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後編
第十三夜 白の占者
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頭上の広大な空は薄紅と紫を混ぜ合わせたような色合い。西の彼方に見える山脈の向こうに太陽が沈みかかる夕刻──ライラとアシュラフは砂上に居た。
「暑い……」
頭上から響く、気の抜けたアシュラフの声にライラは視線をやった。
自分を後ろから抱き止めて、ナーセルの手綱を握る彼は、長い前髪から覗く薄紅の瞳を細めて深い溜息をつく。
しかし、砂上に出てからこの台詞はもう何度聞いただろう。分かりきっている事を何度も言われれば、流石にうんざりとしてしまうもので、ライラは目を細めて鼻を鳴らした。『月の花を探しに行こう』と、旅の約束をしたのは昨日の事だった。
その明朝、王都の市場に二人で向かい食料品や代えの衣類数点を買い込んで旅支度をした。そうして、仮眠を取った後、陽が西に傾き始めた頃合いを見計らって二人は屋敷を出た。
──目的地は、西サーキヤ。彼の古き知人の住処まで。
到着は恐らく宵の帳が完全に落ちてからになるだろう。
とは言え、未だ完全に陽が落ちているわけではない。昼の暑さの名残は未だ残っており、砂上を吹く乾いた風は熱風に等しかった。
しかし、陽が完全に落ちてしまえば、生命を拒む地は凍える程の寒さに包まれる──それが砂漠というものだ。
昔馴染みの占者の元へ行くのだから今日の彼は、黒の呪術師の正装を纏っていた。肩を大きく露出した装いとは言え黒装束だ。熱の吸収も甚だしいのだろう。アシュラフは大粒の汗を滴らせ、何とも締まりの無い顔をしていた。
「しっかりしなよ。未だ発って数時間しか経ってない。暗くなれば嫌っていう程寒くなるから。星が出なくてもある程度方角は分かるから、あんたはちゃんと手綱握って」
突っ撥ねながらもライラが鼓舞すれば、アシュラフは随分と間伸びした返事をする。
──昼は大して使い物にならない。と、釘を刺すように言われてはいたが、正にその通り……否や、ライラの想像を超える程にアシュラフはだらしなかった。
(全く。明るみだと蛭じゃない……本当にただのナメクジみたい)
呆れながらライラが前方に視線を戻したと同時だった。
「ねぇーライラ。今さぁ、俺に対して何か失礼な事、思わなかった?」
手綱を握る彼が少しふて腐れたように言うものだから、ライラはハッと目を瞠る。
考えていた事を読まれたのだ。
今更のようだが、思えばこんな事は幾度かあっただろう。まさか彼は人の心が読めるのだろうか──そんな疑問が過ぎり、ライラは再び後方を向く。
「ねぇ。まさかとは思うけど、あんたって……心でも読めるの?」
「そんなまさか。出来る訳ないでしょ」
即答だった。しかし、何故いつもピッタリのタイミングなのだろう。ライラが首を傾げれば、彼はヒヒ……と、いつも通りの小気味悪い笑いを溢す。
「確かに俺は呪術は扱えるけど、そんなびっくり人間じゃないよ。自分に向けられる悪意に敏感なの。それにね、言葉や態度から人の心を予測して仮定する。これって、占者も呪術師も同じで基礎って言っても過言じゃないからね」
「いや、待って。アシュラフは邪視を持ってるでしょうが。その力じゃないの……?」
ライラが思ったままを訊くが、彼は何が可笑しいのか、直ぐに溌剌とした笑いを溢した。
「え、何……私そんな変な事言ってないでしょ。そんなに笑う事じゃないでしょうが」
「いやぁ……ごめんね。ライラって純粋だなぁって思って」
「……は? 純粋?」
盗賊に無縁に等しい言葉に違いないだろう。ライラが眉を顰めると、アシュラフは『純粋』と復唱して言葉を続ける。
「実際に邪視なんて生きた人間についてる訳ないじゃん」
「え、どういう……? だって、前代の蛭があんたを引き取った理由って」
……邪視はある程度、成長しなければ発達しないとそんな話をつい数日前に聞かされただろう。つまりどういう事か。ライラは意図を汲み取れやしなかった。
「つまりね。もしも邪視が本当に存在するとしたら、それって妖霊みたいな存在だろうとは思うのさ。どうして師匠がそんなハッタリを言って俺を引き取ったかは、あまりに俺の境遇が不憫で憐れんだのと、都合良くコキ使える相手が欲しかったからってだけ。まぁそれでも便利なもんだよこの目は。たとえば、ゴロツキに絡まれた時なんかのハッタリに使えるしね」
