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平民編

平民編 閑話 シュリと、にぃに。

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「ままぁ、にぃにとあそんできていい…?」

 シュリは目の前にいる背の高い女性、母を上に見上げて聞く。その表情を見た母親からしたら、上目遣いで薔薇色のパッチリとした瞳、そんな無垢な娘に対して駄目となど言えない。実際、駄目という理由は娘への心配以外にはないのだが、シュリのいうにぃにであるヲルが一緒ならば問題はないだろう。
 そう感じた母親は、シュリに向けていいよ、と優しく言った。
 すると、すぐにシュリは兄であるヲルの元へと走っていく。

「にぃに、あそぼ!!」

「いいよ!シュリちゃん、なにしてあそぶ?」

「んーっとね、ゆうしゃごっこ!」

 シュリは、数ヶ月前に勇者の絵本を母に読んでもらった以降、勇者と共に戦っていた女騎士に憧れを抱いていた。そしてほぼ毎日、ヲルと遊ぶときには「ゆうしゃごっこ」をやっていた。それでもシュリの兄であるヲルは特に反発する事なく勇者役をやっているヲルの優しさから分かるように、シュリそんな優しい兄の事が大好きだった。

 それから2人は外に出て、いつものように物語のシーンに沿って動き、セリフを話す。

「まおう、このせいけんがおまえのあくをさばく!!」

 伊達に何ヶ月もやっているだけはあり、ヲルはそのセリフを暗記してその声には心のこもったように聞こえる。

「いまです!ゆーしゃ!」

 シュリは剣を投げたような仕草をしてから、そう叫ぶ。すると最後に、ヲルは「わあああ」と叫びながら空気という剣を持って何もない草原に突き刺す、ような仕草をした。そうするとシュリは笑顔になってヲルの元へと歩いてくる。
 これで、「ゆうしゃごっこ」は終了だ。
 シュリとヲルは、動いた為か呼吸が少し切れていて額には汗をかいていた。

「シュリちゃん、だいじょうぶ?」

「だーじょうぶだよ、にぃに!」

 嘘は言っていないだろうし、小さいとは言えそこまで激しい運動はしていない。しかし、シュリの頬に土がついていてしまっているので、今日も水場に直行だね、とヲルは心の中で呟いていた。
 するとシュリにも顔に違和感があったらしく、右手で顔を触って見ると土がついている事に気付く。すると表情を崩し、今にも泣きそうになる。
 それを見てヲルは咄嗟にシュリの頭を撫でながら、暖かな笑みを浮かべてシュリに優しく言った。

「いっしょにあらお、ね?」

「ぐすっ…うん」

 シュリは涙を必死に堪えながら、ヲルはその隣で妹を宥めながら水場へ向かった。
 今の時期は冬なので、外はかなり寒い。いや、中でも十分に寒いのだが。そして、そんな時の水と言ったら凍るような冷たさだ。昨日にも凍るような水で体を洗っており、そこでシュリは涙を必死に堪えながら「もう、つちつけない!」と宣言していたのだが、つけてしまう結果となった。その事への悔しさと、凍るように冷たい水に対して、シュリは泣きそうになってしまったのだろう。
 水場についてから数十分後、ヲルは冷たい水を嫌がるシュリの顔を洗い終える事に成功した。
 ヲルは、洗い終えてから少し機嫌の悪そうなシュリに向けて、笑顔で話しかけた。

「ほらっシュリちゃん!ごはんたべにいこ!!」

 その言葉と兄の笑顔を見た瞬間にシュリは、先程までの表情とは打って変わったような笑顔で、返事をした。

「うん!にぃに!」

 シュリはそう言って、ヲルに抱きつく。ヲルもあまりもの変わりように驚きはしたが、シュリの元気が戻って良かった、とヲルは心の中で安堵していた。
 それからヲルは、シュリが抱きついた状態のままで寝てしまったので、背に抱えて自分の家に向けて歩く。
 家へとついた時には、ヲルの額からは大量の汗が滲み出ていて、結果もう一度水場に戻る羽目になったのだが、ヲルからするれば無事に妹を起こす事なく運ぶ事が出来た、という事の安堵の方が大きかったようだった。
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