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第5話 それなら、5時に宗祇水で
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「でも、残念だなあ。今日は宗祇水の水神様のおどりの日だよ。踊らなくても、見るだけでも楽しいよ」
「おどりって、何時から?」
「夜の8時から」
「じゃあ、全然間に合わないや。郡上八幡駅5時25分の長良川鉄道に乗るつもりだから」
「そしたらもうあんまり時間がないね。もう一本遅くならない?せめて宗祇水神祭の雰囲気は見ていってほしいな」
次の列車は・・・と僕がスマホで時刻を検索するより早く、彼女は言った。
「次の6時56分でも、9時半過ぎには名古屋に着けるよ。それなら6時くらいまでは宗祇水にいられでしょ。それなら、5時に宗祇水で」
と彼女が言いかけたときに、お客さんが入ってきた。
「食品サンプルの製作体験を予約していた者ですが」
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
彼女が接客に向かったので、挨拶も早々に僕は工房をあとにした。
5時に宗祇水で?
宗祇水はさっき博覧館に説明があった。和歌の解釈を先生が弟子に教えた場所だとか。その場所の湧水を、お弟子さんの名前にちなんで宗祇水と言うらしい。
場所を確認するのと合わせて、郡上おどりの日程も調べる。確かに今日20日は宗祇水神祭とある。
お祭りにあわせておどりも行われるらしい。
5時に何かお祭りの出し物か何かがあるのだろうか。調べた限りでは、6時45分から神事が行われるらしいが、5時というのは見当たらない。
でも地元の彼女が言うのだから、何かあるのだろう。
5時に宗祇水で待っていて、という可能性は排除だ。心の隅でちょっとは期待したけど、期待が外れたときの落胆は大きいからね。
5時までは少し時間がある。
少し歩くと、やなか水のこみちというところに出た。
玉石が敷き詰められた水路に手を浸してみる。
冷たさが心地よい。
水飲み場にカップがあったので飲んでみる。
体中に染み渡る感じだ。
水路の脇に、石で作られたベンチのようなものがあったので腰掛ける。
水の流れを眺めながら、ボーッと考える。
さっき冷たい水に手を浸したり飲んだりしたりしたからか、ちょっと冷静に、柄にもなく、自分の人生について考えてみる。
16歳になったばかりの高校1年生。
誕生日は7月27日。
7月27日って何の日かと思ったら、「スイカの日」なんだそうだ。
スイカ?
そういえば、彼女、市橋さん、スイカのヘアアクセサリーを付けていたな。
スイカの日に生まれた僕が、スイカのヘアアクセサリーの女の子に出会う。運命だ・・・というのはこじつけだな。
高校受験で若干燃え尽きた気がして、僕にはまだその先が考えられていない。
大学は受験すると思う。でもその先は?
好きなものはいろいろあるけど、極めたり、それを仕事にしたいと思ったりするほどにものは僕にはない。
そんな自分と、しっかり向き合わないといけないかな。
あ、そろそろ宗祇水に行かないと。
5時に何かが待っている。
それにしても、もうすこしきちんと彼女とのお別れの挨拶はしたかったな。
宗祇水神祭のおどりが行われる本町通りの辻の近くに、屋形が停まっていた。
時間が来れば辻の真ん中に引き出され、この上で祭り囃子が奏でられるのだろう。
通りから宗祇水へ下りる石畳の道の両側には、手書きの短歌や俳句が書かれた行灯が並んでいる。
灯がともったらきれいだろうな。
道を下りたところに宗祇水はあった。いくつか段になった「水舟」に、水神様が祭られている。
水舟の回りには、神事の準備かパイプ椅子が立てかけられているので、水神様にお参りしてから、すぐ脇を流れる川の河原に座った。
ここ小駄良川では、今夜水中花火が行われるとのことだが、八時前の開始らしいので、これも残念ながら見ることができない。
そろそろ5時になるが、何か行事が行われる気配がない。
夕涼みの散策を楽しむ人、お祭りの準備かなにやら作業をしている人しかいない。
5時に宗祇水、とは何だったのだろう、
「ここにいたんだ」
不意に後ろから声をかけられた。
振り向くと、浴衣姿の女の子がいた。
青や白の朝顔が鮮やかにちりばめられた、紺色の地の浴衣。
淡い黄色の帯がさらに華やかさを演出している。
残念ながら、僕には郡上八幡に浴衣姿の女の子の知り合いはいない。
浴衣姿でなくても、女の子でなくても、知り合いはいない。
誰か別の人に声をかけたのだろうと、あたりを見回すが、近くには誰もいない。
「私よ、私」
え?
あの、美濃太田駅の、新橋の、食品サンプル体験工房の、君?