──つまり俺の目の色はただのピンク色の目。別に邪視でも何でもない。と、彼がキッパリと告げるが、ライラは衝撃的事実に唖然としてしまった。
「……え。じゃああんたのその目は本当の邪視って訳じゃ……」
「うん。こういう色素の目。見つめられたからって別にどうって事無いよ。だからもっと見つめたって良いんだよ?」
なんて、彼はニヤニヤとした笑みを唇に乗せて言うが、ライラは直ぐに目を細めた。
……赤の瞳は邪視。当たり前の蔓延る常識で勝手に信じていたが、当人が言うのならそうなのだろう。それも妖霊をも従える黒の呪術師が言うくらいなのだから。
それに、ハッタリとまで言うのだから尚更だ。確かに、ライラも初めは慄いたが、あの不気味な部屋同様に彼の薄紅の瞳にもいい加減慣れてしまうもので──。
「……そうだね。ハッタリって結構大事。最後の切り札で賊もよく使うよ」
それだけ言って、再びライラは前方を向いたと同時だった。彼は、唐突に何か思い出したのか「あっ」と言葉を溢した。
「何」と、ライラは面倒臭そうに再び後方を向くと、彼は嬉しそうに唇を綻ばせた。
「……賊で思い出したけど、やっぱりライラ、新しい服、凄く似合ってるね。個人的には屋敷で着てたドレスも可憐で好きだけど、そっちの方が君っぽくて俺は好きだな」
そっちの方が好き──と、包み隠しもなく言われた言葉にライラの頬はたちまち熱が帯びた。
確かに今日の服装と言えば、華美なドレスでも無かった。
──漆黒の生地に黄金の幾何学模様の走る民族衣装を上衣として羽織り、胸元を覆い隠すだけの麻製の簡素な召し物。ゆるく腰布を巻き、夜の帳が落ちる寸前の空の色彩によく似た色味のスカート。
その隙間から僅かに覗く大腿部には、革製のベルトがまるで拘束具のようにしっかりと結ばれていた。
そこに携えられたものは護身用にと与えられた新品のナイフが二本。
砂上の旅に出るというのに、華美なドレスでは機能的にも最低だ。だから、今朝の買い出しの時にこれら召し物を仕入れてきた。それに万が一、盗賊から襲撃を受けた時に丸腰ではいけないからと、彼に頼んで、ナイフまで買って貰ったのだ。
それも賊の頃に持っていた粗悪なナイフと違い、なかなかの高級品。大粒の紅玉が嵌め込まれ囲うように金細工が施されたもので、もはや芸術の域に等しい程だった。
……そもそも、入った刃物屋で見つけたもので、ライラがつい見入ってしまった事が発端だった。
確かに柄の部分の宝石と金細工も良いが、刃の部分もなかなかなもので……上質な鉄で打っているのか、白銀に煌めく刃はあまりに美しく、つい食い入るように刃先を見つめていた所為もあっただろう。
「気になるなら触るかい?」と、店主に出して触らせて貰ったが、恐ろしい程にそれが手に馴染むものでライラも少し驚いてしまった。
とは言え、別にそれが欲しかった訳でもない。護身出来るなら別に何だって良いもので……とりあえず、自らの目で安いナイフを見繕ってアシュラフに買って貰った。しかし、屋敷に戻って自分が見入ってたあのナイフを「プレゼント」と手渡されたのであった。
いつの間に買ったのか……本当に驚いてしまったが。折角の好意だ。ライラは素直にそれを受け取った。
しかし、いくら美しいナイフだとしても、得物に変わりない。それに装いだって決して品の良い格好と言えないだろう。
頭に巻いた帯状布だって、以前アシュラフから返却された自分のもの──装いだけで言うならば、もはや賊の頃の服装と変わらないものだった。
(この装いが好きなんて、アシュラフは本当に変わってる……)
帯状布の余りから溢れる飾り房を指で弄りながら、ライラは心の中で独りごちた。
……確かに、これはありのままの自分の姿に違いないだろう。それを好きだと。
彼の言葉の裏を辿れば見えてくる結論に、途端に頬が熱くなった。
「賊に惚れるなんて、本当馬鹿」
聞こえないだろう。と、ライラは消え入りそうな声でぽつりと呟いた。
だが、彼はそれを確と聞いていたようで……。
『はーい、馬鹿です』なんて、アシュラフの気の抜けた返事が即座に後方から響き、ライラはジトリと目を細めた。
西方に馬を走らせる事、数時間。
夜の帳が完全に落ちた頃、遠くからぽつりぽつりと集落の灯りが見え始めた。
賊が潜んでいそうな怪しそうな場所を迂回したお陰もあって、そういった輩には一度も鉢合わせする事もなくライラとアシュラフは無事に西サーキヤに辿り着いた。
二人はナーセルから降りて、集落に足を進める。もう夜も深まる頃合いだからだろう。外に人の姿は無かった。
それでも、光の漏れる家屋からは談笑する声が聞こえてくる。
夕飯時か夕飯直後くらいの頃合いだろう。
