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ふれた手 近づいた唇②
しおりを挟む確かに今まで彼女に触れたことはない。それは人間を嫌悪して、触れたくないと思っていたわけではない。むしろ逆で・・・。
言葉に詰まり、何も言えないでいると、明らかに世奈は落ち込み、俯く。彼女に嫌われてしまうのが恐ろしくて、あの真っ黒な瞳が憎悪に染まるのが、怖くて、私はようやく口を開いた。
「・・・・・そんな事・・・・そんな事思っていない」
出た声は思った以上に気弱な声だった。
「それなら、どうして一昨日あんな・・・・」
責める様な声に、顔をあげると、彼女は思いつめたように、布団に乗せた手を握り締めていた。
一昨日といわれ、考えるが彼女は二日間寝込んでいたのだから、と考えたところで、風呂場での出来事を指しているのではないかと、思いいたる。
アレを拒絶だと、彼女は取ったのだ。とんでもない失態だ。失言だ。
伝わらなくて当然だ。伝える努力をマティアスは怠ってきたのだから。
「・・・すまない。・・・どう、触れていいのか、・・・・・解らないんだ・・・」
どう触れていいのか、解らなかった。
何時だって触れたいと思っていた。その小さく柔らかい身体を抱きしめたいと。
けれど、彼女の体はあまりに小さく柔らかくて、害獣を容易く葬ってしまえる力と爪と牙を持つ自分が、彼女に触れてしまえば、容易く壊してしまいそうで、恐ろしかった。
自分の爪が、牙が、彼女の肌に触れて、肉を引き裂き、血を溢れさせるようなことになったら・・・・。
ちょっとしたことで寝込んでしまうほど、弱いことを目の当たりにして、更に彼女に触れることに戸惑いを覚える。
そう吐露して項垂れてしまうと、僅かに衣擦れの音がして、自分の手に小さな手が添えられた。
何時もよりはるかに体温の高い手が、マティアスの手を握り込む。驚きにドクンと心臓がはねるが、その手を振り払おうとは思わなかった。
寧ろ、もっと触れていたい。触れてほしい。
「私の事が嫌いだからでは・・・?」
とんでもないことを言われて、即答で反論する。
そこで、気が付いてしまった。
何故、触れることに戸惑っていたのか。
何故触れて壊すことに恐れを抱いていたのか。
それでも、何故触れたいと思ったのか。
自分でも可笑しくなって嘲笑のため息が出た。
「俺はお前の事を嫌いだと思ったことなどない。・・・むしろ・・・その・・・」
初めて見た時から気になっていた。
これが、恋だというのかはよく分からない。
けれど、番にと、望んだ花だ。
そう、俺が望んだ―――花。
世奈を見つめると、縋るような目で自分を見ていて、思わず言いよどんでしまったマティアスの手に指を絡めてきた。
「・・・お前たち人間は非力だ」
一言口を開いてしまえば、思っていたことが口から勝手に出ていた。
触れたいと思っていた、自分の手が、世奈の指に絡みついている。正しくは彼女の指が絡みついているのだろうけれど。無意識に彼女の細い指を見つめていた。
人間から見れば獰猛で恐怖の対象の獣人だ。触れられて恐怖を感じないわけがない。そう思っていたら、彼女に手を握られ、引き寄せられた。
驚いて彼女を見ているうちに、彼女はまじまじと、私の手を見つめ、彼女の頬に添えられた。
昔は爪が伸びている者もいたが、今は衛生面を考えて獣人も爪は切っている。これも文化だ(多分)。セナを迎えることになって、さらに念入りに爪の手入れはしている。間違って傷付けてはいけないから。けれど、剣を持つ手はタコができているし、決して綺麗な手ではない。
彼女に握られた手が、柔らかくて。彼女の指はほっそりと長くて、熱く、自分の体温が伝わるのが憚られる。しどろもどろと言い訳をしていると、彼女に引き寄せられた手が、柔らかいものに触れた。
さらりと、彼女の手に先導されて、触れたのは柔らかくすべすべとした、頬。
何度も何度も往復する頬に、手がしっとりと張り付く。
触れたいと願っていたその肌に、感嘆のため息を吐いた。
「・・・・柔らかい・・・」
彼女の肌の感触を堪能するのに夢中で、彼女の手が離れているのに気が付かず、顎のラインをなぞり、その顎の奥にある首に鼻をうずめて匂いを嗅いで、舐めまわしたいと思いつつ、そっと彼女の耳に触れた。
「人間の耳は、不思議な形だな」
そろそろと、耳の縁をマティアスが撫でたところで、ハッと我に返る。彼女の手はすでに離れていて、触れた耳がわずかに色づいている。
「くすぐったいから、触らないでください」
我に返るが、離したくなくて、触れたその肌から手を離せば、次、触れる機会はいつ来るだろうかと、考えると彼女の摘まんだ耳朶から手を離せなかった。
「やはり、まだ熱があるな・・・・。さっきより熱い」
何とか、彼女に触れる言い訳を探すが、見つからず、そうこうしているうちに、彼女に手首を掴まれ、動きを止められてしまう。
名残惜しいと思いながらも、無理はさせられないから、耳から手を離すと、世奈の手も離れていった。
「・・・お前はいつだってシャンプーの時に触っているじゃないか」
彼女は何の戸惑いも見せず、マティアスに、マティアスの耳に触れてくる。触れたいのに触れられず、怖がっているのは自分ばかりで、不満が募る。
「だって、とてもふわふわで素敵な耳だったから」
嫌でしたか?とでも言うように、上目遣いに見上げられると、嫌な気持ちにもならない。
「お前は・・・・お前は本当に俺を怖がったり嫌悪しないんだな・・・」
同族たちは蔑みの目で見て、自分たちとは違うのだと触れてくる。それはある時は暴力的で、ある時は屈辱的だった。
牙の種族の仲間たちは、マティアスの強さに憧れつつも、憐憫に肩を震わせた。
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