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花の名を君に
最終話 妖精として
しおりを挟む数十年後。国は栄え、広場ではお祭りで賑わっていた。
今日は残虐王が討たれた日。人々は革命日と呼んで、平和が戻った事に感謝するお祭りを開いていた。
まだ誰も知らない。ローアンが犠牲を払って、腐敗していた国を蘇らせるキッカケを作ったなんて、たった一人を除いては。
「ローアン、何の話をしたんだい?」
僕とローアンは高い建物の屋根に座って、お祭りで賑わう街中を眺めていた。ローアンの膝の上にはチェインが座り込み、頭から背中を撫でられて目を瞑って幸せそうにしている。
「お礼を言いに行っただけだよ。セトディアには随分頑張ってもらったからな」
ローアンは問いかけた僕にそう答えた。
実はこの祭りを楽しむ前に、ローアンはある人物の元に行き、少しだけ話を交わしていた。
その人物とはいつの日かローアンに逃げるように言った大臣であり、この国をここまで栄えさせた人だった。
二人は懐かしい話をしているようだったが、ローアンはすぐに僕らの元に戻ってきた。そして街中を回って、今は言葉の通り、高みの見物中だ。
見えるのは、すっかり栄えて平和になった人々と街並み。ローアンの人選は間違いではなかった。
……でも、ローアンはどうして彼に任せようと思ったんだろう? 何が決め手だったのかな?
ふと、気になった僕はローアンに尋ねてみた。
「ねぇ、ローアン、どうして彼に任せようと思ったの?」
僕が問いかけると思っていなかったのか、ローアンは少し驚いた顔をしたけれど、僕の質問に答えてくれた。
「セトディアが一番適任だと思ったからだ。彼は何が大事かわかっていたから」
「何が大事か?」
ローアンの言葉の意味を理解できなかった僕が首を傾げて尋ねるとローアンは教えてくれた。
「……セトディアはいつでも誠実だった。真っすぐで、嘘がつけない」
「真っすぐで嘘がつけない、それが適任なの?」
「ああ、とても大事なことだ」
まだ人間の事を分かりきっていない僕が尋ねるとローアンは教えてくれた。
「レスカチア。人の品性と言うものは、お金で買えるものでもなく、生まれで与えられるものでもない。頭の賢さで決まるものでもないんだ。己自身の心とどれだけ向き合えるかで磨かれていく。宝石も磨かなければ、ただの石だろう? それと同じだ。……だが、人の世は誘惑で満ちていて、心を磨き続けるのは難しい。しかしセトディアは何が正しくて何が間違いか、そう言うことを考えられる男だ。そして、なにより人の悲しみをわかる男だった。……人の上に立つ者に必要なのは、誠実さと品性、信念で、生まれや性別、頭の良さじゃないんだ。反対に、自分が正義だと、正しいと思い込んでいる者ほど恐ろしいものはない。そしてそれ以上に、自分では何も考えない者はより愚かだ」
ローアンは今ではすっかりしなくなった王の顔をして僕に教えてくれた。でも、ローアンの言う通りだと思う。
ただ、上に立つ者だけじゃない、人として大切な事なのだろう。
そしてローアンもその大事なものをずっと持ち続けている。見えないけれど、とても価値のある、とびっきり大きくて綺麗な宝石を心の中に持っているのだ。
その宝石は今も輝き、僕を魅了し続けている。
ローアンはきっと大きい宝石だな。……でもセトディアと呼ばれた彼はどんな宝石を持っているんだろう?
今では空気はすっかり綺麗なって、僕が寝込むなんて事はなくなった。ローアンの後、彼が善政を行った証拠だ。きっと彼も綺麗な宝石を胸に持っているのだろう。
……しかし……。
僕はふと思う。
……あのセトディアと言う彼……誰かと似ていると思っていたけれど、どことなくヨーシャと似ているんだ。どこ、と言われたら、どこかわからないけれど。髪が白くなってて、雰囲気がより似てたなぁ。
なんて、一人で考えていると、そっとローアンの手が僕の後頭部に回された。「ん?」とローアンの方に振り向けば、ちゅっと素早く唇に口づけされた。
「他の者に目移りしないように」
どうやら僕が彼の事を考えていたのに気づかれたみたいだ。でも少しムッとしたローアンがいじらしく言うものだから、僕は笑ってしまった。
生まれてから、今までずっと君しか見ていないと言うのに。
「じゃあ、もっと口付けて?」
僕がおねだりすれば、ローアンはまた僕に口付けてくれた。何度も、ちゅっちゅっと。
でもそんなやり取りをしているとチェインが声を上げた。
『主と王ばっかり、ずるい! チェインにも!』
少し怒った顔でチェインは言い、僕とローアンは顔を見合わせてクスッと笑った。そしてローアンが両手で子犬のチェインを持ち上げ、僕らはチェインの両頬に二人で口付けた。
するとチェインは嬉しそうに尻尾をパタパタと左右に振った。でも激しく振るものだから、はち切れていかないか心配になる。
けれど鈍感な僕は今になって気が付いた。
「あれ……チェイン、目のところに傷が」
毛の下にうっすらと傷がある事に気が付いた。それは懐かしい人物と同じところに……茶色の髪と黒い瞳を持った彼と同じ傷。
「チェイン……お前」
『なぁに? 王』
チェインはこてんっと首を傾げて僕に問いかけた。
僕は笑って「いいや、なんでもないよ」と答えた。
チェインは何だろう? って顔をしたけれど、すぐに広場で始まったパレードに声を上げた。
『あー! パレードぉ!』
「今年も始まったな」
チェインとローアンは楽しそうに呟き、僕も広場に視線を向けた。楽し気な人々の声と活気が広場には渦巻いている。誰もが笑顔だ。
その中で、愛しい人と共にいられる幸せに僕は微笑み、ぽつりと小さく呟いた。
「僕……妖精として生まれてよかったなぁ」
生まれた時、僕は何者でもなかった。
でもロベルトに出会って、レスカチアという名前と感情を与えて貰った。
そしてローアンに出会って、なぜ生きているのかわかった。
幸せになる為に生きているのだと。
妖精に生まれなかったら、僕はどうなっていただろうか。妖精として生まれた事を恨んだこともあった。でも今なら妖精として生まれてよかったと心から思う。
こうして二度も愛する人に巡り合え、大切な人々と関わり合う事ができたのだから。
「ん? 何か言ったか?」
『王?』
歓声に掻き消えた僕の言葉に問いかけたが、僕は抜けるような青空を背に、ただ笑うだけだった。
でも、この時の僕は知らなかった。
祭りの花火も見終え、大木のねぐらにローアンとチェインと共に戻った時、そこには二つの精霊の繭が生まれていて、それが次代の精霊王と光の精霊という事にーーーーー。
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