家屋を通り過ぎる都度、食べ物の匂いが鼻をつくもので、自然と腹も減ってきた。
ライラは、腹の虫が鳴りそうになるのを堪えつつ、ナーセルの手綱を引くアシュラフの後を歩んでいた。
入り組んだ路地を曲がり、細い水路沿いを歩み……歩む事数分。長く緩やかな傾斜に差し掛かれば、斜面の上にぽつりと立つ外灯の下で妙齢の女性が立っていた。
その女性は、自分たちが近づいてくるとひらりと優雅に手を振ってくる。
「え、アシュラフ。もしかしてあの人がそう?」
ライラが訊けば、アシュラフは直ぐに頷いた。
──古い知り合いというくらいなのだから、必然的に老婆か中年の女性を想像していたものだが、こんなに若いのかと。ライラは少しばかり驚いてしまった。
歩んで近づけばその全貌がよく分かる。
ぱっと見たところ、アシュラフと年齢差も無さそうな女だった。
黒の呪術師であるアシュラフとは対照的に彼女は純白の装束に身を包んでいた。
──艶やかな黒髪に滑らかな褐色の肌。すらりと長い手足に胸も大きく膨らんでいて……同じ女の筈なのに、こうも違うものなのかと思えてしまう程。ライラは呆然とその女の食い入るように見つめてしまった。
「長旅ご苦労様。そろそろ来るんじゃないかと思ったわ」
その声は、澄み切った美しいものだった。
美女であり美声の持ち主。ずるいだろう。そんな風に思えて、ライラは面白くなさそうに瞳をジトリと細めた。
「アシュ……ううん。今は貴方が蛭よね。いらっしゃい」
「アシュで構いませんが。どうも、お久しぶりです「蝶」こちらは……」
アシュラフはライラの方を指し示す。
すると必然的に蝶と呼ばれる占者と視線が交わり、ライラはドキリとしてしまった。
光源は頼り無い外灯の光ただ一つ。そんな暗がりの中ではあるが、正面を向いても、やはり麗しいと思えてしまった。
──瞳の色は真昼の陽光を彷彿させる琥珀。それを縁取る輪郭は大きく、目鼻立ちのはっきりとした女だった。
彼女はライラに向けてニコリと微笑み薔薇の花弁のように淑やかな唇を緩やかに開く。
「ん。だいたいは分かってるわ。別にこの子は呪術なんて使えないわよね? だから名前でいいわよ」
──初めまして、可愛らしい盗賊のお嬢さん。と、付け添えて。彼女は麗らかな所作で一礼した。
顔も良くて、声も綺麗で、所作まで麗しい。予想とはあまりにも掛け離れた衝撃に狼狽えそうになってしまう。それも可愛い盗賊のお嬢さんと──少し侮辱されたような気分にさえなってしまうが、その言葉にさえ嫌味が無い。
ライラは言葉を発する事もなく、軽く会釈をした。
「……では、ナディア様」
少し躊躇いながらも、アシュラフは彼女の名を言った。だが、彼女は直ぐに首を横に振り──
「堅苦しい、却下。昔はお姉ちゃんって呼んでくれたのに。アシュは可愛くない子に育っちゃったものね」
と、煙たげに突っ撥ねた。
「……なら、ナディアさんで」
僅かにアシュラフの方を見れば、心底居心地悪そうだった。たちまち耳を赤々としている事から、かなり恥じている様子は窺う事が出来る。
だが、傍観するライラは心の中が妙にモヤついた事を直ぐに自覚した。だが、いったい何が気に喰わないか分からない。
ライラは眉根を寄せて暫し二人のやりとりを傍観した。
──近状の商売の話。それから、王都の話。理解も出来ないような占術の話──完全に置いてきぼりの蚊帳の外。ライラはあまりに退屈になって、ナーセルの鬣を撫で始めた時だった。
「ああ。ごめんなさいね……つい立ち話が長くなって。退屈しちゃうわね」
退屈そうに馬と戯れるライラに直ぐ察したのか、占者「蝶」ことナディアは直ぐさま、詫びた。
「お構いなく」
平坦な調子でライラが応えると、彼女はふわりと優しく笑んだ後、再びアシュラフに視線をやった。
「だけどまさか、あの悪名高き女盗賊と言われる蟷螂がこんなに可愛らしい女の子だっただなんて思いもしなかったわ。胸もおしりもろくに出ていなくて、未だ何も知らない初な少女みたい。アシュ……貴方ってばお姉さん系よりも、少女趣味なの?」
──それを自分の物にした? この子、貴方と幾つ歳が離れてるの。なんて、ナディアが怪訝に目を細めてアシュラフを射貫いた。
しかし、「胸もおしりもろくに出ていない」なんて余計なお世話だろう。
自分の容姿など、今の今まで大して気にしてもいなかったが、流石に侮辱されたのだと分かり、ライラは瞳を釣り上げてナディアを睨む。
確かに目の前に居るこの女とは同じ性別でも雲泥の差だと分かる。完全に臍を曲げたライラは、眉根に深く皺を刻んだ。
