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第6話 第三写(下)私も、写真というものをもっと自由に考えてよいのかもしれないですね。
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翌日、美香が再び写真館にやってきた。
「写真、できていますよ」
そう言って店主は美香にソファーを勧め、店の奥から二通の封筒に入った写真を持ってきた。
そして店主は一通目の封筒から、ポストカード大の写真を取り出してソファーの前のテーブルに置いた。
「今のデジカメからのプリントではこの大きさが多いかなと思い、ポストカード大にしました。それで、この写真なのですが、これでいかがでしょうか」
珍しく自信なさげに店主はそう言った。
美香が手に取った写真には、会社の会議室のような光景が写っていた。ただ、会議の風景とは異なり、すべての長机が教室のように並べられ、そこに集められた男女は皆前を向いて座っている。また、皆リクルートスーツ姿で、胸に番号が書かれたネームプレートを付けている。
「これ、弊社の面接試験の控え室です!ここに座っているのが山崎です」
写真の男女の中でも一際目立つ、強い意志を感じさせる表情の女性を指差しながら、美香はこう続けた。
「ということは、この写真を見せたら、彼女があの時の自分を思い出してくれるかもしれないということですね。それにしても、この写真をどうやって……」
「それはお聞きにならないで下さい。人事の方が撮っていたとでもおっしゃって下さればと思います。でも、これは確かにあった光景なのです。ただ、この写真で十分かどうか」
「とおっしゃいますと。」
写真を見て明るい表情を浮かべていた美香の顔が、少し曇った。
「今の山崎さんの殻は、会社に入って様々な経験をするなかで纏われたのかと思います。自分でこの写真をご用意しておいてこう言うのは恐縮ですが、以前の山崎さんご自身の姿に、失礼ながらその殻を破る力があるかどうか確信が持てないのです」
「そうしたら、どうしたらよろしいのでしょうか」
美香の顔がさらに曇った。
「この写真では効果が十分ではなかった時のために、実はもう一枚写真を用意してありまして」
店主はもう一通の封筒から写真を取り出して、テーブルの上に置いた。
「え?これは私が写っていますが」
美香は今度は驚愕の表情を浮かべた。
「はい。白鳥さんの写真です。この写真の意味するところは、白鳥さんならおわかりになるのではないでしょうか。二枚あれば、なんとかお役に立てるかと思うのですが」
「二枚目は……あまり社内では見せたくない写真ですね。これが、どうして……ああ、おっしゃる意味がなんとなくわかりました。少し考えてみます。それで、写真の代金はいくらお支払いすればよいのですか。」
「よく使われるポストカード大の写真が二枚ですから、二百円いただければ」
「それだけでよろしいのですか」
「ご自身でコンビニでポストカード大のプリントをすれば一枚数十円ですから、それ以上はいただけません。ただ、その代りにお願いがあります」
「なんでしょうか」
「山崎さんに写真をお見せした首尾を教えていただきたいのです」
「わかりました。それではそうさせていただきます」
翌日、業務が一段落した時に、美香がみのりを小会議室に呼び出した。
「課長、次のプレゼンの件でしょうか」
「ええ、何かアイデアが出たかと思って」
「それがなかなかよいアイデアが出なくて、考えれば考えるほど煮詰まってしまっているんです。前のプレゼンも、どこを直せばよかったかがわからなくて」
「部長から、ユーザーに訴えかける力が弱いと言われたわね。その時も言ったけど、山崎さん、ちょっと考えすぎているのかもしれませんね。もっとあなた自身を出した方がよいかもしれないわ」
「私自身をですか」
「そうそう、人事課からこんな写真を渡されたわ」
そう言って、美香は写真館で渡された写真をみのりに差し出した。
みのりは怪訝な表情で写真を受け取った。
「これ、もしかして面接試験の時のものですか」
「そうよ」
「写真を撮られていたとは、気付かなかったのですけれど」
「それだけ面接に集中していたのでしょう。面接で何を言ったか覚えていますか」
「はい。いろいろ言ったと思いますが、企画した商品が売れなかったら、失敗した点を自分に叩き込む必要があるというようなことを言ったことを、一番覚えています。私はそうやって気分を切り替えてきましたし、ダメ元で受けた会社なので、生半可に自分を飾っても仕方ないと思ったのです」
「私も面接官だったのでよく覚えているわ。その考え方、今の状況にもあてはまると思わない?どう、あの頃の気持ち、写真を見て思い出さない?」
「ええ、なんとなく思い出しました。でも、会社に入ったら、やはり利益を出さないといけないし、ひとつの商品を世に出すにはいろんな方が関わっていることも知って、自分を出すのが恐くなってしまったんです」
この写真ではダメだったかと美香は思ったが、もう一通の封筒の中の写真を見せるかどうかは迷った。とりあえず封筒から写真をつまみ出そうとしたが、迷いが指先に伝わったのか、写真は指先を離れてハラリと舞って、みのりの足元に落ちた。
