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平民編

平民編 第4話 絶望と願望。

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 「君の妹であるシュリ=オルロドルだが、勇者の指示に従わず勝手に戦闘を挑んだ為に殺された。」




「…え?」




 僕は理解ができなかった。シュリが、死んだ?シュリが。指示を聞かなかったせいで。

「…そんな、そんなはずがないッ!シュリが、シュリがぁ、シュリがぁ…!」

 僕は泣き崩れる。

『シュリが死んだ。』

 ───そんな現実あるわけがない。

 ───妹は死んでない。

 ───そんな事を妹はしない。


 僕は地面へ倒れ込み、体中を震わす。
 そんな僕を見ながらも兵たちの瞳や様子に哀れみなどは微塵もなく、淡々とこう言った。

「この事は、明日の昼に陛下から国民へ報告する。」

 それだけ言い残すと、兵たちは王城の方へと向かって帰って行く。騎士の言葉を聞いていた周りの人々は軽蔑するような目で僕を、そしてシュリの事を思っているのがわかる。そしてその中には、隣のパン屋のおばさんも例外ではなかった。
 勇者というのは女神の使徒であり、女神を贖う宗教の国家の中心街なのだから驚きではない。
 しかし、そんな事よりも僕の頭の中にはシュリのことで一杯だった。過去の記憶が鮮明に浮かび上がってくる。その中には、村を失った日の記憶もちらつくように思い出された。

「ああああぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああぁあぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!!!」

 受け入れられるわけがない。だって昨日の朝には話したんだよ。笑いあったんだよ。なんでもない会話が、頭の中でロールバックする。

『シュリが、夢を見捨てるわけがない。』

 僕は走り出す。シュリが「勇者様と行くかも」と言っていたフレズの森へ向けて。




 ◼️◼️◼️




 僕は森の中を見回しながら全速力で走る。体力が尽きているにもかかわらず、僕は走ることをやめなかった。しかし、妹の痕跡すら見つけることはできなかった。

 草木を掻き分け、進み続ける。
 周りを見回し続ける。
 森の中に入って二時間が経っただろうか。僕は呼吸を切らしながらも、木に背を付け倒れこむように座る。
 幸いと言っていいのかわからないが魔獣も出るこの森だったが、何故か襲ってくる事はなかった。
 僕は上を見上げた。木の葉に空は隠され、光はうっすらとしか見えない。
 視界が歪む。それが涙という事など、今の僕にとってはどうでもよかった。

 ただ、ただこれが夢であってくれと。嘘であってくれと。願い続ける事しかできない僕が惨めで、惨めで惨めで惨めで惨めで惨めで、惨めで。


 悔しかった。


 妹を助けてやれなかった自分に。
 約束を守れなかった自分に。

 人は暗闇に落とされた時に、光を探すものだ。僕は今、その微かな希望を、シュリが生きているという希望を願って。惨めでもいい、だから神よ。

 僕は涙を手で拭き取り、背にある木を使いながら立ち上がる。しかし、走り続けた体には相当なガタが来ていたようで起き上がる途中に倒れてしまう。

「……く…そ」

 もう一度、無理矢理立とうとした時だった。音が聞こえる。

 ーーポタ、ポタ…

 この音の正体について血のたれる音ではないか、と勘が囁いてくる。僕は音の方向、僕から見て木の裏を見た。

 だが、その音は木の枝から垂れるていたのはただの水滴だったようで、そこにシュリはいなかった。




 ◾️◾️◾️




 家に到着した時には、十時をまわっていた。森にいた時間は半日、その間に魔物と出会った回数は多少なりともあったが襲われることははかった。幸いなのか、不幸なのか。
 家に着くと、窓ガラスが割れている事に気づく。どうやら、朝の騎士達の言葉を聞いた者たちが石を投げ込んできたようだった。
 僕は玄関を開け中を見ると、机や椅子にガラスの破片が飛び散ってはいたが他に外傷はないようだった。しかし、そんなことは今の僕からはどうだっていい事だ。
 それから椅子へと座ってからため息をついた瞬間、喪失感が僕の心を襲った。吐き気がする。しかし、それを耐え歯をくいしばる。
 それから少しして、机にあるシュリに食べさせるはずだったパンをひとかじりするも、すぐに元の位置に戻し、僕から見て正面の椅子を見ていた。シュリがいつも座る、その席をただ。





 外が賑やかである。

 僕は外から聞こえる民衆の声により、目を覚ます。どうやら、そのまま寝てしまったようである。気力はなかったが、何事なのだろうかという疑問が僕を襲う。

 もしかしたら、シュリが。

 そう思ってしまう。もし本当にそうならば。もし、もし…。
 僕は気力がないながらも、もしかしたらという期待もあり玄関から外に出て民衆の向かっている王城の方向を見る。僕はこんな体をしていても、視力はとても良い。ここから王城の距離までならば、目を細めればギリギリ見えるほどであった。
 僕は、王城の方向を見ながら目を細める。


 僕の目に飛び込んできたのは、王城のテラスのような場所にいるルーティだった。











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