Don't you see!!

Zessy

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学校祭篇

ひと夏の残光

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 クラスに戻ると、飾り付けはほとんど外され、男子たちはエプロンを脱いでいた。夜の花火大会まで、全校生徒は片づけに追われることになる。外は更に暗くなっていた。

「なぁ、俺に手伝えることある?」

 しーちゃんは教室に戻るとすぐに、クラスメイトに話しかけていた。怪我人のしーちゃん相手に遠慮するが、押しに負けて返却用の物品の拭き掃除を引き受けていた。オレもそれに続いてしーちゃんの手伝いをする。

「拭き終わったらオレ廊下に運び出すね」
「あぁ、頼むわ」

 オレは一人じゃ何もできないのに、しーちゃんは羽が生えてるみたいにどこまでも行ってしまう。色んな人を魅了してしまう。オレだけのしーちゃんなのに。本当は話しかけられているのを見るだけで、少し嫌な気持ちになる。その時間だってオレだけに使ってほしい。
 しーちゃんがいない日々でも、しーちゃんのことを考えない日は一日もなかった。お互いにそうだったらいいな。オレはそうだけど……でも、そんなこと言ったら重いって嫌われちゃうし。
 難しいなぁ。前みたいに、心を閉ざしてオレにしか話しかけないしーちゃんも好きだったから。恋人になったのに、特別感が薄れた気がするのは何でだろう?

「ユウ、何か顔赤くねぇ?大丈夫か」
「オレが顔赤いなんていつもじゃん、大丈夫だよ」

 再びしーちゃんが拭き終わった机を持ち上げた時だった。

「……?」

 クラスメイトの話し声がどんどん遠くなっていく。砂の山が崩れるように、視界の教室はゆっくりと傾いていた。ハンマーで打ち付けられたような頭痛に、目を開けることもままならない。
 おれ、いま、どうなって。
 回らない頭で、目の前に浮かび上がったのは、廊下で見かけた少年だった。歪な笑みを浮かべたまま、勢いよくオレを押して、谷底へ突き落そうとしてきた。

「……イッ、ユウ‼」

 雄星の体がぐらりと揺れた。怜思は自らの怪我も顧みず雄星を抱きかえると、そのまま床に倒れた。

「……ってぇな」

 幸い、怪我をしていない脚を下にしたため、悪化は避けられたようだった。それでも、体に負担がかからなかったわけではない。

「ちょっと、大丈夫⁉」

 伊藤たちが駆けつけて声をかけるが、雄星は全く反応を示さない。僅かに唇が動いていることに気づいた怜思は、そっと耳を近づけた。

「ごめんなさい……生まれてきて、迷惑かけて……」
「──っ」

 まるで小さな子供が懺悔しているようだった。他の人に聞かれないよう怜思が優しく背中を撫でてやると、安心して気絶してしまった。しかし、状況は何も変わっていない。額に手を翳せば、そこは異様なまでに熱を発していた。

「熱中症だ‼誰か、ユウを保健室に運んでくれ、早く‼」

 怜思の声に近くにいた男子生徒たちが、雄星を担いで教室を飛び出した。怜思も後を追うようにゆっくりと立ち上がる。
 ……早く、傍にいてやらねぇと。
 雄星が弱音を吐くことなど何度もあったが、あれは異質だ。寂しいとか、嫉妬とか、そういう感情じゃない。

「怜思君も大丈夫なの?脚は?」
「こンくらい何ともねぇよ。それより、早く行ってやらねぇと」

 少し苛つきながら答えると、伊藤は目を丸くした後、吹き出したように笑いだした。

「何か、ユウ君だけ必死に縋ってるだけかと思ってたけど、怜思君も大概だね」
「は?どういう意味だよ」
「お似合いってコト‼」

 伊藤は小さな体で支えると、教室の外まで怜思を送り届けた。

「19時から花火だから、忘れないでね‼もし、体調悪いようだったら無理しなくていいから、先生には連絡してよ‼」
「ん、サンキュ」

 松葉杖は俺と相性が良いらしく、いつも以上に歩けば人が捌けていく。階段まで辿り着くと、突然後ろから声をかけられた。

「教室の片づけはどうした」
「生徒会長サマが、俺なんかに構ってる暇もないだろ。ちょっと下に用事があンだよ」
「そうか、奇遇だな」

 扇は無言で怜思に近づくと、おもむろに片足を抱えて背中に腕を回し始めた。

「はぁ⁉お前、ちょっと」
「下に行くんだろ?抱えて降りてやるよ。ほら、杖は自分で持て」

 身長が190cmもある扇は、怜思を軽々と持ち上げると余裕の表情で階段を降り始めた。二人とも筋肉質だが、怜思はモデル体型、扇は格闘技仕込みのスポーツマン体型だった。高身長の男が同じく高身長の男をお姫様抱っこしている状況だが、怜思が少し小さく見えるせいで不思議と違和感はなかった。

「最悪」

 仏頂面の怜思がそっぽを向く。扇は満足そうに笑いながら会話を続けた。

「で、どこに行くんだ?」
「保健室だよ、ユウが運ばれた」
「怪我か?」
「いいや、熱中症」
「あー……今日は特に暑かったからな」

 扇の背中に揺られながら、怜思はふと思った。
 炎天下の中働き続けた雄星は、きっと走ってきたのだろう。自分たちもメイド服で暑かったにも関わらず、配慮が欠けていた。
 ……大事にしてやらなきゃ、って思ってたのにな。
 不意にそんな言葉が胸の奥を掠める。
 弱音を吐かせてくれた相手に、今度は自分が何を返せるのか。