「蟷螂に喧嘩を売るとは、良い度胸……」
ライラは前ぶりもなく彼女に掴みかかろうとした須臾だった。
彼女は一瞬にして、今まさに繰り出そうとしたライラの腕に掴みかかったのである。
それもふり解けない程の力だった。
流石にこれには驚嘆してしまい、ライラがハッと目を瞠ったのも束の間……彼女は、もう片方の手でライラの額をツンと突き、ニンマリと笑んだのである。
屈強な女盗賊が占者に負ける。それも力でねじ伏せられるとは……。しかし、何故に自分を捕らえる事が出来たのか。
ライラが驚いたままでいれば、彼女はケラケラと笑い声を溢し始めた。
「もうダメよ。怒らないの! 可愛い顔が台無しじゃない!」
言われた言葉に、ライラはポカンと口を開けてしまった。
「……はぁ?」
「女の子でも盗賊は結構お馬鹿なのねぇ。でも私、褒めてるのよ? 貴方って本当に可愛いし可憐じゃない!」
「……と、いうのか。そもそも、どうしてあんたは、私が蟷螂だって知ってる?」
二人のやりとりなど分からないのだから聞き流していたが、アシュラフはろくに自分の事など話してもいなかっただろう。
それに、まず会って直ぐに彼女は自分の正体を直ぐに射貫いたようで、”可愛い盗賊のお嬢さん”と言ったのだ。
──まじまじと思うと、全てを見透かされたかのような気味の悪さを感じて、ライラは険しく顔を歪めた。
すると、ようやく彼女は掴んだライラの手を解放して、ふふと柔らかく笑む。
「そうねぇ。王都の話は行商人から意外と届くものよ。でもね、それ以前に私は占者だからね。簡単に見通せるわ。占者をナメないで頂戴ね?」
──可愛い虫けらちゃん。と添えた言葉は、本当に甘ったるいもので、ライラは更に顔をしかめた。
「それはそうと……今更だけど屋敷に入りましょう。立ち話が長くなって本当にごめんなさいね」
そう言って、ライラの頬を撫でた後、ナディアは背を向けた。
彼女の向かう先……そこは、暗がりの中でもなかなかに立派な屋敷だと分かる。
全く馴染みの無い場所とは言え、盗賊の立場上、領地内の金持ちの家はだいたい把握している。
西サーキヤを遠目で見た時、きっとあの屋敷だろうとは分かっていた。
──辺境地、西サーキヤの小高い丘の上に佇む玉葱型の屋根が印象的な礼拝堂のような白い屋敷。それが、彼女の屋敷だった──と、今更のようにライラは悟る。
忘れかけていた事だが、『西サーキヤにある、あの屋敷は狙わない方がいい』という噂は自分が盗賊になった時からあっただろう。
だが、対峙して分かった。家主が蛭同等にただ者で無い。それも恐らく、ただの占者ではないと……。
「相変わらずだなぁ……ごめんね。あらかじめ癖が強すぎる人だって言えば良かった」
アシュラフはぽつりと言う。
「あいつ何者なの……」
小声でライラが訊けば、彼は深く息を吐くなり、首を横に振るう。
「前代、蛭の一番弟子だよ。俺を見ていれば分かるだろうけど、占者と呪術師は紙一重。彼女だって呪術は扱えるんだ。それもまぁ……凄い経歴をお持ちでね。かなり昔、賞金首の盗賊狩りなんかやってた凄腕呪術師だよ」
「は……?」
ライラは目を丸く開いた。
盗賊を捕らえて賞金稼ぎをする輩なんて知りもしなければ、聞いた事もない。それも女でだ。いったい、どれ程昔の話だろうか。どう考えても、見た目の年齢で言えばアシュラフとそう変わらないと思しいのに。
「いや、ちょっと待って。私、この道十年近くの盗賊だけど、そんな奴は知らないけど」
目頭を押さえて、ライラが問うとアシュラフはクスクスと笑みを溢した。
「そりゃそうだよ。ナディアさんが若かった頃の話だから。俺や君が生まれるよりもずっと昔……今から四十年近く昔の事だよ。あれでも、ナディアさんは六十歳近いから」
……情報が色々と追いつけやしない。あの美貌。どう見たって妙齢の女性だというのに、あれで、六十近いと……。
ライラは眉間を揉んで情報を整理する。
「じゃあ、私を押さえつけたあれは呪術?」
「いや、あれは……どう考えても、ただの反射と筋力だと思うけど」
「反射と筋力……」
呆気に取られたまま。ライラは屋敷に向かって優雅に歩むナディアに視線をやった。
「まぁ、お察しの通りに本当に癖が強いんだ。少しばかり毒舌でね。もはや、毒蛾にでも改名した方がいい程。俺が子供の頃から時を止めたみたいにあの姿。まさに魔女だよ」
──勿論、無害。根はとても良い人なんだけどね。と、アシュラフはフォローも入れるが、どう考えても殆どが悪口だろう。
未だ呆然としたライラが『おっかない女』と、口に出そうとした途端だった──
