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花の名を君に
19 ローアンの決意
しおりを挟む「どうしてローアンを勝手に城に戻した!」
僕は異界にいた光の精霊を見つけて、怒鳴るように言った。でも光の精霊は冷静だった。
「ならば聞きますが、精霊王様。いつ、あの人間の子供を戻すおつもりだったのですか?」
光の精霊に尋ねられて僕は言葉に詰まる。
そんな僕を見て、光の精霊は眼光鋭く僕を見た。
「精霊王様はお忘れのようですね。どんなに親しくとも、人間と我々とは相容れぬ存在なのですよ。それとも影が囲っていた人間のようにあの子供も精霊にでもするおつもりですか?」
「……それは」
僕は咄嗟に返せなかった。
僕は精霊王で、人間を精霊にすることもできる。けれど、それしてしまったらローアンは悠久の時を生きなければならない。それにただの精霊になれば自我はなくなる。精霊とは元来そこに存在するだけのものだ。
僕や光の精霊のように力を持つ者でなければ自我を保つことはできない。だから前の影の精霊は精霊となり自我のなくなったヨーシャと共に消える事を望んで闇に溶けた。
でも僕は影と同じようにはできない、僕にローアンを消すことなんて。
そもそも僕はどうやって消えることができるのかもわからないのだ。あんな風に消えることが出来たなら、僕はロベルトやノイクがいなくなった時点で一人消えていた。
なによりローアンは人間で人の世に生きるべきなのだ。人の子なのだから。
……そうローアンの世話をする時に、僕は決めたじゃないか!
「精霊王様、もうあの人間に関わるのはおやめください。もし、止められないというのなら私が」
光の精霊は僕を真っすぐ見て言った。それは牽制だった。
これ以上、ローアンに関わるなら手を下すと、その瞳は僕に告げていた。
僕は光の精霊に言い返せなかった。光の精霊が僕の為に、そう言っているのはわかっていたから。そして僕は、もう人とは深くかかわらないと、決めたことを改めて思い出す。
光の精霊は間違っていない。
「わかった。でも、あともう数年だけは!」
「……五年、待ちましょう。でもそれ以上は待ちません。いいですね?」
光の精霊はそう僕に期限を付けた。今すぐに、と言わなかったのは光の精霊の優しさだろう。
「ああ、わかった。ありがとう」
僕の言葉を聞いて光の精霊は去り、そして妖獣から精霊の眷属に生まれ変わったチェインが元気に駆け寄ってきた。
チェインは僕の足元にすり寄り、きゅーんと小さく心配するように鳴く。
「チェイン……これでいいんだ。ローアンは人間なのだから人の世に生きなければ。僕の傍じゃ駄目なんだ」
僕は自分に言い聞かせるようにチェインの頭を撫でた。
僕はチェインの頭を撫でながら、以前ロベルトに叫んだことを微かに思い出す。
『どうして僕は人間じゃなかったのかなぁ』
もう一度、その思いが胸を過ぎる。
「……本当、僕はどうして精霊として生まれたのかなぁ」
その後すぐに僕は城に向かい、中庭の大きな木の傍にしゃがんでいるローアンを見つけた。僕は背後から近寄り、すぐに声をかけた。
「ローアン、大丈夫かい」
ローアンは怪我が治ったと言っても、まだ治ったばかりなのだ。心配に思っていると、ローアンはバッと僕に振り返り、そして立ち上がるなり僕の腰回りにぎゅっと抱き着いて泣いた。
「レスカチアッ!」
ぎゅうっと服を掴む手の強さで、ローアンの寂しさが伝わった。目が覚めたら突然城に戻っていて、さぞ驚いたのだろう。
「ローアン、一人にしてごめん。大丈夫だった?」
僕は泣くローアンの頭を撫でながら、声をかけた。
「びっくりした、けど。レスカが来てくれたから……もう、大丈夫」
ずびっと鼻水を啜りながらローアンはぎゅっと僕のお腹に顔を埋めて言った。