「わからなかった?」
雰囲気違うし、髪飾りもスイカからソフトクリームに変わっているし。
「浴衣にソフトクリーム、お祭りらしいでしょ」
いや、問題は浴衣でもソフトクリームでもなく、あなたがここにいることなんです。
「今日はおどりに行きたいから。もともとバイトは4時までだったの。それなら、急いでいったん家に帰って、浴衣に着替えて、5時にはここに来られるでしょ」
いや、アリバイとかの謎解きをしているんじゃないですけど。
「あ、もともとこの時間にここに来る予定だったんだね」
そうだよね、わざわざ会いにきてくれたんじゃないよね。
「おどりだけだったらこんなに早くくる必要ないけど、そういうことにしておきましょ」
「おどりって、何時から?」
「夜の8時から」
「じゃあ、全然間に合わないや。郡上八幡駅5時25分の長良川鉄道に乗るつもりだから」
「そしたらもうあんまり時間がないね。もう一本遅くならない?せめて宗祇水神祭の雰囲気は見ていってほしいな」
次の列車は・・・と僕がスマホで時刻を検索するより早く、彼女は言った。
「次の6時56分でも、9時半過ぎには名古屋に着けるよ。それなら6時くらいまでは宗祇水にいられでしょ。それなら、5時に宗祇水で」
と彼女が言いかけたときに、お客さんが入ってきた。
「食品サンプルの製作体験を予約していた者ですが」
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
彼女が接客に向かったので、挨拶も早々に僕は工房をあとにした。
5時に宗祇水で?
宗祇水はさっき博覧館に説明があった。和歌の解釈を先生が弟子に教えた場所だとか。その場所の湧水を、お弟子さんの名前にちなんで宗祇水と言うらしい。
場所を確認するのと合わせて、郡上おどりの日程も調べる。確かに今日20日は宗祇水神祭とある。
お祭りにあわせておどりも行われるらしい。
5時に何かお祭りの出し物か何かがあるのだろうか。調べた限りでは、6時45分から神事が行われるらしいが、5時というのは見当たらない。
でも地元の彼女が言うのだから、何かあるのだろう。
5時に宗祇水で待っていて、という可能性は排除だ。心の隅でちょっとは期待したけど、期待が外れたときの落胆は大きいからね。
5時までは少し時間がある。
少し歩くと、やなか水のこみちというところに出た。
玉石が敷き詰められた水路に手を浸してみる。
冷たさが心地よい。
水飲み場にカップがあったので飲んでみる。
体中に染み渡る感じだ。
水路の脇に、石で作られたベンチのようなものがあったので腰掛ける。
水の流れを眺めながら、ボーッと考える。
さっき冷たい水に手を浸したり飲んだりしたりしたからか、ちょっと冷静に、柄にもなく、自分の人生について考えてみる。
16歳になったばかりの高校1年生。
誕生日は7月27日。
7月27日って何の日かと思ったら、「スイカの日」なんだそうだ。
スイカ?
そういえば、彼女、市橋さん、スイカのヘアアクセサリーを付けていたな。
スイカの日に生まれた僕が、スイカのヘアアクセサリーの女の子に出会う。運命だ・・・というのはこじつけだな。
高校受験で若干燃え尽きた気がして、僕にはまだその先が考えられていない。
大学は受験すると思う。でもその先は?
好きなものはいろいろあるけど、極めたり、それを仕事にしたいと思ったりするほどにものは僕にはない。
そんな自分と、しっかり向き合わないといけないかな。
あ、そろそろ宗祇水に行かないと。
5時に何かが待っている。
それにしても、もうすこしきちんと彼女とのお別れの挨拶はしたかったな。
宗祇水神祭のおどりが行われる本町通りの辻の近くに、屋形が停まっていた。
時間が来れば辻の真ん中に引き出され、この上で祭り囃子が奏でられるのだろう。
通りから宗祇水へ下りる石畳の道の両側には、手書きの短歌や俳句が書かれた行灯が並んでいる。
灯がともったらきれいだろうな。
道を下りたところに宗祇水はあった。いくつか段になった「水舟」に、水神様が祭られている。
水舟の回りには、神事の準備かパイプ椅子が立てかけられているので、水神様にお参りしてから、すぐ脇を流れる川の河原に座った。
ここ小駄良川では、今夜水中花火が行われるとのことだが、八時前の開始らしいので、これも残念ながら見ることができない。
そろそろ5時になるが、何か行事が行われる気配がない。
夕涼みの散策を楽しむ人、お祭りの準備かなにやら作業をしている人しかいない。
5時に宗祇水、とは何だったのだろう、
「ここにいたんだ」
不意に後ろから声をかけられた。
振り向くと、浴衣姿の女の子がいた。
青や白の朝顔が鮮やかにちりばめられた、紺色の地の浴衣。
淡い黄色の帯がさらに華やかさを演出している。
残念ながら、僕には郡上八幡に浴衣姿の女の子の知り合いはいない。
浴衣姿でなくても、女の子でなくても、知り合いはいない。
誰か別の人に声をかけたのだろうと、あたりを見回すが、近くには誰もいない。
「私よ、私」
え?
あの、美濃太田駅の、新橋の、食品サンプル体験工房の、君?
「わからなかった?」
雰囲気違うし、髪飾りもスイカからソフトクリームに変わっているし。
「浴衣にソフトクリーム、お祭りらしいでしょ」
いや、問題は浴衣でもソフトクリームでもなく、あなたがここにいることなんです。
「今日はおどりに行きたいから。もともとバイトは4時までだったの。それなら、急いでいったん家に帰って、浴衣に着替えて、5時にはここに来られるでしょ」
いや、アリバイとかの謎解きをしているんじゃないですけど。
「あ、もともとこの時間にここに来る予定だったんだね」
そうだよね、わざわざ会いにきてくれたんじゃないよね。
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