「ほらほら! 悪口言ってないで入りなさい!」
まさか、聞こえていたのだろうか。
占者ナディアは玄関ポーチの下でヒラヒラと手を麗らかに振っていた。
「暑い……」
頭上から響く、気の抜けたアシュラフの声にライラは視線をやった。
自分を後ろから抱き止めて、ナーセルの手綱を握る彼は、長い前髪から覗く薄紅の瞳を細めて深い溜息をつく。
しかし、砂上に出てからこの台詞はもう何度聞いただろう。分かりきっている事を何度も言われれば、流石にうんざりとしてしまうもので、ライラは目を細めて鼻を鳴らした。『月の花を探しに行こう』と、旅の約束をしたのは昨日の事だった。
その明朝、王都の市場に二人で向かい食料品や代えの衣類数点を買い込んで旅支度をした。そうして、仮眠を取った後、陽が西に傾き始めた頃合いを見計らって二人は屋敷を出た。
──目的地は、西サーキヤ。彼の古き知人の住処まで。
到着は恐らく宵の帳が完全に落ちてからになるだろう。
とは言え、未だ完全に陽が落ちているわけではない。昼の暑さの名残は未だ残っており、砂上を吹く乾いた風は熱風に等しかった。
しかし、陽が完全に落ちてしまえば、生命を拒む地は凍える程の寒さに包まれる──それが砂漠というものだ。
昔馴染みの占者の元へ行くのだから今日の彼は、黒の呪術師の正装を纏っていた。肩を大きく露出した装いとは言え黒装束だ。熱の吸収も甚だしいのだろう。アシュラフは大粒の汗を滴らせ、何とも締まりの無い顔をしていた。
「しっかりしなよ。未だ発って数時間しか経ってない。暗くなれば嫌っていう程寒くなるから。星が出なくてもある程度方角は分かるから、あんたはちゃんと手綱握って」
突っ撥ねながらもライラが鼓舞すれば、アシュラフは随分と間伸びした返事をする。
──昼は大して使い物にならない。と、釘を刺すように言われてはいたが、正にその通り……否や、ライラの想像を超える程にアシュラフはだらしなかった。
(全く。明るみだと蛭じゃない……本当にただのナメクジみたい)
呆れながらライラが前方に視線を戻したと同時だった。
「ねぇーライラ。今さぁ、俺に対して何か失礼な事、思わなかった?」
手綱を握る彼が少しふて腐れたように言うものだから、ライラはハッと目を瞠る。
考えていた事を読まれたのだ。
今更のようだが、思えばこんな事は幾度かあっただろう。まさか彼は人の心が読めるのだろうか──そんな疑問が過ぎり、ライラは再び後方を向く。
「ねぇ。まさかとは思うけど、あんたって……心でも読めるの?」
「そんなまさか。出来る訳ないでしょ」
即答だった。しかし、何故いつもピッタリのタイミングなのだろう。ライラが首を傾げれば、彼はヒヒ……と、いつも通りの小気味悪い笑いを溢す。
「確かに俺は呪術は扱えるけど、そんなびっくり人間じゃないよ。自分に向けられる悪意に敏感なの。それにね、言葉や態度から人の心を予測して仮定する。これって、占者も呪術師も同じで基礎って言っても過言じゃないからね」
「いや、待って。アシュラフは邪視を持ってるでしょうが。その力じゃないの……?」
ライラが思ったままを訊くが、彼は何が可笑しいのか、直ぐに溌剌とした笑いを溢した。
「え、何……私そんな変な事言ってないでしょ。そんなに笑う事じゃないでしょうが」
「いやぁ……ごめんね。ライラって純粋だなぁって思って」
「……は? 純粋?」
盗賊に無縁に等しい言葉に違いないだろう。ライラが眉を顰めると、アシュラフは『純粋』と復唱して言葉を続ける。
「実際に邪視なんて生きた人間についてる訳ないじゃん」
「え、どういう……? だって、前代の蛭があんたを引き取った理由って」
……邪視はある程度、成長しなければ発達しないとそんな話をつい数日前に聞かされただろう。つまりどういう事か。ライラは意図を汲み取れやしなかった。
「つまりね。もしも邪視が本当に存在するとしたら、それって妖霊みたいな存在だろうとは思うのさ。どうして師匠がそんなハッタリを言って俺を引き取ったかは、あまりに俺の境遇が不憫で憐れんだのと、都合良くコキ使える相手が欲しかったからってだけ。まぁそれでも便利なもんだよこの目は。たとえば、ゴロツキに絡まれた時なんかのハッタリに使えるしね」
──つまり俺の目の色はただのピンク色の目。別に邪視でも何でもない。と、彼がキッパリと告げるが、ライラは衝撃的事実に唖然としてしまった。
「……え。じゃああんたのその目は本当の邪視って訳じゃ……」
「うん。こういう色素の目。見つめられたからって別にどうって事無いよ。だからもっと見つめたって良いんだよ?」