「アホだからどうせ気づかないで走ったんだろ。体調管理できなさそうだしな」
「お前本当にユウのこと嫌いだよな」
「一人で何もできない奴は基本嫌いだからな。お前が仲良くしてるのも不思議なくらいだ」
「みんなお前みたいに強くねぇンだよ」
「お前が、それを言うのか」

 作り笑いをしている扇の目が薄く開かれ、赤い瞳が覗いていた。怜思は目を逸らさずに不敵な笑みを浮かべると、扇の胸に頭を預けた。

「俺も強くねぇから、こうやってお前に可愛く抱かれてやってンだよ」
「まったく、生意気だな」
「知ってる」

 保健室の前に辿り着くと、扇は丁寧に怜思を下ろした。閉会式が近いせいか、扇は本当に偶然通りかかっただけのようだった。

「サンキュ、扇」
「おう」

 ひらひらと手を振って去っていく大きな背中を見送ると、怜思は保健室のドアを開けた。

「わっ、怜思!?お前も来たのか、怪我か?」

 雄星を担いだ生徒が俺を見て大きな声を上げた。雄星は、ベッドの上で大きな氷を頭にのせて寝ていた。

「俺は怪我じゃねぇよ。それより、ユウは?大丈夫か?」
「あぁ。今、スポドリ買いに行ってるからそれ飲めば落ち着くか……」
「後は俺が見ておくから、クラス戻ってていいぜ。俺もこんな脚だからできること少ねぇし」
「わかった。じゃあ、後頼むぜ。ありがとう、怜思」

 その後、戻ってきた生徒からスポーツドリンクを受け取ると雄星に声をかけた。

「ユウ。わかるか?」
「ん……しーちゃん?」
「よし、意識はあるな。吐き気と頭痛は?」
「さっきよりマシ、喉乾いたかも……」
「スポドリあるから、コレ。起き上がれるか?」
「ん……」

 雄星に差し出すと、虚ろな表情のままゴクゴクとそれを飲み干した。大きく深呼吸をしてから数分。声をかけないまま様子を見ていると、雄星の瞳から涙が次々とこぼれ始めた。

「うっ、ぐすっ」
「はぁ⁉何泣いてンだよ」
「だってぇ……」

 高校生活最後の学校祭を、オレは台無しにしてしまった。クラスのみんなに迷惑をかけて、しーちゃんを困らせて。こんなはずじゃなかったのに。ちゃんと休憩を取らなかった、オレのせいだ。
 ダムが壊れたみたいに溢れる涙をしーちゃんは、ティッシュで拭ってくれた。ついでに鼻もかんだ。

「オレのせいで、しーちゃんやみんなを困らせた。この後、花火あるのに」
「別にそんなのどうでもいいって。花火なら、ほら、そこの窓から見えンだろ」

 しーちゃんが窓の外を指さすと、薄暗いグラウンドには全校生徒が集まっていた。朝礼台に乗った扇がスピーカーを持って、各クラスの列誘導を行っている。集合に遅れると思い、ベッドから立ち上がろうとしたが、しーちゃんはオレを制止した。

「遅れちゃうよ?」
「いい。わざわざこの足で行くのも面倒だし、みんな帰ってくるのを待とうぜ」

 しーちゃんは立ち上がって保健室の電気を消した。誰もいない校舎。室内は互いの呼吸の音しか聞こえなかった。

「氷嚢、首にあてるか脇に挟んで。まだ心配だから」

 窓際に椅子が二つ並べられた。しーちゃんは、ベッドにいるオレの手を引くと椅子に座らせた。座った後も、しーちゃんはオレの手を握ったまま離さなかった。

「しーちゃ──」

 花火の破裂音が響く。金色に輝くシャワーが空から降り注いでいた。
 終わりのカウントダウンだ。また、オレとしーちゃんの思い出の一つが終わろうとしている。

「ちょっと見づらいけど、まぁいいか。外に居たら蚊に刺されるよな」
「確かに。毎年みんな刺されてるよね」

 声が震えてしまう。寂しい。ただ一緒に花火を見ているだけなのに。このままずっと二人でここにいられたらいいのに。しーちゃんから握ってくれた手を、離したくない。

「ユウ」

 しーちゃんの手がオレを引き寄せた。オレの寂しさを埋めるように、優しく唇が触れた。

「寂しい?不安?俺にどうしてほしい?」

 珍しくしーちゃんは困った顔をしていた。握っている手も指先が冷たくなっている。そういう意味じゃないのはわかるけど、きっとしーちゃんの愛情表現はコレなんだ。

「ぎゅうって抱きしめてほしい」
「わかった。ほら」

 汗とシャンプーの香りに全身が包まれる。二つの鼓動がはっきりと耳に届いた。

「落ち着いたか?」
「うん……」
「泣いてるじゃねぇか」

 涙で濡れたシャツを見て、しーちゃんが苦笑いを浮かべる。

「泣いてないもん」

 強がるオレの頭を撫でる。外の花火はクライマックスを迎えていた。
 ……しーちゃんの邪魔になりたくない。この感情は、胸の奥にしまっておかなきゃ。
 束縛したくなっても、嫉妬で狂いそうになっても我慢しなきゃ。

「しーちゃん」

 呼びかけると、暗闇のなかでもしーちゃんの瞳は青空のようだった。目を閉じて、お返しをすると精一杯の笑顔を作った。

「また、来年も一緒に花火を見ようね」

 花火が終わっても、しばらくその場から動けなかった。窓の外には、煙の残り香と夜風。手を繋いだまま、互いの体温が冷めていくのを感じていた。
 「来年も」なんて言葉が、今夜だけは本当に叶う気がした。
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