みのりは拾い上げた写真を見て、驚きの声を上げた。
「これ、課長ですか!」
その夜、美香は三たび写真館を訪れた。
「おかげさまで、山崎はまたプレゼンに臨む気力が湧いたようです。ありがとうございました」
「それはよかったです。それで、結局お役に立った写真はどれでしたか」
美香は二枚目の写真を差し出した。
「やはりこちらも必要でしたか。それは本当に申し訳ありませんでした。もしそうだったらお詫びをしないといけないと思い、またご足労いただいた次第です。ご足労いただいたことと合わせてお詫びいたします」
店主は美香に頭を下げた。
「お詫びなんてとんでもありません」
「いえ、一枚目の写真にもっと力があれば、白鳥さんのこのプライベートなお姿を、部下の方にお見せせずに済みました」
机の上に置かれた写真には、ドラムを叩いている美香の姿が写っている。店主の目の前の姿とは違った、金髪交じりの派手な髪型と目元をくっきり際立たせたメイク。
着ているTシャツには、イギリスのロックバンド、QUEENのロゴが入っている。
場所は小さなライブハウスであろうか、暗いステージの上でスポットライトを浴びながら、楽しくて仕方ないという表情で、美香はドラムスティックを振るっている。
「この写真を見た時には、本当にびっくりしました。趣味でドラムを叩いているなんて店主さんに一言も言わなかったのに、どうやってこの写真を……」
「最初にここにいらした時に、バッグからスティックの頭が覗いていましたから、あ、もしかしたらそうした趣味をお持ちかと思ったのです。ただ、それ以上はお聞きにならないで下さい。これも確かにあった、というか、今も確かにある光景ですからね」
「そうでしたか。会社では、私はバンドでドラムを叩いていることは全然話していないのです。課長は課長として毅然とした姿でいないといけないと思っていて、部下には会社の外での自分の姿を見せたことはなくて。この写真も見せるかどうか迷ったのですが、見せたというか、見られたというか」
苦笑交じりで美香はそう言った。
「でも、白鳥さんがドラムを叩いているお姿に、山崎さんは感じるものがあったのでしょう」
「はい。彼女もびっくりしていましたが、私も観念して自分の趣味のこと、好きな音楽のことなどを話したところ、彼女もすっかり肩の力が抜けたようでした」
「それで、彼女も自分らしさを出してみようと思われたのですね」
「はい、殻を纏っていたのはどうやら私の方のようでした。課長という殻で、私が皆の自由な発想を縛っていたのかもしれませんね」
「私も、写真というものをもっと自由に考えてよいのかもしれないですね」
店主の表情が、いつの間にかほころんだ。
「写真、できていますよ」
そう言って店主は美香にソファーを勧め、店の奥から二通の封筒に入った写真を持ってきた。
そして店主は一通目の封筒から、ポストカード大の写真を取り出してソファーの前のテーブルに置いた。
「今のデジカメからのプリントではこの大きさが多いかなと思い、ポストカード大にしました。それで、この写真なのですが、これでいかがでしょうか」
珍しく自信なさげに店主はそう言った。
美香が手に取った写真には、会社の会議室のような光景が写っていた。ただ、会議の風景とは異なり、すべての長机が教室のように並べられ、そこに集められた男女は皆前を向いて座っている。また、皆リクルートスーツ姿で、胸に番号が書かれたネームプレートを付けている。
「これ、弊社の面接試験の控え室です!ここに座っているのが山崎です」
写真の男女の中でも一際目立つ、強い意志を感じさせる表情の女性を指差しながら、美香はこう続けた。
「ということは、この写真を見せたら、彼女があの時の自分を思い出してくれるかもしれないということですね。それにしても、この写真をどうやって……」
「それはお聞きにならないで下さい。人事の方が撮っていたとでもおっしゃって下さればと思います。でも、これは確かにあった光景なのです。ただ、この写真で十分かどうか」
「とおっしゃいますと。」
写真を見て明るい表情を浮かべていた美香の顔が、少し曇った。
「今の山崎さんの殻は、会社に入って様々な経験をするなかで纏われたのかと思います。自分でこの写真をご用意しておいてこう言うのは恐縮ですが、以前の山崎さんご自身の姿に、失礼ながらその殻を破る力があるかどうか確信が持てないのです」
「そうしたら、どうしたらよろしいのでしょうか」
美香の顔がさらに曇った。
「この写真では効果が十分ではなかった時のために、実はもう一枚写真を用意してありまして」
店主はもう一通の封筒から写真を取り出して、テーブルの上に置いた。
「え?これは私が写っていますが」
美香は今度は驚愕の表情を浮かべた。
「はい。白鳥さんの写真です。この写真の意味するところは、白鳥さんならおわかりになるのではないでしょうか。二枚あれば、なんとかお役に立てるかと思うのですが」
「二枚目は……あまり社内では見せたくない写真ですね。これが、どうして……ああ、おっしゃる意味がなんとなくわかりました。少し考えてみます。それで、写真の代金はいくらお支払いすればよいのですか。」