なんて、彼はニヤニヤとした笑みを唇に乗せて言うが、ライラは直ぐに目を細めた。
……赤の瞳は邪視。当たり前の蔓延る常識で勝手に信じていたが、当人が言うのならそうなのだろう。それも妖霊をも従える黒の呪術師が言うくらいなのだから。
それに、ハッタリとまで言うのだから尚更だ。確かに、ライラも初めは慄いたが、あの不気味な部屋同様に彼の薄紅の瞳にもいい加減慣れてしまうもので──。
「……そうだね。ハッタリって結構大事。最後の切り札で賊もよく使うよ」
それだけ言って、再びライラは前方を向いたと同時だった。彼は、唐突に何か思い出したのか「あっ」と言葉を溢した。
「何」と、ライラは面倒臭そうに再び後方を向くと、彼は嬉しそうに唇を綻ばせた。
「……賊で思い出したけど、やっぱりライラ、新しい服、凄く似合ってるね。個人的には屋敷で着てたドレスも可憐で好きだけど、そっちの方が君っぽくて俺は好きだな」
そっちの方が好き──と、包み隠しもなく言われた言葉にライラの頬はたちまち熱が帯びた。
確かに今日の服装と言えば、華美なドレスでも無かった。
──漆黒の生地に黄金の幾何学模様の走る民族衣装を上衣として羽織り、胸元を覆い隠すだけの麻製の簡素な召し物。ゆるく腰布を巻き、夜の帳が落ちる寸前の空の色彩によく似た色味のスカート。
その隙間から僅かに覗く大腿部には、革製のベルトがまるで拘束具のようにしっかりと結ばれていた。
そこに携えられたものは護身用にと与えられた新品のナイフが二本。
砂上の旅に出るというのに、華美なドレスでは機能的にも最低だ。だから、今朝の買い出しの時にこれら召し物を仕入れてきた。それに万が一、盗賊から襲撃を受けた時に丸腰ではいけないからと、彼に頼んで、ナイフまで買って貰ったのだ。
それも賊の頃に持っていた粗悪なナイフと違い、なかなかの高級品。大粒の紅玉が嵌め込まれ囲うように金細工が施されたもので、もはや芸術の域に等しい程だった。
……そもそも、入った刃物屋で見つけたもので、ライラがつい見入ってしまった事が発端だった。
確かに柄の部分の宝石と金細工も良いが、刃の部分もなかなかなもので……上質な鉄で打っているのか、白銀に煌めく刃はあまりに美しく、つい食い入るように刃先を見つめていた所為もあっただろう。
「気になるなら触るかい?」と、店主に出して触らせて貰ったが、恐ろしい程にそれが手に馴染むものでライラも少し驚いてしまった。
とは言え、別にそれが欲しかった訳でもない。護身出来るなら別に何だって良いもので……とりあえず、自らの目で安いナイフを見繕ってアシュラフに買って貰った。しかし、屋敷に戻って自分が見入ってたあのナイフを「プレゼント」と手渡されたのであった。
いつの間に買ったのか……本当に驚いてしまったが。折角の好意だ。ライラは素直にそれを受け取った。
しかし、いくら美しいナイフだとしても、得物に変わりない。それに装いだって決して品の良い格好と言えないだろう。
頭に巻いた帯状布だって、以前アシュラフから返却された自分のもの──装いだけで言うならば、もはや賊の頃の服装と変わらないものだった。
(この装いが好きなんて、アシュラフは本当に変わってる……)
帯状布の余りから溢れる飾り房を指で弄りながら、ライラは心の中で独りごちた。
……確かに、これはありのままの自分の姿に違いないだろう。それを好きだと。
彼の言葉の裏を辿れば見えてくる結論に、途端に頬が熱くなった。
「賊に惚れるなんて、本当馬鹿」
聞こえないだろう。と、ライラは消え入りそうな声でぽつりと呟いた。
だが、彼はそれを確と聞いていたようで……。
『はーい、馬鹿です』なんて、アシュラフの気の抜けた返事が即座に後方から響き、ライラはジトリと目を細めた。
西方に馬を走らせる事、数時間。
夜の帳が完全に落ちた頃、遠くからぽつりぽつりと集落の灯りが見え始めた。
賊が潜んでいそうな怪しそうな場所を迂回したお陰もあって、そういった輩には一度も鉢合わせする事もなくライラとアシュラフは無事に西サーキヤに辿り着いた。
二人はナーセルから降りて、集落に足を進める。もう夜も深まる頃合いだからだろう。外に人の姿は無かった。
それでも、光の漏れる家屋からは談笑する声が聞こえてくる。
夕飯時か夕飯直後くらいの頃合いだろう。
家屋を通り過ぎる都度、食べ物の匂いが鼻をつくもので、自然と腹も減ってきた。
ライラは、腹の虫が鳴りそうになるのを堪えつつ、ナーセルの手綱を引くアシュラフの後を歩んでいた。
