魔法公証人~ルロイ・フェヘールの事件簿~

紫仙

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第三章 ディープウェアウルフ ~錯誤~

農夫の錯誤

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 ようやくリドの村の入り口が
 見えてきたところで、
 一行は村長以下村の有力者たちに
 出迎えられた。
 一通り儀礼的な歓待の言葉を受けた後、
 ルロイはある人物が他の村人の陰に
 隠れている様子が目に入った。

「ボドさんお久しぶりですね」

「こっ……これは、ルロイの若旦那」

 ルロイはボドに元気よく手を振って
 駆け寄る。
 この村を訪ねた目的の一つであった。
 一年ほど前、
 ルロイはボドの家畜飼育契約の
 成立に立ち会ったのだ。
 心なしか、ボドの表情は強張っていた。
 いつも人の好い素朴で
 陽気な笑顔で迎えてくれた、
 農夫ボドの姿はないことに
 ルロイは気が付いていた。

「こ、これはお代官様。
 わざわざご足労頂き……」

「能書きはいい。
 お前、分かっているな?」

 フランツはボドの言葉を途中で遮り、
 横柄に顎をしゃくってみせる。

「へっ、へい……」

 フランツに歩み寄ったボドは、
 気まずそうにあたりを見回した後、
 フランツに耳打ちする。
 どうやら納税の件であれば、
 自分の家で話すので
 付いて来てほしいという事らしかった。

「貴様、先月滞納した分の租税の納付を
 猶予する代わり、
 先月分を含め今月納める租税は
 肥えた豚一頭分だろう。
 それがないとは何事だ!」

 いかにも農村の家らしいボドの家で、
 ボドを中心に皆
 簡素な木製の椅子に座って、
 ボドの話を聞きこんでいる。
 彼の妻と子供たちには
 外してもらっている。

「それが、最近森に住み着いた賊に
 やられまして」

 ボドは気の毒なほどに恐縮しきって、
 体をこわばらせながらようやく
 そこまで言った。

「本当だろうな?
 最近は家畜の値段が高騰している。
 それを利用して裏で、
 肉屋に売ったりしてはいないだろうな?」

「めっ滅相も。豚一頭の代わりに、
 畑の作物諸々を納めます。
 足りなければ借金してでも
 後ほど貨幣で納めますよ」

 ボドは哀願するような目つきで、
 しかしけして媚びへつらうような
 卑屈な態度で、
 フランツに臨みはしなかった。
 その瞳にはしたたかに生き抜く
 その土地の民全ての意地、
 とでもいうべき尊厳を湛えていた。

「まぁいい、どっちにしろこちらは
 仕事を遂行するだけだ」

 せっかちそうにフランツは
 椅子から立ち上がると、
 一同に背を向け玄関の木戸に
 手をかけた。

「おい、公証人の若造。
 ワシは村の畑を検分してくる。
 そいつの家畜の飼育契約の事務処理なら、
 その間に済ませておけ。いいな?」

「ええ、はいはい」

「こんな辺鄙なところじゃ、
 何があるかわからん。
 貴様は俺の護衛だ。付いてこい」

「へ~いへぃ」

 けだるそうにギャリックが頷いて見せ、
 フランツの後へと続いてゆく、
 そのまま乱雑に木の扉が締められると、
 ボドはようやく安堵したように
 表情を和らげた。
 だがそれも束の間で、
 先ほどはまた違ったより真剣そうな
 面持ちになり、
 ルロイを見据えていた。
 いままで後ろめたく曇っていた
 何かが晴れたようであった。

