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残虐王
2 怒り
しおりを挟む「陛下、やはり飲み過ぎはいけません」
痛みが呼び起こした昔の記憶を彷徨っていた王に、いつの間にか傍に立っていたレスカが告げた。王はハッとして顔を上げ、レスカを見た。
レスカは濃い緑色の瞳を真っすぐに王に向けていた。
どうして、ここにいる?
王はそう尋ねようとした。だが、何やらいい匂いが鼻をくすぐった。スッキリと爽やかな、薬草の香りだ。
「お酒はおしまいです、陛下。薬草茶を用意したから、こちらをどうぞ」
レスカは王が置いていた酒瓶を簡単に片してしまうと、代わりに茶器を置き、急須からうっすらと色のついた薬草茶を注いだ。
「気分がスッキリしますよ」
レスカはにっこりと笑って、王に言った。しかし、王はレスカを睨んだ。
「一体、何のつもりだ。お前は本当に首を刎ねられて欲しいのか?」
低い声で王は言った。大抵の者はこう言えば怯む。
けれどレスカは怯む素振りも見せなければ、王から目を離すこともなかった。
「僕の首が飛んで、陛下はそれでスッキリするのですか? 僕は到底、そうは思いません。陛下に今必要なのは、僕の首じゃなくて安静です。どうかお酒ではなく、このお茶を飲んでください。きっと落ち着きます」
レスカはそっと茶器を王に差し出した。
ここでいつもの王なら手を払い、飲まなかった事だろう。しかし、あまりにレスカがじっと見るから、王は手を伸ばしていた。
王はレスカから茶器を受け取り、中の薬草茶を見た。うっすらと色づいた薬草茶は暖かな湯気を立てて、ふんわりと匂いが馨った。
王は気が付けば、こくりと茶器に口を当てて飲んでいた。薬草茶の、スッキリとした味わい。そしてほんのりとした甘みが、酒に酔った体と痛む傷に染み渡る。
胃の辺りがじんわりと解されていくようだった。そして、どこか懐かしい味がした。
「どうです? おいしいでしょう?」
ふと顔を上げるとレスカが微笑みながら、そう尋ねた。王はその姿が誰かと重なった気がした。しかし、それが誰なのかわからなかった。
ただ胸の奥がずきりと疼いた。
「……これは何という茶だ」
王は胸の痛みが何なのかわからないまま、レスカに尋ねた。でもレスカは答えなかった。ただ「僕のお手製特別茶です」と笑うだけで。
その後、王はもう一杯お茶を飲み、気が付けば眠ってしまっていた。
しかし起きた時には、すっかり顔の疼きが収まっていた。そんな王にレスカは「気分はどうですか?」と能天気に聞くだけで、首を刎ねる、と脅したことも忘れたようだった。
……不思議な奴。
レスカは本当にそう例えるしかできない人間だった。周りの者とも違い、いつも楽し気で、よくわからなかった。
そして王は段々と、いつの間にかレスカを目で追うようになっていた。
いつからなのかはわからない。
気が付けば、あのフワフワと揺れる金髪を目が勝手に追った。
それは傍にいる時も、少し離れた所にいた時も。
「陛下、こちらが今期の税収報告書となっております」
一人の大臣が書類の束を王に差し出した。彼は王の右腕とも呼ばれる、数少ない王の信頼を得た者だ。切れ者で、王が王になる前から支えてきた一人でもある。
王は何も言わずにその書類を手にして、大臣に視線を向けた。
彼は自分が王の信頼を得ている事、そして自分の能力と価値を知っているからか、他の者と違って王を恐れることも怯えることもなかった。そう、レスカと同じように。
だが、決定的な何かがレスカと違っていた。
……あいつとは違う。なんだ?
王はわからなかった。
「最近、何かございましたか。陛下」
唐突に大臣に聞かれ、王は視線を向けた。その視線はなぜだ? と問いかけている。
「以前より顔色が良くなられたようだと思いましたので」
そんな事を言われたのは初めてだったので、王は顔には出さなかったが内心驚いた。
でも確かに、最近はレスカがきちんと食事をとっているか頻繁に確認をしにくる為、王は気が付かない間に以前より食べるようになっていた。
「陛下が健康であらせられるのは良いことです。それと……陛下がお探しになっていた、王女が見つかりました。今は地下牢屋に入れております。どうされますか?」
大臣の報告に王はスッと目を細め、鋭い視線を向けた。
「……向かおう」
その声は地を這うようなとても低い声だった。
薄暗い地下牢の中、若い女の声がこだます。
「お父様とお母様を返せッ!」
ガシャンッと鉄格子の間から両手を伸ばして、怒りに満ちた顔で元王女、いや正確に言えば、王の姪は言った。
彼女は王の兄の娘だった。
「お前なんか、地獄に落ちろッ! お父様を殺した恨みは忘れないぞッ! 叔父様も叔母様も殺してッ! 許さない、許さないッ! お前なんか死んでしまえぇッ!」
二十代の娘はボロボロの服に身を包み、雄たけびを上げるように叫んだ。誰が見ても、元王女だとはわからないだろう。ぼさぼさの髪に荒れた手肌。布切れと言っていい服。
街角で春を売っている売春婦よりも、酷い有様だ。