入り組んだ路地を曲がり、細い水路沿いを歩み……歩む事数分。長く緩やかな傾斜に差し掛かれば、斜面の上にぽつりと立つ外灯の下で妙齢の女性が立っていた。
その女性は、自分たちが近づいてくるとひらりと優雅に手を振ってくる。
「え、アシュラフ。もしかしてあの人がそう?」
ライラが訊けば、アシュラフは直ぐに頷いた。
──古い知り合いというくらいなのだから、必然的に老婆か中年の女性を想像していたものだが、こんなに若いのかと。ライラは少しばかり驚いてしまった。
歩んで近づけばその全貌がよく分かる。
ぱっと見たところ、アシュラフと年齢差も無さそうな女だった。
黒の呪術師であるアシュラフとは対照的に彼女は純白の装束に身を包んでいた。
──艶やかな黒髪に滑らかな褐色の肌。すらりと長い手足に胸も大きく膨らんでいて……同じ女の筈なのに、こうも違うものなのかと思えてしまう程。ライラは呆然とその女の食い入るように見つめてしまった。
「長旅ご苦労様。そろそろ来るんじゃないかと思ったわ」
その声は、澄み切った美しいものだった。
美女であり美声の持ち主。ずるいだろう。そんな風に思えて、ライラは面白くなさそうに瞳をジトリと細めた。
「アシュ……ううん。今は貴方が蛭よね。いらっしゃい」
「アシュで構いませんが。どうも、お久しぶりです「蝶」こちらは……」
アシュラフはライラの方を指し示す。
すると必然的に蝶と呼ばれる占者と視線が交わり、ライラはドキリとしてしまった。
光源は頼り無い外灯の光ただ一つ。そんな暗がりの中ではあるが、正面を向いても、やはり麗しいと思えてしまった。
──瞳の色は真昼の陽光を彷彿させる琥珀。それを縁取る輪郭は大きく、目鼻立ちのはっきりとした女だった。
彼女はライラに向けてニコリと微笑み薔薇の花弁のように淑やかな唇を緩やかに開く。
「ん。だいたいは分かってるわ。別にこの子は呪術なんて使えないわよね? だから名前でいいわよ」
──初めまして、可愛らしい盗賊のお嬢さん。と、付け添えて。彼女は麗らかな所作で一礼した。
顔も良くて、声も綺麗で、所作まで麗しい。予想とはあまりにも掛け離れた衝撃に狼狽えそうになってしまう。それも可愛い盗賊のお嬢さんと──少し侮辱されたような気分にさえなってしまうが、その言葉にさえ嫌味が無い。
ライラは言葉を発する事もなく、軽く会釈をした。
「……では、ナディア様」
少し躊躇いながらも、アシュラフは彼女の名を言った。だが、彼女は直ぐに首を横に振り──
「堅苦しい、却下。昔はお姉ちゃんって呼んでくれたのに。アシュは可愛くない子に育っちゃったものね」
と、煙たげに突っ撥ねた。
「……なら、ナディアさんで」
僅かにアシュラフの方を見れば、心底居心地悪そうだった。たちまち耳を赤々としている事から、かなり恥じている様子は窺う事が出来る。
だが、傍観するライラは心の中が妙にモヤついた事を直ぐに自覚した。だが、いったい何が気に喰わないか分からない。
ライラは眉根を寄せて暫し二人のやりとりを傍観した。
──近状の商売の話。それから、王都の話。理解も出来ないような占術の話──完全に置いてきぼりの蚊帳の外。ライラはあまりに退屈になって、ナーセルの鬣を撫で始めた時だった。
「ああ。ごめんなさいね……つい立ち話が長くなって。退屈しちゃうわね」
退屈そうに馬と戯れるライラに直ぐ察したのか、占者「蝶」ことナディアは直ぐさま、詫びた。
「お構いなく」
平坦な調子でライラが応えると、彼女はふわりと優しく笑んだ後、再びアシュラフに視線をやった。
「だけどまさか、あの悪名高き女盗賊と言われる蟷螂がこんなに可愛らしい女の子だっただなんて思いもしなかったわ。胸もおしりもろくに出ていなくて、未だ何も知らない初な少女みたい。アシュ……貴方ってばお姉さん系よりも、少女趣味なの?」
──それを自分の物にした? この子、貴方と幾つ歳が離れてるの。なんて、ナディアが怪訝に目を細めてアシュラフを射貫いた。
しかし、「胸もおしりもろくに出ていない」なんて余計なお世話だろう。
自分の容姿など、今の今まで大して気にしてもいなかったが、流石に侮辱されたのだと分かり、ライラは瞳を釣り上げてナディアを睨む。
確かに目の前に居るこの女とは同じ性別でも雲泥の差だと分かる。完全に臍を曲げたライラは、眉根に深く皺を刻んだ。
「蟷螂に喧嘩を売るとは、良い度胸……」
ライラは前ぶりもなく彼女に掴みかかろうとした須臾だった。
彼女は一瞬にして、今まさに繰り出そうとしたライラの腕に掴みかかったのである。
それもふり解けない程の力だった。