「その、旦那を信用できると思って
 折り入ってお願いがあるんで」

「どうしたんです、急に改まって」

「その、騙されてたんでさ」

 ボドは青ざめた表情のまま、
 それまで堪えていた感情を抑えきれずに、
 涙を浮かべて歯を食いしばっていた。

「落ち着いて、何があったか
 話してくれますか?」

 ルロイが静かに諭すとボドは、
 どもりながらもことのあらましを
 語りだした。

 なんでもこのリドの村には、
 半人半獣の神をはるか太古から、
 土地の守り神として崇め祀っていた
 そうである。
 村は凶作で毎月の
 租税を支払うのも苦しい。
 そんな中、全身毛むくじゃらで
 恐ろしい牙を生やした獣人を見た。
 という噂が村に広まってゆく。
 それがちょうど三か月前のことである。
 ボドは悩んだ挙句、
 それを神の化身と信じて
 村の凶作を解決してもらうため、
 夜の森へと出向いたのだった。
 しかし、麦の実りはやはり良くならない。
 それでまた試しに森で毛むくじゃらに、
 問い詰めてみたところ今更
 契約を反故にする気ならば、
 罰として命をもらう。
 とそれはもう、視線だけで
 呪殺されかなない勢いだった。
 そうボドは早口で説明した。

「まだ家畜は残っちゃいますがね。
 生活の事を考えれば、
 このままじゃ食い詰めちまうんでさ……」

「そういう事でしたか」

 家畜飼育契約では、
 家畜の所有者と農民との間で、
 契約期間におけるその家畜の
 価格の上昇分を両者で折半する。
 家畜そのものは契約満了時に
 所有者に返還してもよいし、
 売却していれば貨幣で
 その売却した金額に加えて、
 価格の上昇分を払えばいい。

「レッジョの法では、
 表意者の意思表示に
 重過失が証明できれば、
 その意思表示を取り消せるんですよ。
 ええ、つまり今回の件でいうと、
 ボドさんが毛むくじゃらの化け物を、
 森の神と錯誤する事実に対して、
 重大な錯誤があったことを
 証明すれば良い訳です」

 もっともボドの場合、
 家畜契約飼育契約で預かっていた
 最良の家畜を、
 何頭かその人狼にくれてしまっている。
 多少人間らしい知性がありそうとは言え、
 モンスターの人狼に
 既に消費したであろう、
 家畜そのものや金銭での弁済は
 期待できない。
 どちらにせよ、ボドは家畜の主に
 弁償せねばならないが、
 せめてこれ以上人狼からの
 危害を加えられないよう、
 手を講じなければならない。

「あれから小麦も大麦も燕麦も実らねぇ。
 アレを神様と間違ったおらが馬鹿だった」

「その契約を無効として取り消すには、
 人狼を捕まえねばなりませんが」

「何かの手掛かりに
 なるかもしれねぇですが……」

 ボドはもぞもぞと上着の内側を探って、
 木片のようなものを
 ルロイへ差し出した。
 どうやら樹皮を巻物のように
 筒状にしたもののようで、
 押し広げてみると何やら
 文字らしい文様が羅列されていた。

「これは」

「人狼と取り交わした血判状ですだ」

 樹皮の厳めしい文言の下の部分に、
 一つはボドのものであろう
 血のにじんだ親指の指紋の横に、
 ボドの言う獣人の血判と思しき
 赤黒い痕跡が認められる。

「ほう、これはまた……」

 この土地に古くから伝わる
 土着の文字なのか、
 ルロイには判読はできなかった。
 が、確かにと公証人であるルロイでさえ、
 目を見張る達筆の書体であった。
 人間並みに知性のあるモンスターや
 幻獣の存在は、
 稀にレッジョでも確認できるが、
 ここまでのものを作れる存在ならば、
 ボドが神と勘違いしたとしても
 不思議はない。

「おらもこいつを見るまで半信半疑だった。
 それでも、こいつはご先祖様の
 言い伝えにでてくる、
 巻物そっくりだと……
 おら字は読めねぇですが」

「ボドさんこのこと、
 最寄りの教会に相談しましたか?」

「まさか、家族にも村長にも
 話していねぇのにとんでもねぇ。
 こんなこと……もしばれたら、
 悪魔に魂を売った背教者として
 村八分にされちまいまさ。
 だから、ルロイの旦那にしか
 話せねぇですよ」

