前世

くるっ🐤ぽ

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前世

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 前世で、俺が殺した女である。
 白い着物に葡萄柄の帯を締めた女は、俺の盃に琥珀色の酒を注いでくれた。黒い髪を、流行りの形に結って、赤い簪を挿している。
「あなた、私を殺して幸せでしたか」
 女も、前世で俺に殺されたことを、覚えているらしかった。俺は、女が注いでくれた酒で、舌先を湿しながら、答えた。
「いや」
「何故」
 笑いながら、女は言った。私を殺したのだから、あなたは幸せにならなければならなかったのだと、責めているのか。幸せになる為に私を殺したのではなかったかと疑問を投げかけているのか。嘆いているのか。恨んでいるのか。愛してくれているのか。
 俺が女に抱いていた色々な心は、前世で捨てた。
「お前を殺した後、俺も死のうとしたのだよ」
 山に入って、木の枝に縄を括り付けた。
 冬の冷たい川に入った。
 皮膚に刃物を当てた。
「でも、死ななかったでしょう……あなたが死んだら、私にだって分かりますわ」
 女は、自分も盃に口をつけながら言った。墓を思わせる色をした盃の縁に、女が唇につけていた紅がついた。艶かしかった。
「お前が、苦しんで死んだからね」
 女の喉に、俺は刃物を突き立てた。女の血が、嵐のような烈しさで溢れ出した。長く苦しませるつもりはなかったが、女は長く、強い苦痛の果てに死んだのだった。俺もすぐに、死ぬつもりだった。その覚悟で女を殺したのだと、俺自身は思っていたが、死ななかった。女の死体を前にして、女の命を、濃く、強く、感じて、怖気付いたのだろう。
 その怖気は、それからも俺に纏わりついていた。腕に絡みついていた。脚に絡みついていた。首に絡みついていた。死ね死ねと囁かれながら、その怖気の為に、俺は死ぬことができなかった。
 俺は、捕まることも、罰せられることもなかった。命の軽い時代だった。
 女が注いでくれた酒の中に、俺の目が映っている。闇も光もなかった。
「殺して、すまなかった」
 女に、謝した。
 薄い声になった。
「あなた、どうして私を殺したの」
「どうしてだろう……」
 俺の声は、ますます薄くなるようだ。顔を上げると、女の黒目の色が、濃く、鮮やかに見えた。
「お前が欲しかったのだ……その筈だったのに、何故殺してしまうことになったのだろう」
「分からないの」
「分からないね」
「しょうがないわね」
 女は手に持った盃を置いた。掌を畳の上につきながら、俺に向かって柔らかく身を倒してくる。
 生きた匂いがした。
「……お前、どうして俺の前に現れたのだ」
「あなたを殺す為に」
 女の赤い簪が、俺の喉をグサリと刺した。
 女の白い着物が、俺の喉から噴き出た血で、真っ赤に染まっていくのを見ていた。
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