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Study15.王都帰省、二度目の占い
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しおりを挟む王都に来てから早くも三日日が経過した。開館と同時に図書館に籠もり、夕方にまじない屋に訪れる事が定着しつつあった。
しかし、まじない屋は連日開いていない。道に面した窓には暗幕が被さっていて、入り口にも看板も出ていない。ドアの近くに設置された鉢植えの植物が生き生きとしている様や、入り口付近には塵や泥が落ちておらず小綺麗になっている様を見る限り、恐らく閉店してはいないとは分かる。
「うーん今日も居なそうだね石油王」
「……ほんといつ開いてるのかも分からない。これで三日目」
まさか彼も異国に里帰りでもしているのだろうか。そんな思考さえも過ぎりストロベリーは困却しきった面で扉を見つめた。
図書館で情報収集を毎日しているが、未だこれといって有力な解呪の情報はない。
その上、精霊に纏わる書物で新たに知れた事など殆ど無い。妖精を糧にして力を蓄える事や時にして双子の人間を襲うという既出情報しか無かった。
まして、こういった古書と言えば字が掠れてしまっているものが殆どな上、言い回しも古典的なものが多く、解読する事に尋常ではない程に時間を取られた。
滞在出来るのは残す所二日。刻一刻と、六月の終わりが近付いている事に焦燥を覚え、ストロベリーは大きな落胆の溜息を吐き出した。
『そんな落ち込むな。明日だって未だある』
「そうだよ、オブの言う通りだよ。苺ちゃん大丈夫だよ」
──焦ったって仕方ない。とラケルとオブに同時に言われるが、それでも焦燥は消えやしなかった。
もし、このままオブが人に戻れる事もなかったら。喰われてしまったら。自分達が次の標的となって同じ運命を辿るとしたら……。
そんな風に考えると不安で仕方なかった。一刻も早く、呪いを解く方法が知りたい。あの精霊を撥ね除ける方法を、この受難から解放される手段を知りたい。ストロベリーはスカートの裾をキュッと握りしめて、ただ黙って頷いた。
『なぁ、ストロベリー?』
ぽつりとオブに呼ばれて手に持つバスケットに視線を落とすと、オブは身を乗り出して桃色の鼻をピクピクと動かしていた。
『そもそも俺は亡き者扱いだ。だから別にもうこのままでも構わないし、時間の経過で存在出来なくなったとしても仕方ない事は頭に入れとけ。呪いを解く事はさて置き、とりあえずお前とラケルが次の犠牲にならない方法を考えた方が良いと思う』
──言い方が悪いが亡き者扱いはお前の姉貴も同じだと。実在し生きてる者を優先しろ。と、歯切れが悪くオブの言った言葉にラケルは直ぐに首を横に振った。
「分かってるよ。オブは優しいね」
ラケルは優しく微笑み、オブの背を撫でた。
──実在する人間を優先させる。確かにオブの言う通りだろう。本人さえそう言うのであれば、それで良いのだろう。だが、それでも納得する事が出来なかった。ストロベリーは直ぐに首を横に振って震えた唇を開く。
「確かに、そうかも知れないけど……私は嫌だ。このまま精霊に喰われたり時間の経過で消えて欲しくない。オブを二度も喪いたくない。嫌だそんなの」
途端に浮かぶのは中身は空っぽの墓石だった。口に出すんじゃなかった──と、後悔したって時はもう既に襲い。
蘇る喪失感を思い起こしたストロベリーはバスケットをきつく握りしめて俯いた。
今にも泣きそうだった。目頭が熱くて涙が溢れそうな事を悟り、即座にストロベリーはオブから視線を反らす。
『ストロベリーしょうがねぇんだよ。分かれよそのくらい。俺はもう実在しないんだ』
「馬鹿! どうしてそんな事言うの──!」
癇癪を上げるようにストロベリーがオブを怒鳴った矢先だった。
「どうしたの……大丈夫?」
背後から響く低い青年の声にストロベリーの思考はピタリと停止した。
明らかに聞いた事のある声だった。ストロベリーがパッと振り向くと、そこには異国の者らしき褐色肌の青年──この店の店主が困却した面を貼り付けて突っ立っていた。
その装いは以前の怪しさ溢れる黒衣とは違った。濃紺に優美な幾何学模様の走る施された羽織に襟も無い簡素なシャツ。下衣はゆったりとしたサルエルで。
やはりどこからどう見たって異国の民らしき装いではあるが、怪しさは微塵もなくどこか気品が感じられた。しかし、彼の両手は大荷物で塞がっていて──絹織物や絨毯らしき敷物を抱え持っていた。
「俺の店の前で痴話喧嘩だったら、ちょっと他でやって欲しいというのか……」
溜息交じりで言うや否や、青年はストロベリーの顔を一瞥すると直ぐに蒼天の瞳を瞠る。
「あれ、君……前にうちに来たお客さんだよね?」
「……あ、お久しぶりです」
慌てて、ストロベリーはスカートの裾を摘まんで礼儀正しい礼をした。すると、彼も頭を垂れるが──大荷物が災いし、バランスを崩して地面に袋が落ちてしまった。
ころころと転がるのは無数の絹糸で……。たちまち取り乱した彼は、慌てて絨毯を置いて絹糸を集め始める。
「……お兄さん凄い大荷物だね。運ぶの手伝うよ?」
ラケルは直ぐに絹糸を拾うのを手伝って店主にそっと手渡した。
「ありがとうね。頼んでもいいかな? お礼になるかわからないけどお茶くらいご馳走するよ」
長い前髪の隙間から覗く蒼天の瞳を穏やかに細めて笑んだ彼は、店の裏口へと誘導した。
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