流石にこれには驚嘆してしまい、ライラがハッと目を瞠ったのも束の間……彼女は、もう片方の手でライラの額をツンと突き、ニンマリと笑んだのである。
屈強な女盗賊が占者に負ける。それも力でねじ伏せられるとは……。しかし、何故に自分を捕らえる事が出来たのか。
ライラが驚いたままでいれば、彼女はケラケラと笑い声を溢し始めた。
「もうダメよ。怒らないの! 可愛い顔が台無しじゃない!」
言われた言葉に、ライラはポカンと口を開けてしまった。
「……はぁ?」
「女の子でも盗賊は結構お馬鹿なのねぇ。でも私、褒めてるのよ? 貴方って本当に可愛いし可憐じゃない!」
「……と、いうのか。そもそも、どうしてあんたは、私が蟷螂だって知ってる?」
二人のやりとりなど分からないのだから聞き流していたが、アシュラフはろくに自分の事など話してもいなかっただろう。
それに、まず会って直ぐに彼女は自分の正体を直ぐに射貫いたようで、”可愛い盗賊のお嬢さん”と言ったのだ。
──まじまじと思うと、全てを見透かされたかのような気味の悪さを感じて、ライラは険しく顔を歪めた。
すると、ようやく彼女は掴んだライラの手を解放して、ふふと柔らかく笑む。
「そうねぇ。王都の話は行商人から意外と届くものよ。でもね、それ以前に私は占者だからね。簡単に見通せるわ。占者をナメないで頂戴ね?」
──可愛い虫けらちゃん。と添えた言葉は、本当に甘ったるいもので、ライラは更に顔をしかめた。
「それはそうと……今更だけど屋敷に入りましょう。立ち話が長くなって本当にごめんなさいね」
そう言って、ライラの頬を撫でた後、ナディアは背を向けた。
彼女の向かう先……そこは、暗がりの中でもなかなかに立派な屋敷だと分かる。
全く馴染みの無い場所とは言え、盗賊の立場上、領地内の金持ちの家はだいたい把握している。
西サーキヤを遠目で見た時、きっとあの屋敷だろうとは分かっていた。
──辺境地、西サーキヤの小高い丘の上に佇む玉葱型の屋根が印象的な礼拝堂のような白い屋敷。それが、彼女の屋敷だった──と、今更のようにライラは悟る。
忘れかけていた事だが、『西サーキヤにある、あの屋敷は狙わない方がいい』という噂は自分が盗賊になった時からあっただろう。
だが、対峙して分かった。家主が蛭同等にただ者で無い。それも恐らく、ただの占者ではないと……。
「相変わらずだなぁ……ごめんね。あらかじめ癖が強すぎる人だって言えば良かった」
アシュラフはぽつりと言う。
「あいつ何者なの……」
小声でライラが訊けば、彼は深く息を吐くなり、首を横に振るう。
「前代、蛭の一番弟子だよ。俺を見ていれば分かるだろうけど、占者と呪術師は紙一重。彼女だって呪術は扱えるんだ。それもまぁ……凄い経歴をお持ちでね。かなり昔、賞金首の盗賊狩りなんかやってた凄腕呪術師だよ」
「は……?」
ライラは目を丸く開いた。
盗賊を捕らえて賞金稼ぎをする輩なんて知りもしなければ、聞いた事もない。それも女でだ。いったい、どれ程昔の話だろうか。どう考えても、見た目の年齢で言えばアシュラフとそう変わらないと思しいのに。
「いや、ちょっと待って。私、この道十年近くの盗賊だけど、そんな奴は知らないけど」
目頭を押さえて、ライラが問うとアシュラフはクスクスと笑みを溢した。
「そりゃそうだよ。ナディアさんが若かった頃の話だから。俺や君が生まれるよりもずっと昔……今から四十年近く昔の事だよ。あれでも、ナディアさんは六十歳近いから」
……情報が色々と追いつけやしない。あの美貌。どう見たって妙齢の女性だというのに、あれで、六十近いと……。
ライラは眉間を揉んで情報を整理する。
「じゃあ、私を押さえつけたあれは呪術?」
「いや、あれは……どう考えても、ただの反射と筋力だと思うけど」
「反射と筋力……」
呆気に取られたまま。ライラは屋敷に向かって優雅に歩むナディアに視線をやった。
「まぁ、お察しの通りに本当に癖が強いんだ。少しばかり毒舌でね。もはや、毒蛾にでも改名した方がいい程。俺が子供の頃から時を止めたみたいにあの姿。まさに魔女だよ」
──勿論、無害。根はとても良い人なんだけどね。と、アシュラフはフォローも入れるが、どう考えても殆どが悪口だろう。
未だ呆然としたライラが『おっかない女』と、口に出そうとした途端だった──
「ほらほら! 悪口言ってないで入りなさい!」
まさか、聞こえていたのだろうか。
占者ナディアは玄関ポーチの下でヒラヒラと手を麗らかに振っていた。
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