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Study5.聖少女と血濡れた黒兎
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しおりを挟む箒を肩に立てかけて、ストロベリーは手に息を吐き出し擦り合わせた。息はもう白々としたもので、悴んだ指先の感触はあまりない。
「──ほら苺ちゃん! そろそろ日没も近いし、ちゃっちゃと落ち葉を集めちゃおう!」
茜さす中庭、少し離れた場所で自分の纏った枯葉色のケープコートを纏ったレイチェル……ことラケルはヒラヒラと手を振っている。その首元の僅かな膨らみを厳重に隠すように、今の彼は生成り色のニットのマフラーをぐるぐると巻いていた。
「分かったよぉー今行くー」
間延びた返事をしてストロベリーは彼の元へと小走りで向かっていった。
青々としていた中庭の景観は、つい最近降り積もった残雪がチラホラとある。初雪は一週間ほど前……あの日授業をサボった罰として課された掃除はあと僅かで終わりを迎える。
季節は冬も深まり、もうすぐ年越しを迎えようとしていた。
よって、僅かな冬期休暇に間もなく入る。だが、ストロベリーは故郷シードリングズに帰省する気は更々無かった。
確かに、故郷も家族も恋しい。それに家庭教師のレイにあの日貰った花の礼も兼ねて会いに行きたいものだが、家に戻れば間違いなく億劫な縁談な話をされる事も分かっていた。だからこそ、彼女は帰省許可の申請をする事もなく年明けを寮で過ごそうと考えていた。
月に一度は両親から手紙が来る。”帰省を心待ちにしている”なんて、手紙が来たものだから”予想外に宿題が多いから今年は帰省はしない”と返信したところ、思いの外早く返事が来て安易に了承を得る事が出来た。
宿題なんて大して無い。嘘を吐く事に少しばかり良心は痛んだ。だが、わざわざ時間を掛けて帰るのに、嫌な話なんて聞きたくもなかった。
「……そういえば、”レイちゃん”は帰省するの?」
学院内での彼の呼び方ももう板についてしまった。ストロベリーは麻袋を開いて屈むラケルに視線を向けると、彼は直ぐに首を横に振る。
「ううん。私の屋敷は目と鼻の先でしょ? 帰ったとしても一泊程度」
確かにそれもそうだろう。ペタルミル地方の領主、伯爵家の子息だ。『なるほどね』なんて相槌を打てば、少女そのものの愛らしい笑顔で彼は微笑む。
「つまり帰省しない苺ちゃんとは寮には二人っきり。めくるめく官能の冬休みが幕開けするって事で……くふふ」
──前言撤回。今度は何とも変態的な笑み方だった。その上、所々危うい単語があっただろう。思わずストロベリーはジトリと目を細める。
こういう事を口走らなければ、どこからどう見てもただの美女に違いない。だが嘘か真か分からない”残念過ぎる男の顔”が垣間見えてしまうと色々複雑な気持ちが鬩ぎ合う。
(変な事言わなければ、ただの美人なのに)
ストロベリーは尚も眉根をひそめてジットリとラケルを睨む。同時に、麻痺とは恐ろしいものだと思ってしまった。
”レイチェルの秘密”を知った当初は厳重警戒したものだが、いい加減に慣れてしまったのである。しかし、何故こんなにも馴染んでしまったかと言えば、罰掃除の影響も大いにあるに違いない。寮の部屋だけではなく放課後も……共に過ごす時間が増えた事により、当たり前のように会話も増えた。恐らく、彼の人当たりの良い懐こい性質も打ち解けた理由の一つとして挙げられるだろう。
先程のようにセクハラじみた事を二人きりの時に言われる事はあるが大した実害は無い。吃驚した自分の反応を見てニコニコしてる様を見ると間違いなく茶にしているのだと分かってしまう事から妙な安心感はあった。
何より、部屋を真っ二つにして引いた境界線のルールを未だ厳重に守っているのだから。
「ねぇ。いつかボロが出るよ……」
額に手を当てて、やれやれといったそぶりで言ってやる。すると、ラケルは冷たく冷え切った指でストロベリーの頬を突いた。
ひやっとした感覚に首を竦めると、彼はケラケラと笑い声を上げて──
「私はそんな失敗しませーん。それだけ苺ちゃんに心を開いてるって思ってよねぇー」
なんて自信たっぷりな少女の作り声で言った。
しかし、こう言われてしまうと納得せざるを得ない。確かに、この徹底ぶりには感嘆してしまう程なのだから。
彼は双子の姉レイチェルになりきる為に訓練でも重ねたのだろうか。喉仏も出て変声しているというのに、その作り声はどうやって出しているのだろうか。どこか上機嫌に笑うラケルを横目にストロベリーはそんな事をまじまじと考えてしまった。
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