 レッジョ近辺の宗教事情というのは、
 概ね市参事会が許可した信仰しか
 許されないことになっている。
 レッジョはダンジョン攻略に来る
 冒険者を相手に潤う商業都市であって、
 特定の宗教の聖都な訳でもなければ、
 一つの大きなセクトが幅を利かせていて、
 住民が全てひとつの宗派に
 属さなければならないわけでもない。
 が、モンスターや悪魔を信じ、
 契約までむすんでしまったとなれば、
 到底ただでは済まない。
 冒険者が多く集まるということは、
 その中に黒魔術のような
 邪な魔法を使いたがる魔道士や、
 邪教を広める如何わしい輩も多い。
 そんな輩の存在を、
 レッジョの参事会が神経を
 尖らせないはずはない。
 これが、露見すればボドの言う通り
 良くて村八分、最悪火刑である。

「随分と重い案件ですね……」

「無理ですだか……」

 ボドは視線を暗く落とす。
 確かに下手をすれば邪教徒を
 庇ったとして、
 ルロイ本人にまで害が及びかねない。
 それでも、助けを求める者を
 拒むことはルロイにはできない。
 ウェルスの徒である魔法公証人
 であるのだから。

「いえ、お任せください。
 どうにか行政官を説得してみせますよ」

「本当か、ありがてぇ」

 ルロイはボドから血判状を
 もらい受けると、
 それを素早く外套の内側にしまった。
 しばらくして、
 フランツがギャリックを引き連れて
 戻ってきた。

「おい、公証人の若造。
 そっちは済んだんだろうな?」

 先ほど以上に面白くなさそうな顔で、
 フランツはぞんざいに椅子に腰かける。
 ギャリックもよほど退屈だったのか
 家の柱に寄り掛かり、
 うんざりしたように
 大きなあくびをしている。

「ええ、村の様子はどうでしたか?」

「小麦も大麦も燕麦も、
 相変わらず農作物の収穫高は低いままだ。
 長年の耕作で土地が痩せているとは言え、
 シケた村よ……」

 ため息を漏らすフランツの発言から
 ボドの話通り、
 村人の暮らしぶりは困窮していることは
 確かなようであった。
 それと同時にフランツが功を焦っている
 こともうかがい知ることができた。

「行政官殿、実はお話が……」

「なんだ?」

 ルロイはボドがしてしまった契約と
 血判状の事は伏せ、
 村の家畜の損害と謎のモンスターの
 存在について話した。

「ということなんですがね」

「ヒャッ!いいじゃねぇか。
 久々に殺りがいのある仕事だぜぇ。
 こちとら折角の暴れる機会なんでぇ。
 いいだろなぁ、行政官さんよ」

「ああ確かにな……いやしかし、
 ワシは一行政官であって、
 そういうことは参事会の決定が……」

「何言ってんでぇ、
 だったら何のために
 この俺を呼んだんだ!」

 小役人らしい保身や
 規律にうるさい性格と、
 出世への野心と功名心への執着が、
 フランツの頭の中で
 戦っているようだった。
 対照的にギャリックはぎらついた双眸と
 犬歯を周囲に見せつけ、
 一点の迷いもなく血への渇きを、
 満たすことしか頭にないようだった。
 こちらの意見に加勢してくれるのは
 ありがたかったが、
 やや気が急きすぎている。
 かえってフランツが
 消極的に引っ込んでしまいかねない。

「森に巣くう上位モンスターを
 倒したとなれば、
 参事会での評価も高まりましょう。
 そもそも今のレッジョは冒険者が
 創ったようなものです。
 多少の蛮勇じみた僭越行為も、
 結果次第で参事会が裁量権と
 認めて下さいますよ。
 この話、悪くはないと思いますがね」

 ギャリックの好戦的な熱意に、
 ルロイはもっともらしい屁理屈を加え、
 この行政官殿をたらしこむ。
 フランツの神経質そうな細い眉が
 ピクリと動き、
 何か自分の意思が固まったかのように
 釣り上がる。

「よっ……よおし、
 ここはレッジョのため、
 村の民のためこの
 フランツ・フォン・ギュンター、
 立とうではないか」

「ウャアッハハッハー!
 決まりだなぁ!!」

 どうやら、上手くいったようで
 ルロイは安堵の吐息を、
 ギャリックは獰猛な歓喜の雄たけびを、
 それぞれ吐き出したのだった。
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