「よく使われるポストカード大の写真が二枚ですから、二百円いただければ」
「それだけでよろしいのですか」
「ご自身でコンビニでポストカード大のプリントをすれば一枚数十円ですから、それ以上はいただけません。ただ、その代りにお願いがあります」
「なんでしょうか」
「山崎さんに写真をお見せした首尾を教えていただきたいのです」
「わかりました。それではそうさせていただきます」
翌日、業務が一段落した時に、美香がみのりを小会議室に呼び出した。
「課長、次のプレゼンの件でしょうか」
「ええ、何かアイデアが出たかと思って」
「それがなかなかよいアイデアが出なくて、考えれば考えるほど煮詰まってしまっているんです。前のプレゼンも、どこを直せばよかったかがわからなくて」
「部長から、ユーザーに訴えかける力が弱いと言われたわね。その時も言ったけど、山崎さん、ちょっと考えすぎているのかもしれませんね。もっとあなた自身を出した方がよいかもしれないわ」
「私自身をですか」
「そうそう、人事課からこんな写真を渡されたわ」
そう言って、美香は写真館で渡された写真をみのりに差し出した。
みのりは怪訝な表情で写真を受け取った。
「これ、もしかして面接試験の時のものですか」
「そうよ」
「写真を撮られていたとは、気付かなかったのですけれど」
「それだけ面接に集中していたのでしょう。面接で何を言ったか覚えていますか」
「はい。いろいろ言ったと思いますが、企画した商品が売れなかったら、失敗した点を自分に叩き込む必要があるというようなことを言ったことを、一番覚えています。私はそうやって気分を切り替えてきましたし、ダメ元で受けた会社なので、生半可に自分を飾っても仕方ないと思ったのです」
「私も面接官だったのでよく覚えているわ。その考え方、今の状況にもあてはまると思わない?どう、あの頃の気持ち、写真を見て思い出さない?」
「ええ、なんとなく思い出しました。でも、会社に入ったら、やはり利益を出さないといけないし、ひとつの商品を世に出すにはいろんな方が関わっていることも知って、自分を出すのが恐くなってしまったんです」
この写真ではダメだったかと美香は思ったが、もう一通の封筒の中の写真を見せるかどうかは迷った。とりあえず封筒から写真をつまみ出そうとしたが、迷いが指先に伝わったのか、写真は指先を離れてハラリと舞って、みのりの足元に落ちた。
みのりは拾い上げた写真を見て、驚きの声を上げた。
「これ、課長ですか!」
その夜、美香は三たび写真館を訪れた。
「おかげさまで、山崎はまたプレゼンに臨む気力が湧いたようです。ありがとうございました」
「それはよかったです。それで、結局お役に立った写真はどれでしたか」
美香は二枚目の写真を差し出した。
「やはりこちらも必要でしたか。それは本当に申し訳ありませんでした。もしそうだったらお詫びをしないといけないと思い、またご足労いただいた次第です。ご足労いただいたことと合わせてお詫びいたします」
店主は美香に頭を下げた。
「お詫びなんてとんでもありません」
「いえ、一枚目の写真にもっと力があれば、白鳥さんのこのプライベートなお姿を、部下の方にお見せせずに済みました」
机の上に置かれた写真には、ドラムを叩いている美香の姿が写っている。店主の目の前の姿とは違った、金髪交じりの派手な髪型と目元をくっきり際立たせたメイク。
着ているTシャツには、イギリスのロックバンド、QUEENのロゴが入っている。
場所は小さなライブハウスであろうか、暗いステージの上でスポットライトを浴びながら、楽しくて仕方ないという表情で、美香はドラムスティックを振るっている。
「この写真を見た時には、本当にびっくりしました。趣味でドラムを叩いているなんて店主さんに一言も言わなかったのに、どうやってこの写真を……」
「最初にここにいらした時に、バッグからスティックの頭が覗いていましたから、あ、もしかしたらそうした趣味をお持ちかと思ったのです。ただ、それ以上はお聞きにならないで下さい。これも確かにあった、というか、今も確かにある光景ですからね」
「そうでしたか。会社では、私はバンドでドラムを叩いていることは全然話していないのです。課長は課長として毅然とした姿でいないといけないと思っていて、部下には会社の外での自分の姿を見せたことはなくて。この写真も見せるかどうか迷ったのですが、見せたというか、見られたというか」
苦笑交じりで美香はそう言った。
「でも、白鳥さんがドラムを叩いているお姿に、山崎さんは感じるものがあったのでしょう」
「はい。彼女もびっくりしていましたが、私も観念して自分の趣味のこと、好きな音楽のことなどを話したところ、彼女もすっかり肩の力が抜けたようでした」
「それで、彼女も自分らしさを出してみようと思われたのですね」
「はい、殻を纏っていたのはどうやら私の方のようでした。課長という殻で、私が皆の自由な発想を縛っていたのかもしれませんね」
「私も、写真というものをもっと自由に考えてよいのかもしれないですね」
店主の表情が、いつの間にかほころんだ。
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