そんなローアンの頭を僕は何度も優しく撫でた。でも不意に地面に視線を向ければ、そこには小さなお墓が出来ていた。木札が立てられ『チェイン』と名前が書かれていた。
「……チェインのお墓を作ってあげたの?」
僕が問いかけると、ローアンはぼそぼそと答えた。
「チェインの首輪だけ……埋めた」
「……そうか」
僕は小さく返事をした。悲しむローアンの姿を見て、胸が痛む。
森の中で大分回復したローアンに僕は『チェインは僕の眷属になったよ』と言おうとした。けれど言いかけて、その言葉は喉の奥に仕舞った。
もしもローアンに本当の事を言えば、侍従に扮している僕の正体も明かさなければならない。僕が精霊だと。それはできなかった。
それにまだ精霊として力の弱いチェインはローアンには見えない。
ローアンは確かに見える目を持っている。けれど所詮は人間だ、見えるに限度がある。きっと年月をかければチェインも精霊として力を付け、ローアンも見えるようになるだろう。でも今は目の前にいても、その姿を捕らえる事は出来ない。
今この場にチェインがいて、ローアンの足元にすり寄っていても。
だから見えないもの、触れないものの存在をローアンに言うのはなんとなく引けた。最初は良くても、きっと次第に見えない事、触れられない事に悲しくなってしまうから。
けれどそんな事を思っている僕の傍でローアンは肩を震わせた。
「チェイン……僕のせいでっ」
その声は悲痛な声だった。
チェインはローアンの兄姉に酷く痛めつけられて死んだ。ローアンが可愛がっていた犬だったというだけで。当然ローアンは怒り、初めて彼らに反逆した。しかし相手は自分よりも年上の兄姉達、ローアンは簡単に捕まって頭を押さえつけられ煮え湯につけられた。
結果、顔の左半分に大火傷を負って、左目の視力を失い、心にも大きな傷をつけた。
「ローアン……」
「レスカチア、僕、森に帰りたい」
切実なローアンの言葉に僕は心が揺らぐ。今すぐにでも森に君を連れ帰りたい。
でも、僕は首を縦に振るわけにはいかないんだ。
「ローアン、君のいる場所はここだ」
「なんで!? 僕、僕ッ、レスカチアと森で住みたい!!」
ローアンは鼻水と涙でぐちょぐちょに濡れた顔で僕に言った。森での一ヶ月はローアンにとって心地よいものだったのだろう。僕がずっと傍にいて、誰からも迫害されない生活。
けれど……。
「ローアン、それはできないんだ」
「どうして?! どうして駄目なの!?」
黒い瞳からぽろぽろっと涙が零れ出る。朝露より綺麗な雫が。
……僕だって君を傍に置きたい、君の傍にいたい。森で一緒に君と暮らせたらどれだけいいだろうか。
喉までその言葉が出かかって、僕はぐっと堪える。
人は人の世に。それが自然の摂理なのだ。
僕やローアンが互いにどれだけ望んでも。
ローアンを精霊にする覚悟もなく、ヨーシャのように長い生をローアンに課すこともできない弱い僕はローアンの言葉を聞き入れられなかった。
そして決めていたはずだ、ローアンを見守るのは大きくなるまでだと。
僕はぐっと手を握りしめ、泣きじゃくるローアンをぎゅっと抱きしめた。
「ごめん、ローアン。ごめん……っ」
僕にできるのは謝る事だけだった。
けれど、そんな僕を見てローアンはハッとした表情をして何も言わなかった。
そして、しばらくしてローアンはぽつりと呟いた。
「レスカチア……僕、強くなる。大事なものを守る為に……絶対、強くなるよ」
それは強い意志のこもった声だった。
思えば、ローアンはこの頃からとても強い子だったのだろう。でもその強さ故に、ローアンの道は険しいものになってしまう未来を僕は知らなかった。
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