その少女は天使となりて

古鳥とり

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第1章「エクスシア学園」

第8節

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学園生活三日目。つまり、二度の夜を過ごしたことになるが寮のベッドは些か硬い。私は体を起こすと肩を鳴らした。近いうちに最高級の枕を取り寄せよう。

コンコンとドアが鳴ると、入るわ、と声がして次の瞬間、金髪の美少女が現れた。ラキナだ。こんな早朝に何か用事だろうか。

「ラキナ?どしたし?」

私は目脂をこすり落としながら質問する。

「ロセアさん、今日の模擬戦。私を信じて。」

その真剣に訴えるラキナの瞳は真っ直ぐと私を見つめ、まるで心を透かされているかのようで少し不気味だった。

「当たり前っしょ。ラキナは仲間だもん。」

私は眠気を含んだままの笑顔を見せた。

「ありがとう。」

そう言い残して、ラキナは去って行った。突然何だったのだろうか。彼女は私を嫌っているのか、それとも好いているのか。一体どちらなのだろう。仮に後者ならばこれから動きやすくなるのだが。

私は食事を終え、制服に着替えると急いで訓練区域へと向かった。昨日の作戦会議では、教官の助言通り、主な攻撃を私とラキナ、ルーテラが担当し、その支援をアズレアとヴィレスが行うことになった。

やがて複製市街地に四クラスが揃うと、それぞれスタート地点を指定されそれぞれのクラスが配置についた。

「じゃあ、作戦通り僕とヴィレスが敵を誘い出すよ。」

「ええ、お三方は敵が釣れたところを叩いてくださいまし。」

アズレアとヴィレスの言葉に、私達三人は頷く。この前はラキナに噛みついていたアズレアであったが、役割が決まってしまえば案外素直だった。

チーム戦に向いているのかもしれない。そして、教官の声が響き渡ると開戦を告げる空砲が鳴り響いた。模擬戦のスタートである。

私達五人は天核を十パーセント出力で起動すると、目を赤く光らせその小さな翼で飛び立った。アズレアとヴィレスが私達からおよそ一キロを先行している。

「こちらエクシア・フォー。二キロ先にサードガンマと思われる使徒を二名確認した。」

エクシアとは、私達エデンの使徒のコールネームである。サードデルタでは入隊順に呼ばれている。つまり、エクシア・フォーはアズレア、スリーがヴィレス、ツーがルーテラだ。

「了解。」

そして、私達エデンの使徒は念じるだけで任意の相手と会話をすることが可能だ。天鉱石のエネルギーで満たされている空間でなければ使用できないという欠点がある他、使徒であれば会話を傍受することも可能であるため、こうして使徒と敵対している時はあまり推奨されない。

「これより、僕たちが敵を…」

アズレアがそう言いかけた瞬間、何かが風を切った。その何かは私とルーテラの横を凄まじい速度で過ぎ去ると、あっという間にアズレアとヴィレスをも抜かし、敵陣に突っ込んだ。刹那、私はそれがラキナであると理解した。

ラキナは回転式拳銃を三発ずつ敵に当てると、敵はもがきそのまま地面に落ちた。翼を撃ち抜いたのである。敵二名は翼の修復を急ぐが、ラキナはそれを許さなかった。

彼女は圧倒的機動力で飛び回り、天核の剣を生成すると敵の四肢を切り落とした。続けて残りの三名による追撃の弾丸を躱すとそのまま加速し、回し蹴りを決めた。

敵三名は順番に地面へと叩き落とされていった。そして、彼女はフラッグを奪い取ると教官はサードガンマの敗北を宣言した。

「サードガンマ敗北。残り三クラス。」

その一瞬の出来事に、私は思わず感心してしまった。ひと仕事終えたラキナはフラッグを片手にこちらへ戻ってくる。そして、私が褒める言葉よりも先にアズレアの声が飛び出した。

「おい、作戦は何だったんだよ。」

「作戦通りよ。」

「これのどこが…!」

「アズレアさん達は見事に囮の役割を果たしてくれたわ。」

そう言って、ラキナは労うようにアズレアの肩を叩いた。感心していたのは私一人のようで、激昂したアズレアを前にルーテラとヴィレスは止めるそぶりを見せなかった。むしろ、ラキナを責め始めたのである。

「ラキナちゃん。やっぱり協力は、大切だと思うよ。」

「やはりこうなるのですわね。昇級を目指すのであれば看過できませんわ。」

二人の主張はもっともだ。確かに敵をおびき寄せる役割をアズレアが果たしていたかもしれないが、その後の攻撃は協力して行うという共通認識が私達にはあったように思う。

しかし、今朝の私へのラキナの発言からしてチームの輪を乱すことが目的ではないはずだ。それならば、ラキナは自分の考えを仲間に共有することから始めるべきではないだろうか。

そう思ったが、彼女が勝手にチームの信用を落としてくれるのは好都合だ。第二席である私がこの場を納めれば信頼度は高くなるはずだ。

「ラキナ、皆もこう言っていることだし、ちゃんと話そ?」

私は彼女の説得を試みることにした。

「作戦は昨日話した通りよ。これ以上話すことはないわ。」

彼女はそう真っ向から否定すると、先へ急ぎましょうと言わんばかりに彼女は次の場所へと動き出した。

一同はその去りゆく背中をただ見つめるばかりであった。
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