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Study7.二人きりの真冬の夜
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しおりを挟む──肥沃な自然に囲われた王国北部に位置する長閑な地方ペタルミル。
そこは兎や穴熊、狐などの狩猟の名地。狩人ならば誰もが一度は訪れる地として知られている。
だが、その地名を聞くだけでストロベリーは胸の奥が締め付けられる感覚があった。
その原因は大凡三年程昔。ストロベリーの双子の兄、オブシディアン・クレセントがその地に行ったきり帰らぬ人となってしまったのだから──。
ストロベリーとオブシディアンは二卵性双生児だった。
苺のように赤々と熟れた髪を持つストロベリーに対して、オブシディアンは、まるで妖しく青い光を宿す黒曜石に似た濡羽色の髪をしていた。顔立ちも微塵も似ておらず、大きく丸い瞳のストロベリーに対して、オブシディアンは少しばかり切れの長い瞳をしていた。
唯一同じ身体的特徴と言えば、黒々とした瞳の色くらいだろう。また、楽観的で無鉄砲な性分においてもそうだろう。『これは本当によく似ている』と両親だけではなく、家庭教師のレイにもよく言われていた。
髪色も顔立ちも趣味も違えど、唯一無二の兄弟だ。だからこそ、性別は違えど兄弟仲は決して悪くなかった方だと思う。
自分の膝の上で眠る黒兎の背を撫でて、ストロベリーはほぅと一つ溜息を吐き出した。
(オブと同じ名前を付けるなんて私どうにかしてるかな。本当のオブはもう居ないのだから……それにオブはこんなに……)
──可愛くもない。と、心の中で呟いて、ストロベリーはまた一つ溜息を落とした。
兄との離別は十四歳の時だった。その時には身長は見上げる程に高くなってしまっていたし、顔立ちも精悍で男らしいものになり始めて可愛らしさなんて微塵も無かった。
まして、可愛らしさが微塵も無くなった原因はその頃より始めた狩猟の影響も少なからずあるだろう。週末になれば、友人達と狩猟に赴く事が増えたのだから。
狩猟は古くより紳士の嗜みの一つである。確かに男らしい──と、思えるがストロベリーからしたら狩猟は理解不能の趣味だった。何せ、罪も無い生き物を殺めるのだから。
事実、人は生き物の肉を食し糧にしている。だが、ただ単純に”男の勲章だから”と生き物をむやみやたらに撃ち殺すような趣味は悪趣味としかストロベリーは思えなかった。
特に嫌だと思ったのは、射止めた鹿の首の剥製や角を毎度持ち帰る事だった。それが自分の双子の兄の所行と知らしめるようだったから尚更に──。
そんな兄オブシディアンの行方不明の通告が届いたのは彼が狩猟旅行に旅立ってから数日後──夏至直後だった。
何やら、ペタルミル地方の丘陵で兎狩りをしていた時、突然の雷雨に見舞われ狩小屋に戻る最中はぐれてしまったと狩仲間の令息が語った。それを聞いた父は、慌ててペタルミルに赴き、地元の猟師や自警団に依頼して再捜索を頼んだそうだが、それでもオブシディアンは見つからなかった。
──その後、ペタルミルの自警団から発見を知らせる通知は無かった。
家族に残された猶予はたったの三ヶ月。この合間に見つからなければ、もう死んだものと見なされて死亡受理証明書が届いてしまう。そうして、時は無情に過ぎ去り三ヶ月後……遺体さえ見つからないままオブシディアン・クレセントは死亡受理書が届いてしまったのであった。
清々しい程の秋晴れの空の下、真新しい墓標には、十四歳の若さで亡き者とされたオブシディアンの名が刻まれていた。
にわかに信じたくなかった。何せ亡骸は無いのだから……。
呆然と墓標を見つめると涙は自然と溢れ落ちて、父も母もストロベリーを大事に抱きしめて声を上げて泣いた。
それから一年はふとした時によく涙が溢れるものだった。
ストロベリーが授業中に突然呆然として泣いてしまったとしても、家庭教師のレイも一切咎めやしなかった。
何も言わず背を摩り続けてくれた事が心の底から有難かった。
だが、時の経過は穏やかに傷を癒やすものか涙が尽きたのか分からないが……一年以上も経てば落ち着くもので、兄の居ない世界にすっかりと慣れてしまった。
──しかし、偶然とは言えよく似ているだろう。本人はこんなに可愛くないが。と、兄の事を思い浮かべながら、自分の膝の上で寛ぐ黒兎をジッと見つめながらストロベリーは黙考する。
(まさか……生まれ変わりとか?)
しかし、この黒兎は妖精だ。密室に戻って来た点でこれをようやく認めたが、自分にやけに懐いているというだけで、確証は一切無い。
まず人が妖精に転生するものか……とさえ思えてしまう。そもそも死後に転生するかしないなど死んだ事も無いのだから分からない。
”王子様が呪いに受けて蛙の姿になってしまった”……という物語を思い出し、その説も考えた。しかし、あれはあくまで物語の中の空想だ。
蒸気機関車や蒸気自動車が粉塵を巻き上げて走るこの時代に現実的ではなさ過ぎる。あれは人の創り出した創作で、もはや絵空事で──。
だが、それでも妖精はこうして現実的に存在していたのだ。何が何だか分からない。と、黒兎を見つめながら、思考を巡らせている最中だった。
『苺ちゃん』と、自分を呼ぶ少女の作り声に気付いたストロベリーは顔を上げると、平行線上に設置された机の前に座するラケルが心配そうな面を向けていた。
読書をしていたのだろうか。パタリと本を閉じた彼は『大丈夫?』と、首を傾げて問う。
「ん、大丈夫」
「そう。なら良いけど、ちょっと難しい顔してたから心配になっただけ。そろそろ消灯の時間になるからオブをバスケットに入れてあげてね?」
それだけ告げると、彼は立ち上がって部屋の灯りの方へ歩んで行った。
「オブおやすみ」
膝の上で脚を伸ばして横たわる黒兎のオブシディアンを抱き上げたストロベリーは桃色の鼻先に唇を落とす。
──幻想的な物語であれば、”本当のオブ”なら、これできっと呪いが解ける筈だ。
だが、何も変わらず……黒兎は『何事か』とでも言いたげな、ふてぶてしい瞳でジッとストロベリーの方を見つめていた。それどころか、相当不快だったのか、空振りの蹴りをゲシゲシと入れてきた。
(そうだよね……仮に本当のオブだとしても、実の妹にキスされたって解ける訳ないか)
最強の魔法は真実の愛。相手は……そう恋人。そういうお決まりがあるのだ──それもひっくるめて全てが違う。否や、それは子供じみた幻想だとストロベリーは直ぐ悟る。
それから、布をたっぷり敷き詰めたバスケットの上にオブを下ろしてストロベリーも布団の中に潜り込んだ。
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