いずぞやは、蝶よ花よと育てられただろうに。今じゃ、ただの石ころにも見劣る。そして髪の毛を逆立てて、怒りに狂った姿はまるで手の負えない獣のようだった。
「どうされますか、陛下」
後ろに控えていた大臣は、荒れ狂う元王女を哀れみの目で見つめながら王に尋ねた。だが王は顔色一つ変えずに、ただ残酷に告げた。
「これだけ元気なら、収監されている男共のいい慰みになるだろう。牢屋を変えてやれ」
王が冷たい声で告げると、荒れ狂っていた元王女はひっと息を飲んだ。それが冗談ではなく、本気だとわかっているからだ。
「私を野蛮な奴らに!? 冗談じゃないッ! 止めてッ!」
「自分の生まれを恨むんだな。そして行いを」
王は抑揚のない声で娘に告げた。そんな元王女から怒りを通り越して、悲しみと悔しみが混じった涙がボロボロと溢れて零れ落ちた。
「私からお父様とお母様を奪っておきながら、こんな仕打ちっ!! 私が何をしたって言うのッ!?」
泣く元王女に王は温情の欠片もかけなかった。むしろ笑って見せた。
「せいぜい楽しめ。お前のような者には似合いだ」
口角を上げて、王は笑って言った。その残酷な王の姿に、元王女は絶望するしかなかった。逃れられない現実だとわかり、元王女は狂ったように悲鳴を上げ、その声は牢屋に響いた。
しかし、王は顔色一つ変えずに地下牢屋を後にした。
その後、元王女が男共の牢屋に入れて輪姦され、死ぬまで嬲られることになっても。
……これで私以外の王族は皆、消えたか。
王は自室に戻り、ぽつりと心の中で呟いた。
数年前、父王が亡くなった後。王は策略と狡猾さで、兄姉から王位を簒奪し、そして自分以外の血族を極刑に処した。
まず、自分と同じように右側の顔を焼いてから、生き埋め、張りつけ、火あぶり、様々な方法で。その伴侶や子供に至るまで誰一人残さず。
先ほどの元王女は、王の手を逃れて唯一生き残っていた一人だった。だが、これで後始末も終わりだ。王は顔をマスクの上から撫でた。
心からほっと息を吐けた気分だった。
だが、胸の中にあるじくじくとした膿んだ痛みは消えない。奴らに酷い死に様を与えても、もう二度と右目の視力も顔の形も戻りはしない事を王は嫌と言うほどわかっていたからだ。
その事実が。変わりようのない現実が。怒りになって王の中に湧きあがる。
どうしようもない現実。
変わらない過去。
そして王として穏やかには過ごせられない未来。
何もかもが、怒りの台風となって王を突き動かした。
野獣のように机の上のものを薙ぎ払い、棚の上のものに置いてあるものも全て払い落とす。花瓶や調度品の皿が割れるが、そんな事どうでもいい。
何かに当たらなければ、怒りが体から溢れてこのまま狂いそうだった。
しかしそこへ、音を聞きつけてレスカがやってきた。
「陛下!」
レスカは部屋の惨状を見て、ハッと息を飲んだが、すぐに王に視線を向け、駆けよった。
「陛下、怪我は!?」
レスカは小さな子供にするように、すぐに王の手を掴んで怪我の有無を確認しようとした。しかし、その手を王はパシンッと払いのけた。
「私に触るな!」
ピシャリと雷が落ちたかのように王は言った。だがレスカは謝るでも、怒るでもなく、王を見つめるばかりで何も言わなかった。そしてその視線に耐え切れなくなったのは王の方で。
「……なんだ」
王はじっと自分を見るレスカに小さく呟いた。それは気まずさも含んだ声だった。
しかし、そんな王にレスカはほんわかと柔らかく笑った。
「!」
まさか笑うとは思っていなかった王は驚き、そして次の瞬間、レスカは思いもよらない行動に出た。王の背中に手を回し、ぎゅっと体を密着させて抱き締めたのだ。
「……大丈夫……大丈夫だから」
レスカはぽんぽんっと王の背中を撫で、子供をあやすように言った。さすがの王もまさかレスカが自分に抱き着いてくるとは思わず、驚きを通り越し、呆けた。
「もう大丈夫だから、落ち着いて」
レスカは優しく背中を撫で続け、王を優しく抱きしめた。王より少し身長の低い、レスカからは花のいい香りがした。
それはとても心が落ち着く匂いで、さっきまで逆立っていた心がゆっくりと凪いでいく。そして、それはレスカにも伝わったのか。レスカはしばらくすると体を離し、王を見上げた。
「陛下……お茶にしましょう?」
何事もなかったかのようにレスカは言い、にこりと笑うとその場から離れようとした。しかし、そんなレスカの腕を取り、王はレスカを抱き締め返した。
その事に驚いたのは、今度はレスカの方だった。
「へ、陛下!?」
レスカは声を上げたが、王は構わずレスカをその腕の中に抱き締めた。そしてその首筋から香る匂いを肺の奥まで吸い込んだ。
「陛下?」
「……少し、このままでいろ」
王が短く言うと、レスカがふっと笑った気配がした。
「……はい」
レスカは返事をし、そっと王の背中にもう一度手を回した。
温かい人肌に、頬に触れる柔らかい髪、華奢な体はすっぽりと腕の中に納まり、王は胸の中になんとも言えない思いが沸き上がった。
でも、王はその思いにピッタリと収まる言葉は見つけられなかった。
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