ったと言えるのだろうか? 目の前に横たわっている老人は、未来の俺なのか?
 気がつくと、《暗闇検校》から分裂した、他の二人の仮想人格も倒れていた。やはり、二百年は、《遊客》にとっても耐え切れない長い年月であった。
 ふと視線を上げると《暗闇検校》が、憎々しげに俺を睨みつけている。部屋のあちこちに設置されている装置に攀じ登り、まるで猿のような格好で俺たちを見下ろしていた。怒りに歪んだ皴だらけの顔は、信じられないほど醜悪であった。
 吉弥が両手で刀を構え、切っ先を《暗闇毛行》に向けていた。険しい表情で《暗闇検校》を睨み、叫ぶ。
「降りてこいっ! 卑怯者!」
 吉弥が構える切っ先を睨んだ《暗闇検校》は、ひくひくと唇を震わせる。
「よ、よせ! そいつを、儂らに向けるな……!」
 俺の頭に、閃きが走った!
 晶と玄之介に向かって、叫ぶ。
「おいっ、吉弥の刀を、全員で握るんだ!」
 俺は吉弥の刀に突進した。弁天丸の刀は、長大で、柄もまた普通のものより長く、二尺はたっぷりとある。俺たち四人が掴んでも、余裕は充分あった。
 俺ががっしりと柄を掴み、玄之介と晶も、訳が判らないまま、俺の指示に従って柄を掴む。
 俺は切っ先を《暗闇検校》に固定させたまま命令した。
「さあ、気迫を使えっ! 全員で《暗闇検校》の奴を、引き摺り下ろせ!」
 刀身が仄かに、青白く光っている。切っ先から俺たちの気迫が、迸るのが見えるようだった。
《暗闇検校》は驚愕の表情になった。ぶるぶると全身が震え出し、今にも攀じ登っている場所から飛び降りる素振りを見せる。
「よせ! やめろ……! そいつを、儂らに使うな!」
 思った通りだ。
 弁天丸がなぜ、寄場で人足たちを思うがままに操れたのか不思議だったのだが、今はっきりと判った。
 刀のせいだ。
《遊客》のみが使える気迫を、弁天丸が使えるのは妙だと思っていたが、刀が増幅させていたのだ。
 この刀は、《遊客》の気迫を無効にさせ、同時に、使用者の気迫を増幅させる。
 弁天丸は元々がNPCだから、気迫はごく弱いものしか持ち合わせていない。しかし、この刀を使えば、《遊客》並みの気迫を放射できる。
 もし、《遊客》が使えば、気迫は通常の何倍にも増すのだ。
 俺は切っ先を《暗闇検校》に向けたまま、静かに命令を下した。
「さあ、そこから降りて来い! 命令だ!」
《暗闇検校》は、いやいやをするように、何度も頭を振った。
「い、厭だ……、お前の命令など、聞くものか!」
 しかし《暗闇検校》の四肢からは、ぐったりと力が抜けた。
 ずるずると装置から滑り降りて、床に着地する。ぺたん、と腰が抜けるように蹲り、恨みがましい目付きで俺を見る。
 ぎくしゃくと、操り人形のように、俺たちに近づいてくる。
 勝利が、俺の胸を満たしていた。
「さあ、もう終わりにしよう。お前の処分は、後で考える。ここにある、総ての機械を、今すぐ壊すんだ! こんなものは、俺たちの江戸には、絶対に存在してはならない!」
 ひくひくと全身を痙攣させながら、《暗闇検校》は装置に近寄った。指先がぶるぶる震え、俺の命令に必死に抗っている。
 指先が、ひどく目立つ赤いボタンに近づいていた。多分、あれが自爆装置か、何かだ。
 と、《暗闇検校》の瞳が、狡賢い光を放った。にやっと笑うと、素早く別のボタンに駆け寄った。
「わははははは! そうはいかぬ! 死ね! 鞍家二郎三郎!」
《暗闇検校》の指先が、ボタンをぐいと押した!
 その瞬間、俺たちが立っていた床が、ぱっくりと二つに割れた!
 俺たちは一塊になって、割れた床に呑み込まれる。落下してすぐ、床は元に戻り、天井に蓋がされてしまった。
 罠に掛かったのだ!
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